投稿日:2023/12/08
こんにちは。THEATRE for ALL LAB編集部の宮越裕生と申します。普段はアーティストやクリエイターにインタビューをしたり、出版社のSNSを書いたりしています。「100の回路」シリーズの執筆は2度目になるのですが、皆さんと一緒にいろんな発見をしながら、様々な自由がままならない今の時代のアクセシビリティについて考えていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
「100の回路」シリーズとは?
回路という言葉は「アクセシビリティ」のメタファとして用いています。劇場へのアクセシビリティを増やしたい我々の活動とは、劇場(上演の場、作品、そこに巻き起こる様々なこと)を球体に見立てたとして、その球体に繋がる道があらゆる方向から伸びているような状態。いろんな人が劇場にアクセスしてこれるような道、回路を増やしていく活動であると言えます。様々な身体感覚・環境・価値観、立場の方へのインタビューから、人と劇場をつなぐヒントとなるような視点を、“まずは100個”収集することを目指してお届けしていきたいと思っています。
今回お話を聞くのは、フルカラーの夢のような、ポップで楽しい世界を見せてくれる、グラフィックデザイナーのいすたえこさん。2008年にデザインユニット NNNNY(えぬえぬえぬえぬわい)を結成し、CDジャケットのアートワークや商業施設、美術館などの広告ビジュアルを手がけるほか、最近では「アジアの近代」「アジアのアートプラットフォーム」をテーマに、77のキーワードとテキストやイメージ、映像、音楽、インタビュー映像で構成したウェブサイト「Jalan-jalan di Asia ー アジアを歩く」のアートディレクションも手がけています。
いすさんは、THEATRE for ALLの立ち上げ当初から、アートディレクターとして関わり、アクセシビリティについて一緒に考えてきて下さいました。今回もLAB編集部の箕浦 萌さんと共にお話を伺います。
いすたえこ
いくつかのデザイン事務所を経て、編集者 伊藤ガビン、たなかともみ、イラストレーター 萩原慶、プログラマー 林洋介、Matthew Fargo と共にデザインユニットNNNNYを結成。期間限定ショップ「PHYSICAL TEMPO」店長。□□□(クチロロ)の「CD」という作品のアートディレクションでTDC RGB賞受賞。
好きなことを貫いた、ちょっとパンクな子供時代
北海道に生まれ育ったいすさん。小さい頃はどんな子供だったのでしょうか。
「家ではすごい活発だったのですが、保育園では周りに圧倒されていたのか、大人しい子でした。でも頑固なところもあって、保育園に行きたくなかったので、毎朝玄関で泣くということを強行し、中退しました(笑)」
保育園に行きたくないという子は少なからずいると思いますし、私も然りだったのですが、そこには「超えられない壁」みたいなものを感じていました。そこを突破してしまったいすさんは、すごいです。その一方で、家のなかはとても居心地がいい場所だったようです。
「父が絵を描くのが好きだったので、一緒に物置小屋の壁に絵を描いたりしていました。絵を描くのは日常でしたね。小学校、中学校では友達と一緒にZINE(小冊子)みたいなものを作ったり、体育祭のTシャツを作ったりも。そういうことが今の活動につながっているような気はします」
それから地元の大学のデザイン科へ進み、卒業後は先輩のつてを頼って東京のデザイン事務所へ。その後、いくつかのデザイン事務所で経験を積んでいくうちに、いすさんのオリジナリティ溢れるデザインにオファーが集まるようになっていきました。
アクセシビリティな現場との出会い
2017年、いすさんは岡山で開催された“ウォーキング”にスポットライトをあてるファッションショー「オールライトファッションショー」の宣伝美術を手がけました。ショーのモデルを務めたのは、公募で集まった、歩くことに障害をもつ方たち。いすさんはモデルの皆さんと会ったときに、少なからず驚かされたといいます。
「自分の思い描いていた障害のある方のイメージとは違っていたところがあったんです。たとえば車椅子の女の子は、ファッションショーを見に行ったりしていて、以前からショーに出るのが夢だったと言っていました。そういう話を聞いてすごくいいなと思ったり、撮影のためにおしゃれをしてきてくれた子たちを見てキュンキュンしてしまったり。本番でショーを見たときは、もう感動しかないという感じでした。私はわりと慎重派といいますか、“危ないから”と自分にブレーキをかけてしまうところがあるんです。でも、皆さんはもの凄く探求心があって、活発で、日々いろんなことに挑戦しているんだということがひしひしと伝わってきました」
