投稿日:2023/12/15
THEATRE for ALL LAB編集部の藤です。留学支援をしており、異文化での海外経験を通じた国際人材の育成に携わっています。またカナダ人ハーフの子を持つ一児の母で、THEATRE for ALL LABでは、異文化理解や教育、子育てなどを主に担当しています。
「100の回路」シリーズとは?
回路という言葉は「アクセシビリティ」のメタファとして用いています。劇場へのアクセシビリティを増やしたい我々の活動とは、劇場(上演の場、作品、そこに巻き起こる様々なこと)を球体に見立てたとして、その球体に繋がる道があらゆる方向から伸びているような状態。いろんな人が劇場にアクセスしてこれるような道、回路を増やしていく活動であると言えます。様々な身体感覚・環境・価値観、立場の方へのインタビューから、人と劇場をつなぐヒントとなるような視点を、“まずは100個”収集することを目指してお届けしていきたいと思っています。
今回のゲストは福岡里砂さん
YSCグローバル・スクールはNPO法人青少年自立援助センターの事業として、海外にもルーツを持つ子どもと若者に日本語教育や高校進学支援等を行う学びの場です。福岡さんは多文化コーディネーターとして、現在は広報・資金調達等をご担当されています。また、福岡さんは舞台芸術をはじめとする通訳者としても長年、ご活躍されており、これまで異なる言語や文化の間でのコミュニケーションの仲介者として様々なフィールドでお仕事をされています。
福岡里砂(ふくおか・りさ)
福岡県生まれ。YSCグローバル・スクールに勤務するかたわら、制作会社Catalystでコーディネーター・通訳も手がける。通訳やコーディネート業務を通じてこれまで世界約40カ国を訪れ、カナダ・バンクーバーで参加型演劇の劇団「Headlines Theatre」にてインターン。よりよいコミュニケーションを目指す特活)アサーティブジャパン理事。13年のフィリピン・マニラ在住経験あり。2020年11月にローンチのフィリピン現代パフォーミングアーツのリソースセンター「kXchange.org.」に通訳として参画。
これまで世界の国々を訪れ、NGOや舞台芸術の世界で異文化コミュニケーションを軸に活動されてきた福岡さんにお話を伺ってきました。
幼児の目から見えたのは、そこら中にある身近な異文化
福岡さんの異文化理解のルーツは、幼少期にありました。異文化といっても海外ではなく、幼少期の度重なる国内転居による環境の変化を通して芽生えたそう。5才までをモンテッソーリ教育を行う自由な校風の幼稚園で過ごし、引越し後に日本的な集団保育の仏教系幼稚園へ。かつては年齢の違う子供たちと自主性や個性を尊ぶ価値観の中で育った福岡さんは、足並みを揃えることを大切とされる日本的な価値観の幼稚園で、初めて”異文化”に触れたと言います。「ガラッとその時、(幼心にも)環境が変わった感じがあって。その後も5年ごとくらいに引越をして、九州、群馬、神奈川と来て。国内でも風土や習慣、言葉も違って、土地ごとによって人の付き合い方も違うことを知りました」
福岡さんは日本国内にある異文化間に自分の身を置き、その都度、自分を適応させながら育つこととなります。10才頃の転校で、クラス替えを何年もしていない学級に入ることになった福岡さん。すでに何年かかけて児童たちの”文化”が醸成された学級で”異文化”からの転校生となります。「よそ者扱いをされた経験が、異文化や移民とどう付き合うかを探り出す根本になりました。他人の当たり前が自分とは違った。それを肌身で感じた経験」。このお話を聞いて、異文化は実は日本のそこら中にあることに気付くとともに、「異文化」という言葉の意味自体を考えさせられられました。
表現を必要としているのはコミュニティも同じ
福岡さんの印象的なエピソードとして90年代後半、カナダのバンクーバーの劇団「Headlines Theatre(現Theatre for Living)」でのお話がありました。Headlines Theatreは移民・難民やカナダ先住民、いじめ、DVなど、コミュニティにおける様々な社会的課題をテーマに、各分野のNPO等とも連携しながら参加型演劇でワークショップを行う劇団。「フォーラム・シアター(討論劇)」と呼ばれる上演では、当事者の実体験に基づいて創作された短い作品が演じられ、問題のクライマックスで第一部が終わります。第二部では再び同じ作品が上演され、今度は同じ結末を迎えないように「自分ならこうする」「こんなふうに問題を解決したい」と思った観客が実際に俳優と交代して即興で演技をし、ファシリテーターの進行のもとで様々な角度からアプローチを試みます。
