投稿日:2023/12/15
THEATRE for ALL LAB編集部の山川陸です。
建築設計事務所を主宰しており、建築空間から舞台美術、オンラインスクールまで、様々な場づくりに関わっています。
THEATRE for ALL LABでは、福祉や芸術に関わる方、興味を持つ様々な方があつまるコミュニティデザインを担当しています。
「100の回路」第2回は、日本視覚障碍者芸術文化協会 Art For the Light (AFL)副会長で、写真家の尾崎大輔さんのインタビューをお届けします。
「100の回路」シリーズとは?
回路という言葉は「アクセシビリティ」のメタファとして用いています。劇場へのアクセシビリティを増やしたい我々の活動とは、劇場(上演の場、作品、そこに巻き起こる様々なこと)を球体に見立てたとして、その球体に繋がる道があらゆる方向から伸びているような状態。いろんな人が劇場にアクセスしてこれるような道、回路を増やしていく活動であると言えます。様々な身体感覚・環境・価値観、立場の方へのインタビューから、人と劇場をつなぐヒントとなるような視点を、“まずは100個”収集することを目指してお届けしていきたいと思っています。
視えない人とともに見る写真家
さて、今回の尾崎さんへのインタビューは、日本点字図書館を訪問した際に長岡館長から伺った「目の視えない人向けに写真ワークショップを行う写真家がいる」というご紹介がきっかけです。視覚芸術の最たるものである写真を目の視えない人と考えてみたり、一緒にワークショップしてみるとどんなことが起きるのだろうか。晴眼者である自分にとって、視覚情報を抜きに想像することの難しい舞台芸術、広くは世界について知りたくなったのでした。
尾崎大輔(おざき・だいすけ)
写真家
1983年三重県生まれ。2006年、早稲田大学社会科学部卒業後、渡英。2007年、London college of communication(ABC diploma in photography)卒業。2011年より視覚障碍者を中心に知的障碍者、精神障碍者などを対象としたワークショップを多数主催。日本視覚障碍者芸術文化協会(Art for the Light)副会長。
ワークショップだけでなく、写真そのものの可能性を探る写真家・尾崎大輔さんのインタビュー、お楽しみください。
写真家が出会った、視えない人の見ている世界
尾崎さんが写真を学んだのは、ロンドン。人間ってなんだろう、と考える中で、刑務所を訪問したり、不法占拠で街に暮らす人に出会ったり、様々な人を撮り歩く中で出会ったのが、様々な種類の障害や性自認や人種、様々な人が集まり作品を発表してきたアミキダンスシアターカンパニーでした。
稽古場に通い、彼ら彼女らを撮影していたある時、尾崎さんは視覚障害のあるカンパニーメンバーと出会います。目の視えない人に「美のイメージ」を質問したソフィ・カルの代表作『盲目の人々』(1986)にインスパイアされた尾崎さんは、彼女に「この世で一番美しいものはなんですか?」と質問したそうです。
「ただ質問をしても同じになってしまうので、その答えをカメラで撮影してもらうことにしました。
彼女の答えは「人間」でした。「僕も人間です。それならば、僕を撮ってくれませんか」これが、目の視えない人に撮ってもらった初めての写真なんです。」
普段はカメラを向ける側の写真家が、自身を撮られる、それも目の視えない人に。この鮮烈な体験とともに日本に帰国した尾崎さんを待っていたのは偶然の出会いでした。
「帰国してから吉祥寺を歩いていた時、町角でぶつかった人とぶつかったんです。それが日本視覚障碍者芸術文化協会 Art For the Light (AFL)会長の山口和彦さんでした。山口さんは当時、国際視覚障害者援護協会(IAVI)の会長をされていて、視覚障碍をもつ若者を海外から受け入れて、鍼灸などの技術習得を支援していたんです。彼からの薦めもあって、目の視えない留学生と関わるようになり、日本を”視たこと”のない彼らに写真を撮ってもらうワークショップをやってみました。」
写真を通じて世界を視ることが、視覚障害を持つ人とのコミュニケーションにもなる手ごたえを感じた尾崎さんは、以来10年に渡り写真ワークショップを実施してきました。
写真を通じて分かること、あたらしい写真のかたち
尾崎さんのワークショップは目の視えない人だけでなく、目の視える人(晴眼者)にもアイマスクをして撮影してもらいます。なぜそれを撮影しようと思ったのか、その裏にある思いやエピソードを聞くことから、互いの理解が深まっていきます。先天的に目が視えないのか、事故や病気で後天的に視えなくなったのか。視えないといっても一概には言えない、一人一人異なる経験がそこにはあります。
視覚障害単独の人よりも、いくつかの障害をあわせもつ、重複障害の人が増えているというデータがあります。障害のあり方だけでなく、老若男女さまざまな人が参加するワークショップの難しさを尾崎さんに聞いてみると、意外な答えが返ってきました。
