投稿日:2023/11/15
はじめまして。THEATRE for ALL 編集部の宮越裕生と申します。
普段はアーティストやクリエイターにインタビューをしたり、出版社のSNSを書いたりしています。
THEATRE for ALL LABは、何の障害もなく舞台を鑑賞している方にも、それが難しい方にも、誰にでも開いていて、それについて皆で考え、作っていくというところにとても魅力を感じました。これから皆さんと一緒にいろんな発見ができたらいいなと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。
回路という言葉は「アクセシビリティ」のメタファとして用いています。劇場へのアクセシビリティを増やしたい我々の活動とは、劇場(上演の場、作品、そこに巻き起こる様々なこと)を球体に見立てたとして、その球体に繋がる道があらゆる方向から伸びているような状態。いろんな人が劇場にアクセスしてこれるような道、回路を増やしていく活動であると言えます。様々な身体感覚・環境・価値観、立場の方へのインタビューから、人と劇場をつなぐヒントとなるような視点を、“まずは100個”収集することを目指してお届けしていきたいと思っています。
今回はお話を聞くのは、森美術館のアソシエイト・ラーニング・キュレーターの白木栄世さんです。
白木さんはワークショップや「手話ツアー」「耳でみるアート」などのラーニング・プログラムの企画・運営を行うほか、「日本財団DIVERSITY IN THE ARTS企画展 ミュージアム・オブ・トゥギャザー」で障害のある方と鑑賞を楽しむアクセス・アート・プログラムを担当したり、THEATRE for ALLの公募事業の審査員を務めたりもされています。
経歴を拝見して思ったのは、現代アートをあらゆる層の人に開く活動に、なんと沢山貢献されているんだろうということでした。この時点で、いろんな「100の回路」が聞けそうな予感です。そんな期待を胸に、LAB研究員の箕浦 萌さん、小黒典子さんと一緒にお話を伺いました。
白木栄世
熊本県熊本市生まれ。森美術館企画グループ・ラーニング担当アソシエイト・ラーニング・キュレーター。2006年武蔵野美術大学大学院修了。展覧会に関連するシンポジウム、ワークショップ、手話ツアー、学校プログラムなど、ラーニング・プログラムの企画・運営を担当。
描く人から、アートを見せる場を作る人へ
白木さんは熊本生まれ、熊本育ち。アートは物心がついた頃から大好きだったといいます。
「絵を描くことが大好きで、幼稚園の頃は広告の裏とか、紙という紙に描いていました。小学校のときのビデオを見ると“絵描きになる”“絵の先生になる”と言っていましたね。その頃は、どうしたら作品を作り続ける人になれるかな? と考えていました」
高校卒業後、東京藝術大学の絵画科油画専攻へ入学を志した白木さんは、厳しい美大受験システムを経験し、浪人時代を経て武蔵野美術大学の芸術文化学科に入学。そこでアートのプロデュースや、作品を見せるための手法学んでいくうちに「この世界には本当に素敵な作品を作る人たちが沢山いる。それを社会に見せていくにはどうしたらいいんだろう」と考えるように。そして在学時に「横浜トリエンナーレ2001」のボランティアを経験し、芸術監督の一人だった南條史生さん(森美術館前館長、現特別顧問)の仕事に触れたことがきっかけで、森美術館でアルバイトを始めます。
そのアルバイトが現在の仕事につながっていく訳ですが、聞いてみたいと思ったのは、白木さんの基本姿勢——子供からシニア、障害のない人からある人、アートの知識がない人からある人まで、ありとあらゆる層の人を視野に入れた感覚をいつから持たれていたのかな、ということでした。
「私個人の経験としては、子供の頃に、兄の片方の耳が聞こえなくなってしまったんですね。そのときから兄と話すときは聞こえる側に立って話すという習慣が自然と身について。コミュニケーションをとるときは、相手の特徴に合わせて少し配慮すればスムーズにいくということが何となくわかったんです。それで、ろう者の方にも関心を抱くようになりました。それから大学に入り、アートの面で何ができるかなと思ったときに、ふと視覚障害者の方に会ってみようと思って、友人たちと一緒に都内の盲学校へ行ってみたんです。そのときに、“触って見るとはどういうことなんだろう”という興味が湧いて、そのことを展覧会という形で探求してみたいと思って。それで展示プログラムやツアー、講演会を企画して、府中市美術館の市民ギャラリーで展覧会を開きました。
また、当時の森美術館は、初代館長デヴィッド・エリオットの“いろんなバックグラウンドの人たちに合わせてプログラムを作るように”という方針のもとにプログラムを作っていました。その頃は、美術館や大学で受けた影響と自身の興味がどんどん合致していった時期でしたね。それから社員になり、それまでの経験を現場に展開できるようになっていったという感じです」