いすさんは、「対話としてのスポーツ」という即興でスポーツをつくるワークショップで、視覚障害者を含む企画チームと共にスポーツ競技を作った経験もありました。
「お会いするまでは想像もしていなかったのですが、目の見えない方たちはテレビやおしゃれも、すごく楽しんでいるんです。
「昨日あのドラマみた?」って会話しているのを聞いた時はびっくりしましたが、凄くいいなと思いました。また、おしゃれな女の子は、お店へ行って手で刺繍を触り、店員さんにどういう刺繍かを聞いて可愛いと思ったから買ったと話していて。目の見えない方のための服とかもあるのかもしれないけれど、その子が心惹かれるのはそこじゃないんだ、という気がしました。また、生まれたときから目が見えない子に“やってみたいことは何?”と聞いたら“ダンス”と言っていました。ダンスの説明を聞いて、どういう動きが格好良くて、どういう動きが美しいのか? みたいなことを自身で体験したいと思ったみたいです。表現したい、という気持ちを持っている方も多かったですね」
当事者の方たちに話を聞くと、ショーに出たいという気持ちや踊ってみたいという気持ちなど、いろんな能動的な気持ちがあるんですね。いすさんのデザインにはそういった気持ちが大事にされているように思いました。
回路29
障害を超えてわくわくする気持ち、“やりたい!”気持ちを視覚化する
それまでの経験から「アクセシビリティの活動にデザイン面で協力できたら楽しいな」と思うようになったといういすさん。2020年に「オールライトファッションショー」のプロデューサーであり、現在THEATRE for ALLのプロジェクトディレクターを務める金森香さんからアートディレクションの依頼があったときは、二つ返事で参加を決めました。
様々な個性が生きる、THEATRE for ALLのデザイン
THEATRE for ALL公式サイトのトップページを訪れると、まず目がいくのはカラフルでわくわくさせられるイラスト。そこには様々な肌色の人、車椅子の人、大きなバックパックを背負い義足を付けた人などが描かれています。絵を手掛けたのは、イラストレーターの渡辺明日香さんとアカリさん。また、動画の冒頭に流れるサウンドロゴは、音楽を蓮沼執太さん、イラストを渡辺明日香さんとアカリさん、映像を宮本拓馬さんが担当。デザインは、いずれもいすさんが手掛けました。これらのビジュアルには、THEATRE for ALLスタッフのリクエストも反映されています。
「モーションロゴにはいろんなリクエストが寄せられました。たとえば、楽しそうで元気なイメージにしてほしいとか、優しさや多様性を表現してほしい、一つ一つのモチーフを性格が異なる生きもののようにしたい、画面全体を使ってダイナミックに表現してほしい、など。宮本拓馬さんがそれらのリクエストをうまく調理してくれて、生き生きとした動きが生まれたと思います。形は曲線を多く用いることで優しさや親しみやすさを現し、色のグラデーション部分は、無数の色によって多様性を表現しています。モーションロゴを作ったことは何度かあるのですが、皆さんの意見を取り入れながら作っていくことで、わたしの経験値からくる常識的なものではない、おもしろい方向へいったと思います。そこに読み上げ音声を使用した蓮沼くんのサウンドが合わさり、今までに見たことも聞いたこともないロゴになりました」
“わかりやすさ”と“わくわく”のはざま
THEATRE for ALLのウェブサイトは、視覚障害者やろう者の方からフィードバックを貰い、やりとりを重ねていく中で作られていきました。
「フィードバックを頂き、私自身にもいろんな発見がありました。たとえば、写真の上に文字を載せると読みづらいとか、オブジェクトを重ねるとわかりにくくなるとか。色は、とにかく色差をはっきりさせています。当初は赤の上に黒い文字を入れるようなデザインを考えていたのですが、それでは見づらいという話になり、黒地に白の文字を入れるデザインに変更しました」
「文字はなるべく大きくしています。一般的なフライヤーの注意書きは、小さな文字で目立たないようにするというのが主流だと思うんですけれど、今回は注記であっても大きくする必要があったので、当初A3の予定だったフライヤーがB3サイズになりました」
