投稿日:2025/03/31
EPAD x THEATRE for ALLは2024年度、範宙遊泳『バナナの花は食べられる』(第66回岸田國士戯曲賞受賞作)のバリアフリー版の制作と配信に取り組みました。夥しい量の台詞が畳み掛ける本作の字幕版制作の現場では、表現上の話から現状の技術課題にまで渡って、様々な議論がなされました。本記事では得られた多くの気づきを元に、課題や成果等をトピックごとにまとめました。

トピック1|声の調子や抑揚、言葉ではない感情表現を文字でどう伝えるか?
課題
『バナナの花は食べられる』では、iPhoneの読み上げ機能を使って合成音声で発話する役がいたり、同じ役でも話している時制で語調が異なっていたりする演技があった。登場人物同士の違いはもちろん、そのような声色の違いがあった場合に、また一部の意味を持たない言葉(喘ぎ声や、感情を表す叫び声など)を、字幕ではどう伝えられるだろうか?
当事者の方々からのご意見
「聞こえない人と聞こえる人の違いは、声の大きさでの感情表現があること。その辺りを字幕のフォントや色でもっと表現することができるのでは。YouTubeやテレビ番組などではもっと多彩な文字表現が使われているので、できないことではないのではないか?」(RIMIさん)
「一般的なバリアフリー字幕では最初から最後まで同じ文字のトーンであることが多く、強弱の表現はない。声の大きさによる感情表現、心の迷いなど、声のイントネーションが字幕で表現されるようになって欲しい。手話だとそれができるが、字幕でももっと自在に文字サイズやフォントを変えられると良いのでは?」(Ku
完成版はどうでしたか?
理想のイメージとできることの幅(時間や技術)を巡って着地の調整が行われたが、今回は、一部の意味を持たない言葉(喘ぎ声や、感情を表す声など)を、いわゆる字幕とは違うレイヤーで入れ込むことにした。(THEATRE for ALL)
「4人の文字色を変えてもらったことで、誰が喋っているのか直感的にわかるようになった。また、ナレーションとセリフでフォントを変えたり、合成音声の台詞部分は、スマホの形の絵文字を示してくれたことで、とても分かりやすくなっていた。」(Ku


字幕制作者より・技術的な課題はあるか?
「字幕ソフトは字幕制作には特化してるが、エンタメ向きではなく、使用できるフォントも限られている。現状では、ベーシックな字幕を制作する場合は字幕ソフト、字幕にもっと遊びが欲しい・動きをつけたいという場合は映像制作ソフトを使っている。今回は、ベーシックな字幕をベースにして少し効果をつけるところを着地点としたので、字幕ソフトと映像編集ソフトで制作したものを1本に書き出したが、この方法だと、データがとても重くなり作業負荷もかなり高くなる。ソフトウェアの互換性も欲しい。」(nubo・彩木香里)
「動画配信が一般化して編集の市販ソフトウェアも増えて表現の幅は拡がってきたが、ソフトが溢れすぎて機能の違いや互換性のなさという課題が出てきた。これからはどのくらい標準化できるかが重要。フォントについては、例えば生成AIでイメージする表現のプロンプトを指定して新しい独自フォントを生成するといったテクノロジーが入ると、より字幕もクリエイティブになるかもしれない。」(イヤホンガイド)
トピック2|全文か要約か?読み切れる情報と文学性のバランス
課題
とても台詞が多く、スピード感溢れる喋り方でもあり、字幕にすると読み切れない分量になってしまうのでは?
聴者にとっても全てを聞き取れるとも限らない速度感で、大量の言葉を浴びるような体験でもあるため、読み切れなくても上演通りに表示するのが本作にはそぐわしいのでは?また配信なので一時停止したり見返すこともできるという点も考慮し、台詞は全て字幕にするという方針で制作した。
当事者の方々からのご意見
「情報保障として、当事者のために内容を理解してもらうことが目的なのか、全てをそのまま伝えることが目的なのか、それによって選択肢が変わるのではないか。バリアフリー字幕は、まずは聞こえない・聞こえにくい人のためだと思う。私にとっては、全てをそのまま伝えられるより、内容が伝わるように、要約した別の日本語(または手話表現)にしてもらえるとわかりやすい。」(RIMIさん)
「全ての台詞を読み取る必要が出てくるが、聴者と同じ体験をするという意味では、今回の字幕は情報保障として正しいあり方ではある。字幕があることでセリフを聞き取れなかった聴者も分かるというメリットも生まれるのでは。韻を踏むところを楽しみたい人もいるので、セリフを全部出してほしいという考え方もある。予算の問題もあると思うが、いろんなパターンを作って選択できるのが理想。」(Ku
完成版はどうでしたか?
「私自身は全編通してみて問題なく見ることが出来た。配信なので巻き戻しが出来るため、追いつけなくても見直せるというのが良かった。普段から字幕付きの映画やTVの字幕を読むことに慣れていて文字を読むのが速いろう者もいる。そのような人たちに対しては今回設定されていた文字数・行数よりも、もっと多くの情報を把握することもできるかもしれない。」(Ku
「手話通訳者は意味を掴んで、わかりやすいように手話表現をしてくれていることが多いので、その訳を活かして、手話表現を日本語字幕にするという作り方もあっていいのでは?文字数も減らせる。」(RIMIさん)
「物語の先の展開が読めてしまうような台詞表示を避けるために、最初はかなり細かくコメント割をしたが、あまり細かいと、字幕を追ってしまって演技が見る余裕がないというご意見を当事者の方々からいただいて修正した。今回は台詞がかなり速く量も膨大だったので、ネタばれと読み切れる分量のバランスをとる点に苦労した。」(イヤホンガイド)
「字幕が出るタイミングによっては、先にオチがわかってしまうところがあって少し残念だった。他のお客さんと同じタイミングでオチをつかんで、一緒に笑いたい。」(Ku
独特な言葉の表現をどのように届けていくか?
「生の舞台公演では重要なポイントが流れてしまったり、その後の展開がわからなくなったりする可能性もあるため、まとめることもあるが、配信ならではの楽しみ方のひとつの提示として、今後、追いきれない字幕についても意見交換しながら制作していきたい。」(nubo・彩木香里)
「山本卓卓という作家は、個性的な言葉の使い方や独特な文体が特徴でもあり、その魅力を聞こえない方や見えない方に作品として届けたい。 時には内容の理解を優先して、言葉を変えるということも必要かもしれないが、作家性を担保しながらどうやったら分かりやすさと両立できるか、考えたい。2020年コロナ禍YouTubeで演劇を創作していた時期に、『無音の旅』という文字のみで構成された作品を発表した。感情を伝える字幕のあり方など、この作品の方向性と近い気がする。アクセシビリティは、制作だけでなくアーティストともコミュニケーションを取りながら作って行けたらと思う。」(範宙遊泳・坂本)