「そこの演出家がよく言っていたのは、人間は個人として何かしらの表現をしないと、行き詰まって健康でなくなってしまう。それと同じように、コミュニティもコミュニティとしての表現をしないと、だんだん活力を失ってしまうということです」カナダにおけるHeadlines Theatreのワークショップは、演劇をツールとして社会参加を実現するものであったと福岡さんは話します。
カナダ先住民や移民者といった、それぞれのコミュニティの内にあるものの表現を、参加型演劇という手法を用いて担っていたHeadlines Theatreの活動。人が集まることで形成されるコミュニティにも、人と同じように表現が必要であるとは、劇場へのアクセシビリティを増やしたい我々のこの活動の意図に似ている面があると感じました。
回路39
人だけでなく、人が集まるコミュニティ自体も表現を必要としている
参加型演劇が日本で機能するために必要なこと
演劇で考え、問題を共有し、意見を出し合い討論する。個性を尊ぶカナダでは、大勢の人前で臆することなく発言できる人をよく見かけますが、この手法が日本社会でも機能しうるかどうかの疑問が湧きました。
それに対して福岡さんはこう語ります。
「日本に合った手法を取れば、機能する可能性は充分あると思います。欧米で行われる時よりもプロセスを細分化することが大切ですね。たとえば事前に相互の信頼関係を作るためのエクササイズを入れるなど、”発言しても安全な環境”を作る配慮が必要だと思います。実際に日本での実践に立ち会う機会があった時は、それぞれがこんなにも話したいことを持っているんだと実感しました。演劇は初めて、という方が見事に即興で演じるのを見たことが何度もありますし、フォーラム・シアターに限らず、他の演劇ワークショップでも参加者の創造力に驚くことがたくさんあります」表面的には見えないようですが、実は多くの人が、それぞれのコミュニティの中で表現したいトピックや表現する力をすでに充分に持っていると感じるそうです。
回路40
発言をしても安全な環境を用意し、活発な発言を促す仕組み作りで潜在的な表現を引き出していく
通訳者が考える、異文化理解で大切なこととは?
2003〜2005年に世田谷パブリックシアター主催で行われた、東南アジアを中心とした7カ国・16名の現代演劇アーティストによる共同制作「ホテルグランドアジア」。そこでの通訳はそれぞれの個性、異文化同士の「合意形成の難しさ」を痛感する体験だったそうです。そして、当時の心境を振り返りながら、舞台芸術における通訳とは”言葉を自分の中で流すイメージ”と表現する福岡さん。「適当に流すという意味ではなく、自分の中を言葉が通り抜けていくような感じですね。アーティストはその時、頭に湧いてきたものをわーっと話したいだろうし、話し手がもしも失礼な物の言い方をしたなら、そのまま伝える。そうした勢いや意味合いを薄めてしまわないように訳しています。<私は通訳なので、あなたが話すことをそのまま訳します>と両者へ前置きをしてから」訳すことで、言葉を両者へ流す仲介作業を続けていくのだそうです。また「全然悪意がなくても、言葉や文化の壁があると誤解が生まれやすい」と話題は異文化理解へ。「もちろん個人差があるし、ステレオタイプにしてはいけないけれど」と断った上で、東南アジア的なリラックスした時間感覚や人付き合いが、規律と緊張感を求める日本人たちを<真面目にやる気があるのか?>と怒らせ、逆に日本人の姿は東南アジアの人たちに<どうしてそんな楽しくないやり方でやるの?>という疑問を生じさせたことがあったそうです。(前述の「ホテルグランドアジア」ではなく、一般的によく起きる行き違いだそう)
「日本人同士でもいざこざは起きますよね。文化が違うと、それが拡大しやすくなる傾向はあります」