「たとえば重複障害のことは、運営上気にすることはありますけれど、ワークショップの内容においては気にしていません。視えているか、視えていないか、が僕のワークショップでは大きなポイントなんです。その違いから考えています。だからこそ、弱視のように人によって”視えない”の程度が違うケースは難しいんですけどね。」
写真というメディアに特化しているからこそ、どのように視えているかを軸にして、様々な人がコミュニケーション可能になる。尾崎さんはそこを信頼しているからこそ、このワークショップを続けているのでしょう。
回路36
立場を超えるには、障害の種類ではなく、性質(例:視える/視えづらい/視えない)で考えてみる
一方で尾崎さんはこうも言っています。
「映画のように音や時間が写真にはないけれど、その制約の中だからこそ考えられることがあるんです。」
写真の制約を考えているからこそ可能な、写真そのもののあり方を変えた取り組みがあります。
立体写真といって、映っているものに凹凸を与えて、表面を触ることで映っているものの輪郭を確かめられる写真です。写真ワークショップで立体写真を希望者に作成するだけでなく、普段から立体写真の製作を引き受けています。
*福祉機器メーカーKGSでの尾崎さんのインタビューです。立体写真を触図として作る際の苦労、そこでおきるコミュニケーションのことがよく分かります。合わせて是非お読みになってください。(下のリンクを押すと外部サイトに遷移します)
▶︎https://www.kgs-jpn.co.jp/archives/category/welfare
立体写真にはご家族の写真が選ばれることが多いのだそうです。思い出を手元に残し、確かめられるようにすることはどんな人にも求められていることです。目が視えないからといって写真がいらないわけではなく、異なる形でも持っていることの意味がそれぞれの人にはあるのです。
回路37
制約から考えると、あたらしい性質や特徴が見つかる
世界に選択肢を示すことの大切さ
写真を通じた取り組みの中で、尾崎さんにはいま実現したいことがひとつあるそうです。
「盲学校には卒業アルバムがないんです。もちろん、修学旅行や行事の記録写真を撮ってくれるカメラマンもいない。熱心な先生がいる学校では個人的に撮影して現像することもありますが、盲学校にはそもそも写真に残すという考えがない。」
「立体写真のような残し方もあるし、家族や友人にとっても写真は大切です。何かを思い出すきっかけになるものの種類が一つがないことが悲しいし、最初から、視覚障碍のある人には写真なんて意味がない、と考えられている実状が悔しい。」
この話を伺って、盲学校で当たり前とされていることが、自分の持っている当たり前とは大きく異なることに驚かされました。そして、これは視覚障害だけに関わることではなく、何か選択肢が提示されていることの大切さを思わせます。
はじめからないことにされていい選択肢なんてないはずだ。自分たちが無意識に遠ざけてしまっている選択肢があるかもいしれない、そう思わされます。
回路38
世界を知る・表現する方法はいくつもある。最初から除外されていい選択肢はない。
最後に、スマートフォンが普及し写真を撮ることの意味が大きく変わったことについて、気軽に扱えるスマートフォンのカメラを視覚障害のある人がどのように使っているのか尾崎さんに聞いてみました。
「どのようにカメラを使うかは、人それぞれです。でも自分の行った場所を写真に撮ってSNSに投稿して「いいね」をもらう人だっています。文章より写真の方が伝えたいことが伝わりやすいこともありますよね。」
人に何かを伝えたい、あるいは自分が何かを思い出すために。様々な理由で人はカメラを向けます。撮影するという身振りは記録を記憶に変える方法として、視覚に留まらない意味があるのでしょう。
いま自分がいる環境を、自分はどうやって人に伝えるだろうか。尾崎さんへのインタビューは、写真に留まらずコミュニケーションの大前提に立ち返って考える時間でした。
なお途中で紹介した立体写真は尾崎さんのブログを通じて注文が可能です。
ワークショップの最新情報なども観られるので是非アクセスしてみてください。(下のリンクを押すと外部サイトに遷移します)
▶︎https://ozakiphoto.exblog.jp/12102834/
執筆者
山川陸(やまかわ・りく)
1990年、埼玉県生まれ。THEATRE for ALL LABでコミュニティ形成のための場づくりを担当。設計事務所勤務、NPO参画、大学助手を経て、一級建築士事務所 山川陸設計代表。建築物の設計と合わせて舞台美術や空間演出に取り組んでいたところ、パフォーミングアーツのフェスティバルを企画・運営したり、自身でもパフォーマンス作品を発表するように。設計事務所立ち上げとともにコロナ禍に見舞われ、オンサイトとオンラインにまたがる場や仕組みづくりに取り組む機会が増えている。2021年冬、マニラと東京でパフォーマンス作品の新作を発表予定。
yamakawariku.com
※本記事は、2020年11月に取材執筆を行いました。記載されている情報は執筆時点のものとなります。