トピック3|手話版はどうでしたか?
「那須映里さんの手話はとても技術力が高く、非常にわかりやすかった。シンプルな朗読劇のようなものではなく、複雑でスピード感もある作品なので、那須さんの手話だからこそ楽しめたと言えるかもしれない。作品によってピッタリの手話通訳者がそれぞれ違ってくるし様々な人がいるので、制作者の方々にはさまざまな演者について知ってほしい。また、ワイプではなくて、クロマキーで抜いてあって、映像との一体感があってとても良かった。」(RIMIさん)
「那須さんの表現はロールシフトも分かりやすかったし、内容を本当にしっかり掴むことができてとても良かった。性的表現については、本作品や舞台表現に限らず、ストレートな手話表現がしにくいという印象を受けることが多い。」(Ku

手話制作者より
「独特な言い回しやキャラクターの個性をそのまま活かし、ろう者にも伝わるように翻訳・表現することを意識した。そのためには手話表現者が登場人物の演じ分けをきちんとすることが大切だと考えた。単に翻訳するだけでなく、俳優たちの演技の温度感やニュアンスを尊重し、手話表現者も自ら演じることでその魅力を余すところなくろう者に伝わるよう努めた。」(手話表現者・那須映里)
「特に苦労した点は、作品固有の独特な言い回しをろう者に適切に伝えるための手話表現の工夫と、速いテンポで進行する会話劇を、翻訳が疎かにならないようにしつつ、同じスピード感で手話に落とし込む点であった。ろう者も聴者と同じタイミングで、同じ内容で楽しめるように頑張った。」(手話表現者・那須映里)
「撮影時、翻訳・出演者が見やすいよう、視線が下がらないよう、セッティングにこだわり、”自然な視線”を常に、大事にして撮影した。日本語と日本手話は異なる言語なので、翻訳だけではなく、手話監修、字幕の位置、音や声のタイミングを調整するなど、チームの連携が重要だと考える。」(手話付加映像制作 サンドプラス・今井ミカ)