白木さんの活動の素地には、子供の頃に身についた感覚がずっとあるような気がしました。
回路1
相手の特徴に合わせて少し配慮すると、コミュニケーションがスムーズになる
アクセシビリティを広げるラーニング・プログラム
森美術館では開館時の2003年から鑑賞者の理解を深めるための「パブリック・プログラム」を実施してきましたが、2017年からは「ラーニング・プログラム」という名に変わり、より双方向性を重視した“ともに学ぶ”内容に一新。コミュニティとの交流を通してアートを楽しむ場を作る「コミュニティプログラム」や、聴覚障害者、視覚障害者、および健常者を対象とした「アクセス・プログラム」などを実施してきました。
「ラーニング・プログラムに携わっていくなかで、“我々は一方的に教える立場になれるのか”という疑問がずっとありました。やはり、こちらから一方的に見方や学びを押しつけるのではなく、いろんな人たちがその人らしくあっていい、と。そんな思いがいつも頭にあり、いろんな人たちがいろんな人たちのままで鑑賞できる場をどうやったら作れるかということをアーティストと一緒に考えながらプログラムを作っています。
私は美術館が特別な場だと思っている訳ではなく、美術館も社会の一部としていろんな人を受け容れるべきだと思いますし、いろんな人に合わせて紹介がなされ、対話がなされるべきという風に思います」
ふたつめの回路は、インタビューのなかで何度もお聞きした言葉から。
回路 2
その人が“その人らしいまま”で鑑賞できる場
アートらしきものが現れるとき
森美術館の「手話ツアー」「耳でみるアート」などのギャラリーツアーは、障害がある方もない方も参加できるようになっています。そのことによって、どのような交流や効果が生まれてきたのでしょうか。
「最近はツアーの初めに“皆さんにとってアートって何ですか”と聞くようにしているのですが、耳でみるアートを行ったときに、60代くらいの全盲の方が“私の人生には、生まれてこの方アートというものはありません。でもアートについて語って下さる方から話を聞いたときに、アートというものが想像できる。その楽しみはすごく大きい”とおっしゃられたんです。その方は何度も参加されている方で、お友達も連れてきて下さいました。その方たちと一緒に展示室を歩いているとお喋りが止まらないんですけれど、いろんな人たちと会話していくうちに、その話が記憶みたいなものや、“アートらしきもの”に置き換わっていく。それは耳の聞こえない方にも、じつは晴眼者にとっても同じことで、自分たちが見ているものが皆と同じものだといえるのかな? と考えると、それぞれにとってのアートって、皆違っていると思うんです。そのことが確認できたのは大きかったですね。
視覚障害者の方のなかには、全盲の方もいらっしゃれば、弱視の方、中途失明の方もいらっしゃいます。そうしたときに、相手に寄り添うということは、やはり対話から始めることしかできない。ツアーでは作品を前に、いろんな人たちが一緒になって参加者の話を聞くことによって、その方がいろんな顔を見せられる。その1、2時間の間に、その方が少しでも自分らしくいられる場を差し上げられるんじゃないかと思っています」
それにしても、アートを言葉で伝えるって、どんな感じなのでしょうか。
オンライン劇場「THEATRE for ALL LAB」の制作にも携わるLAB研究員の箕浦さんは「ダンスの映像に説明をつけるときに、演者の動きを追ってガイドを付ける(ナレーションや説明文を付ける)だけではダンスを伝えることにならないと感じることがあります。白木さんはアートを伝えるときにどんな工夫をされていますか」と尋ねました。
「たとえば視覚障害者の方の場合は、私が見ている色と全盲の方にとっての色というものが概念から違ったりするので、共通言語を探っていく必要があります。私たちがよくやっているのは、ツアーの前に駅までお迎えにいき、必要であれば手引きをさせて頂きながら、その方の関心や概念を見計るといいますか、探っていくんです。たとえば“音が流れています”とお伝えして“あ、水の音がする。なんで街に水があるの? 滝があるのかしら?”とおっしゃられたら、滝という概念はあるのかな、ということがわかる。そうやって会話しながら、できるだけ多くの情報を集めていくんです。特に、その方が言葉にする瞬間は逃さないようにしています。その上で、その方に会わせて解説できたらいいですよね。
ダンスの場合は、その方の身体の動かし方や特徴を知って、その最大公約数のなかでガイドができたらいいのかな、と。もしガイドで伝わらなかった場合は、喋り場のような場を作って、どんなところをもっと知りたかったかを意見交換するとか…そんな展開もできるような気がします」
その話を聞いた箕浦さんから、おもしろい言葉が飛び出しました。「先ほど全盲の方がアートを想像するというお話をされていましたが、白木さんはその“想像のスイッチボタン”みたいなものを探して、収集しているように思いました」