「ウェブの文字はちょっと大きすぎるかな? というぐらい大きくしたのですが、ウェブの仕事をしている友達に意見を聞いたら“新しくていいじゃん”という反応が返ってきたんです。それを聞いたときに、“大きくなっちゃった”じゃなくて“大きいのがいいじゃん”みたいな感じで、大きくしたときにどうかっこよくなるか? を詰めていくのはおもしろいと思いました」
THEATRE for ALLの文字は晴眼者の目にも見やすくて、たしかに“大きいのがいいじゃん”という感じです。デザインが魅力的だと、バリアフリーデザインがより多くの人に受け入れられるものになる。それは今回のプロジェクトで生まれた発見と成果という気がしました。
回路30
アクセシビリティを追求していくと、多くの人にとっても使い勝手のいいデザインが生まれる
いすさんがもう一つ意識したのは、ステレオタイプな“優しいデザイン”にしないこと。
「バリアフリーデザインは優しい色味、優しい書体を使った優しい雰囲気のものが多かったと思うのですが、パッと見て“かっこいい!”“かわいい!”と思ってもらえることを意識して作っていきました。今までの流れが悪いというわけではなく、せっかく新しいことを始めたので、アクセシビリティのことを知らない人や興味ない人たちにも“なんだろ?”と思ってもらえるものにしたかったんです。また、わかりやすさを優先することで、ただシンプルにすると寂しくなってしまうので、楽しく見せることも意識しました。わかりやすいんだけど、楽しそう、わくわくする、みたいなところ目指しました」
回路31
“なんだろ?”とインパクトを与えて、従来のバリアフリーデザインのイメージを広げる
これからのバリアフリーデザインを考える
ここでLAB編集部の箕浦さんから「バリアフリーデザインに取り組んでみたいというデザイナーさんへメッセージをお願いします」というリクエストが。いすさんは次のように答えて下さいました。
「やっぱり、自分の固定概念を崩すということをした方がいいです。アクセシビリティとなると、どうしたらいいかわからないと戸惑う人もいるかもしれないんですけれど、じつは、そんなに大きな差は無いんです。皆“いいものはいい”と言ってくれると思うし、そこで“こうしなきゃいけない”みたいな固定概念に縛られることはないと思います。もう少し肩の力を抜いて、楽しいことを皆で共有して、よりわかりやすいデザインになったらいいんじゃない? みたいな感覚が大事かなと思います」
「今回のプロジェクトを通して、フィードバック頂いた内容が“なるほど”と思うことも多かったですし、むしろ今世の中に溢れているデザインにはわかりにくいものが多すぎると思いました。街で目にするデザインを見ていても改善点が見えてきたり、新しい視点で世の中を見られるようになったのは、大きな変化でしたね。日本は海外に比べてバリアフリーデザインの事例が少ないので、できることはもっと色々ありそう。今は世の中的にも、そういう方向に向かっていっているような気がします」
最後に、いすさんがこれからやっていきたいことについて聞かせて頂きました。
「今回のプロジェクトでは、蓮沼君のサウンドロゴにすごく可能性を感じました。衝撃的といいますか、あんな風に朗読音を音にして、それを音楽にのせていくのって、これまでにあまり無かったと思うんです。伝わるし、おもしろいし、新しい、みたいな。あのサウンドロゴは、攻めている感じがする。やっぱり、攻めの姿勢で挑んでいく方が新しいものになっていきます。そういう、抑え込んでない感じ…自分で自分にブレーキをかけることなく創造するというのは、これからやっていきたいことの一つです」
この話を聞いて、「100の回路」で森美術館の白木栄世さんにインタビューをさせて頂いた際に、箕浦さんから「ダンスの映像にガイドを付けるだけでは、ダンスを伝えることにならないと感じることがある」という話が出たことを思い出したのですが、蓮沼さんたちの手掛けたサウンドロゴは、今回のプロジェクトの中で一つ新しい伝え方が実現しているという気がしました。
回路32
クリエイティブな“攻め”の姿勢で、伝わる・おもしろい・新しい表現を生み出す
※本記事は、2021年2月に取材執筆を行いました。記載されている情報は執筆時点のものとなります。2023年11月現在、THEATRE for ALLは、取材当時からは少し形を変えたメディアとして運営をしています。