トピック4|上演時の課題
台本の貸し出しについては?
課題
手話や字幕投影など全てできれば良いが、小規模団体などそれが叶わない場合、台本貸し出しだけでも意味はあるか?その他できることはあるか?
「手話演者が舞台上にいることが一番望ましい。台本貸し出しについては当日受け取っても読み切れないので、やや詳しいあらすじテキストが欲しい。更にはそれが綺麗にデザインされていてワクワクするようなものだと嬉しい。字幕が表示されるスマートフォンの貸し出しも経験したことがあるが、三脚で自分の好きな高さに設定できて良かった。」(RIMIさん)
「台本が表示されるタブレットの貸し出しはどうか?光漏れ対策として、黒背景で白文字、シアターモードで彩度を下げるなどで隣や後ろのお客さんが眩しくないように工夫ができればと思う。自分でページを送る操作はできるかもしれないが、舞台に集中したいので、できれば、タイミングを合わせて自動的にページが切り替わって進行していくと嬉しい。」(Ku
「以前イベントでGoogleスライドに台本を割り当てて、スタッフでページを送る操作をしたことがある。長尺だと大変ではあるが、このやり方であれば内部スタッフでもできそうだ。来場者の方によって求めるアクセシビリティの手法は異なるので、それぞれにお伺いしながらできる範囲のことを対応する必要はある。一方で、賛否両論は出るかもしれないが、作品性と合わせて作家側が特段にチャレンジするような、あえての提案型もあっていいかもしれない。その場合でも当事者の方々と創作段階から協業することが必要である。」(THEATRE for ALL)
舞台業界の作り手側がやるべきこととは?
「緊急事態舞台芸術ネットワークの中でも、ダイバーシティを検討する準備会が発足し、合理的配慮の勉強や舞台芸術業界のアクセシビリティ向上について考え始めている。まずは障害やアクセシビリティに関する基礎知識を学び、研修を行うなど、作り手側が最低限やるべきことを始めた段階。一方で、必要としている当事者の方々への届け方についてもノウハウがなく課題に感じている団体は多い。働き方改革への対応やハラスメント問題の解決など、そもそもの創作行為自体色々な見直しを行わなければならない状況にある中で、プロデューサーや主催者サイドの人手不足、資金不足の問題も感じる。」(坂本)
編集後記
この記事でもわかるように、当事者の方々でもそれぞれに必要と感じることは異なります。あらゆる選択肢を予め用意することは難しいかもしれませんが、公演現場などでは、常にサービスを利用する当事者ご本人と対話しながら対応を調整していくことが大切だと考えています。
なお、本記事では、バリアフリー字幕版の制作現場の具体的な課題や気づきをなるべく詳細に記しました。初めてアクセシビリティの話題に触れる方には少し難解なところもあるかもしれませんが、舞台関係者や字幕制作者の方々に知見や気づきを共有することで、これからの創作に役立てていただけることを願っております。
インタビュー参加者プロフィール
手話パフォーマーRIMI(本作 字幕版モニター)
生まれながらにして奇形難聴障がいを持つRIMI、小さい頃から唄うこと、演じることに夢を持ち続け、現在は手話エンターテイナー(手話と共に歌を演じることを中心)として活動中!そして舞台に立つ傍ら障がい、健常問わずエンターテーメントの分野で手話コーディネーター・プロデュースも行う。
Ku
ろう者。2001年よりろう者・CODA・聴者混合の手話バンド「こころおと」の手話ボーカルとして音楽活動を開始。現在はバンド活動の他、手話を取り入れたコンサートの歌の手話監修、およびライブや音楽フェス等で歌詞の意味や曲の世界観を伝える手話パフォーマーとして活動中。
坂本もも(範宙遊泳プロデューサー)
合同会社範宙遊泳代表・プロデューサー/ロロ制作。
記事制作:THEATRE for ALL編集部/precog バリアフリー制作チーム
編集・ライティング:金森香
舞台写真:吉田和誠
記録映像:たけうちんぐ
製作:一般社団法人EPAD
バリアフリー企画制作:THEATRE for ALL(株式会社precog)
助成:文化庁 人材育成・収益化に向けた舞台芸術デジタルアーカイブ化推進支援事業
『バナナの花は食べられる』
バリアフリー配信
公演HP:https://www.hanchuyuei2017.com/banana23
配信ページ:https://theatreforall.net/movie/banananohana/
<キャスト・スタッフ>
出演:埜本幸良、福原冠
井神沙恵、入手杏奈、植田崇幸、細谷貴宏
作・演出:山本卓卓
音楽:大野希士郎
美術:中村友美
美術助手:澁澤萌、古川はる
照明:富山貴之
照明操作:久津美太地(横浜)
音響:池田野歩
音響操作:栗原カオス(いわき・豊岡・札幌)
衣裳:臼井梨恵
舞台監督:湯山千景(横浜・いわき)、原口佳子(豊岡・札幌)
演出助手・映像操作:中村未希
記録写真:雨宮透貴
記録映像:たけうちんぐ
宣伝イラスト:たかくらかずき
デザイン:工藤北斗
当日運営:谷陽歩(横浜)
制作助手:川口聡、藤井ちより
制作:大蔵麻月(横浜・いわき)
プロデューサー:坂本もも
劇中歌:
「日付」 作詞:山本卓卓、作曲:埜本幸良
「好きだ」 作詞:山本卓卓、作曲:福原冠
【配信プラットフォーム】
THEATRE for ALL(株式会社precog)
【配信映像】
- ・オリジナル版
- ・日本語バリアフリー字幕
- ・日本語音声ガイド
- ・日本手話+日本語バリアフリー字幕
【情報保障製作】
- ・日本語音声ガイド:合同会社nubo
- ・日本語バリアフリー字幕:株式会社イヤホンガイド、合同会社nubo
- ・日本手話付加制作:今井ミカ(株式会社サンドプラス)
- ・日本手話出演・翻訳:那須映里
- ・手話監修:那須善子
【配信開始】
12月24日(火)15:00~
【視聴料金】
通常料金:2,000円
※購入日より7日間視聴可能です
※視聴には外部サイトVimeoのアカウント登録が必要となります。