「まさしくそうです(笑)。これ!というボタンがすぐに見つかるといいんですけれど、人によって押し所が違うので、いろんなボタンを探さなきゃいけないんです。そしてときには押し間違いもあるので、そのときは“あ、次のボタンを押します”みたいな感じで探していかなきゃいけないな、と思いますね」
音や言葉、色、景色…いろんなものをインプットして「想像する」ということは、人とアート、人と人の間にはかりしれない可能性を生み出しているのかもしれません。
回路3
人ぞれぞれの“想像のスイッチボタン”を見つけて、想像を促す
また、白木さんは手話を10年以上学び続けているといいます。
「手話ツアーでは手話通訳者の方に入っていただくのですが、その方には“あなたは自分で(手話で)話したらいいんじゃないの?”と言われます。でも、口頭で作品の説明をしながら手話でも説明するというのは、なかなか難しいですよね。なので今は、私の話すことは通訳していただき、皆さんが手話で話していることは自身で読み取るという形で進めています。そういった試行錯誤をお見せすることで、普段手話を使わない方にも“手話があるということはどういうことなのか”ということを体現してお伝えできるような気はしています」
「MAMデジタル」にできること
森美術館には、オンライントークや映像作品の上映、SNSなど、デジタルメディアを通して展開する「MAMデジタル」というプログラムがあります。新型コロナウイルスの影響が広がり始めた2020年以降は、オンラインワークショップや「未来と芸術展」の3Dウォークスルーなど、より実体験に寄せた企画が増えてきました。
なかでもアクティブなのは、WEB会議システムを使ったワークショップ。リアルとオンライン、両方のワークショップを担当した白木さんは、こんな話をして下さいました。
「森美術館のリアルな場でワークショップをすると、地方から参加されている方たちは共通語で話されるのですが、オンラインでは、関西の方が“何やってんねん”みたいな感じで、方言で話してくれるんです。すると東京在住の方たちは一瞬“今何て言った?”という感じになるんですけれど、皆すぐに慣れて、共通語も方言もごちゃ混ぜで話している。それぞれ、その人らしい状態でいてくれるんです」
まさに、その人がその人らしいままでいられる場がオンラインで実現していたんですね。今森美術館では、オンラインでの修学旅行や職場体験なども実施しているそうです。
また、オンラインレクチャーではより近い距離感で会話できるといいます。
「京都の美術系高校の生徒さんたちに向けてレクチャーを行ったのですが、こちらから一方的に話すだけでは普通のオンライン授業と変わりがないので、レクチャーの間に、このお題について周りの人たちとディスカッションして、休憩後にまたお会いしましょう、みたいな感じで問いを投げかけるんです。そうやって直接質問をしてもらえるような状況をつくると、率直な反応が返ってくる。ZoomのようなWEB会議システムは近い距離で話せるので、いいツールだと思っています」
回路4
WEB会議システムを使って、距離や地域性、属性を超えて、同じ地平で話す
オンラインの在り方を考えていくなかで、白木さんが大事にしている企画は、「アーティスト・クックブック by MAM」。世界のアーティストから寄せられた料理写真とそのレシピを紹介する企画で、森美術館のSNSを中心に展開しています。
「アーティスト・クックブック by MAMは、“想像する”ということと“距離は距離として感じる”ということの大切さを考えさせてくれた企画だと思っています。食べるという行為はどの世代、どの地域の人にとっても大事なことで、そういった人間の根本的なところで想像することは、多くの人と共有しうるテーマなのではないだろうかという思いがありました。“距離は距離として感じる”というのはラーニングの在り方にも関わってくるのですが、今は私たちとしても“バーチャルの世界へようこそ!”“未来は明るいです”みたいなことを強く言いたいというより、もう一歩鑑賞者に歩み寄り、一緒に考えていく姿勢をもっていたいと思っているんです。アーティスト・クックブックでは、アーティストたちに“何食べているんですか?”と尋ねながら、相手のことを想像して距離を感じているのは皆さんと一緒ですよ、というメッセージをお伝えできたのではないかと思っています」
「私も館長の片岡真実が提案したレシピで、草間彌生さんの水玉を連想させるレンコンの料理を作ってみたんですけれど、実際にやってみると、焦げたりしてうまくいかないんですよ。でも、それはそれとして自分のこととして相容れる瞬間があって、それは見る体験に近いと思いました。さらに、その体験を“焦げちゃいました”とシェアすることによって周りとやりとりが増えていくのは、ラーニングの在り方としても理想的だと思っています」
回路5
日常的な行為をシェアして、想像する・つながる
THEATRE for ALLの審査を通して考えたこと