文化の違いでうまく通訳しづらい時は、本来なら言葉を足したり引いたりせずに”流す”ところを、あえて補足することもあるそうです。ただし、「話している人の言葉か、通訳者の私の意見や説明なのかをクリアにする」ことで、その時点で対応しないとどんどんズレが生まれてしまうのを防ぐのだそうです。
回路41
通訳者か話し手の言葉かを明確にしながら、言葉以外の文化背景を説明することで先々の誤解を軽減していく
これまで、異なる文化や言語の間でコミュニケーションの橋渡し役となってこられた福岡さんが考える、異文化コミュニケーションの上での大切な心構えを聞いてみました。
「判断を留保(りゅうほ)すること。すぐに相手がこう考えているのだと決めつけないことです。文化背景が異なる人との間には、それまでの自分の価値観では理解できないことがよく生じるので、自分のものさしだけで測らない。そして悪意になるべく取らないようにする。ただ、ハラスメントには敏感でありたいので、それとの塩梅が難しいですが」
すぐに結論を出さず、いい意味で先延ばしにすること。そして、分かり合えない前提でも、諦めずにコミュニケーションを続けていくこと。自分でこうだと決めつけないこと。分かり合えないと諦めるのではなく、難しいことではありますが、モヤモヤを抱えながら、いつかは分かり合えるんじゃないかという希望を持ちながら、コミュニケーションを続けることが異文化理解につながるのではないか。この話題は、取材に同席したLAB研究員達も関心が高く、福岡さんと活発な意見交換が行われた大変面白いトピックでした。
回路42
すぐに結論を出さず、いつか分かり合えると希望を持ちながら対話を続けること
YSCグローバルスクールでの演劇の役割とTHEATRE for ALLとの可能性
YSCグローバル・スクールでは、これまでに映像・演劇・ダンスなどのワークショップが行われたことがあります。スクールで学ぶ「海外にもルーツを持つ子どもたち」は日本語力や母語がそれぞれ異なり、難しい言葉を使うと伝わりづらくなること、また複数の言語の通訳が同時に必要となることなどから、ワークショップのプログラム開発は試行錯誤をされているそうです。今後、THEATRE for ALLとの取り組みとして「移民×アートのプラットフォームやラボラトリー(実験室)のような場になってもらえたら嬉しいです。多言語・多文化とアクセシビリティについて実験を重ねながら、<ことばと心の壁をどう越えられるか>を一緒に探っていけたら」と期待を寄せてくださいました。
また、YSCグローバル・スクールでは奨学金制度を設け、日本語教育を必要とする多くの子どもたちへの支援の一環として広く寄付を募っています。保護者からの受講料で運営されていますが、スクールの子どもたちのうち約3割が困窮・外国人ひとり親世帯に暮らしており、経済的な負担が難しい状況にあります。こちらには紹介しきれなかったYSCグローバル・スクールの授業についてや様々な取り組みは、こちらからぜひご覧ください。(下のリンクを押すと外部サイトに遷移します)
▶︎https://www.kodomo-nihongo.com/
また、海外にもルーツを持つ子どもたちの実情や創作をもっと知りたいという方は下記のようなサイトや本があると福岡さんから教えていただきました。(下にリンクがあります)
毎日新聞キャンペーン報道 「にほんでいきる」
▶︎https://mainichi.jp/ch190124862i/にほんでいきる
小説 『となりのアブダラくん』 (黒川裕子著、講談社)
▶︎https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000326033
執筆者
藤奈津子(とう・なつこ)
京都生まれ。THEATRE for ALL LABでは異文化理解や教育、子育てなどを主に担当。雑誌編集者ととして出版社に勤務後、カナダ・トロントへ渡航して現地留学会社勤務。帰国後は私立大学の国際交流センター勤務を経て、Connect Study海外留学センターを設立。父は、画家で染色アーティストの藤直晴。制作活動が身近にある環境で育ち、アーティストが紡ぎ出す作品を世に広めることに一役買いたいと思っている。カナダ人ハーフの子供を育てる一児の母でもある。
https://www.jiss-japan.com/
※本記事は、2020年12月に取材執筆を行いました。記載されている情報は執筆時点のものとなります。