THEATRE for ALLの公募事業の審査員を務めた白木さん。応募作品を通して、いろんなことを考えさせられたといいます。
※THEATRE for ALLでは、2021年舞台芸術作品に、バリアフリー/多言語翻訳を付与した作品配信をスタートさせるにあたり、作品配信を行いたい事業者、制作者、アーティストの公募を行いました。
「劇場はもちろんですが、ダンサーの方や映画館からの応募も印象的でした。また、オンラインで作品を届けるというときに、いかに見る人が必要とする情報を届けられるか——それが手話なのか字幕なのか?もしくはジェスチャーの方が早く伝わるのか?などということを考えるきっかけを沢山頂きました。
僕自身、MAMデジタルのプログラムを作るときは、オンライン化するときに排除されてしまう身体性というものについて、もの凄く考えるんです。たとえば今こうしてZoomを通してお話ししていても、私自身がどんな格好でいるかということは上半身の映像からしか伝えられない訳ですけれど、オンラインで話すことが当たり前の世界に慣れていくときに、やはり身体性というものは配慮していかなければならない、と。たとえば、威厳ある前館長が喋っている様子を映せばそれだけでも説得力がありますが、全体像を映した方が為人(ひととなり)が伝わり、わかりやすさにつながるのではないかとか、画角の問題についても考えさせられました。沢山の作品を拝見させて頂き、いろんな人たちが本能的に気づいている課題を“どうできるかな?”と模索している段階なんだということがわかりましたし、期待が湧きましたね」
シームレスにつながり、現場に力を
これからどんなことをしたいかを尋ねると「やりたいことは一杯あるんです」と言いつつ、次のように語って下さいました。
「ひとつは日本の美術館やアートの現場がもっと元気になって欲しいと思っていて、館の垣根を超えて協働することで、問題を解決したり、新しいプログラムを開発したりすることができるんじゃないかなと思っています。THEATRE for ALL LABや演劇、舞台、ダンスという分野にも大きな可能性があると思いますね。教育普及の源流を辿っていくと、ダンサー・田中泯さんの影響を受けていると感じるのですが、田中さんは80年代に、全国各地の美術館でダンスのワークショップを行っていました。
今のコロナ禍で東京集中ではない状況下にあるとするなら、全国の地域からオンラインで発信できる状況にあり、地域に光があたるチャンスなのではないでしょうか。そうやって現場を底上げしていきながら、日本全体におもしろいことがあるよ、ということをアートの方から発信できたらと思っています。自粛が求められている今、そういうことを美術館や文化施設が連携してできたらいいですよね。地域との連携も積極的に行っていきたいと思っています」
地域の劇場や美術館が新しい形で発信し始めると、アクセシビリティも高まっていくのではと思いました。
回路6
地域の美術館や文化施設がつながり、地域から全国を盛り上げていく
最後に、現在大学で学芸員の勉強をしているLAB研究員の小黒さんが「美術館には“入りにくさ”があると感じていたのですが、オンラインでは、オンラインだからこそ出せる“その人らしさ”があるというお話がとてもおもしろいと思いました」と語ると、白木さんは次のように応えました。
「見る人たちの“自分が自分らしくあっていい”という選択肢が増えると、運営する側もいろんなことを学べると思うんです。そんな姿勢が美術館だけではなく、いろんなところに広がって、活発になっていくといいなあと思います。小黒さんもぜひ学芸員になって頂いて、今の経験をいろんなところで生かす方になられると、仲間が増えたと思ってうれしくなります」
以上、白木さんのインタビューでした。個人的には、最後まで小黒さんにアートの魅力を伝えているという、常に周りに開く姿勢に驚き、敬服でした。そんな風に1対1で伝えていくことも、とても大事なことのように思いました。
回路7
出会った人、一人ひとりと向き合って文化のおもしろさを伝えていく
白木さんが携わっているラーニング・プログラムは森美術館のSNS、および公式サイトで告知しています。ぜひチェックしてみてください。
オフィシャルサイト:https://www.mori.art.museum/jp/
Instagram:https://www.instagram.com/moriartmuseum/
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X(旧twitter):https://twitter.com/mori_art_museum
執筆者
宮越 裕生
神奈川県横浜市出身。東京造形大学美術学科卒業。ギャラリーや事務の仕事を経て執筆業へ転身。編集者アシスタントを経て独立。雑誌『&Premium』公式サイトなどの執筆・編集に携わる。
※本記事は、2021年2月3日に取材執筆を行いました。記載されている情報は執筆時点のものとなります。