投稿日:2024/03/15
皆さんはじめまして、THEATRE for ALL LAB 編集部の北村直也です。舞台芸術のアクセシビリティを実現する当企画において、「100の回路」をつなぐライターを担当しております。私は、サニーバンク会員でもあり、視覚障害を持つ声優・ナレーターとして活動をし、様々なことを行ってきました。THEATRE for ALLでは、舞台芸術を観賞する視点だけではなく、作り手のためのアクセシビリティについてもお伝えしたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。
「100の回路」シリーズとは?
回路という言葉は「アクセシビリティ」のメタファとして用いています。劇場へのアクセシビリティを増やしたい我々の活動とは、劇場(上演の場、作品、そこに巻き起こる様々なこと)を球体に見立てたとして、その球体に繋がる道があらゆる方向から伸びているような状態。いろんな人が劇場にアクセスしてこれるような道、回路を増やしていく活動であると言えます。様々な身体感覚・環境・価値観、立場の方へのインタビューから、人と劇場をつなぐヒントとなるような視点を、“まずは100個”収集することを目指してお届けしていきたいと思っています。
今回は、触地図の開発・研究をされている地方独立行政法人京都市産業技術研究所の竹浪祐介主席研究員にインタビューをしました。竹浪さんは元離宮・二条城や京都府立植物園の触地図開発をされており、私が積極的に訪れることがない種類の観光地を手掛けていらっしゃるということで、触地図開発の実際や裏話、手掛けた観光地の魅力等もお聞きしました。
竹浪 祐介(たけなみ ゆうすけ)
1975年生まれ、函館市出身。
金沢美術工芸大学 工業デザイン専攻卒業。
プロダクトデザイナー喜多俊之氏に師事、ロボット・家具などのプロダクトデザインを担当する。デザインへの科学的アプローチの必要性を痛感し、中京大学大学院 情報科学部 認知科学科 博士課程前期修了。京都市産業技術研究所デザインチームにて、主に地場産業のデザインにあたる。専門分野は、プロダクトデザイン・伝統工芸品デザイン(おもに漆器・陶磁器)。
ご縁から触地図の世界へ
なぜ、立体物を取り扱うことが多いプロダクトデザインが専門でありながら、グラフィック、二次元が主体の触地図の研究開発を行うようになったのか。そのきっかけは「不思議なご縁がつながった」ということだそうです。
「以前からバリアフリーの食器やお椀など、ユニバーサルデザインに取り組んでいることを知った印刷会社(大平印刷㈱)から、『わが社と協力企業(グリッドマーク㈱、欧文印刷㈱)が携わっている技術を活用して触地図というものを作ってみたい』と相談がありまして、そこから触地図に携わり始めました。お話しをいただいたときに触地図というものを始めて知りました。」
ご縁から竹浪さんが開発に関わった触地図は、表面に凹凸を施す点字印刷と、ドットコード印刷を活かした音声ペンが組み合わさった、触って分かるだけでなく、タッチすると音声ガイドまで再生される画期的な地図となりました。
現在、二条城と京都府立植物園での使用が始まっています。
二条城は触地図に合っていると思った
二条城の触地図を手掛けることになった竹浪さんがまず行ったのは、実際にその場所に行って目をつぶって歩いてみることでした。
竹浪さんご自身、二条城に行ったことはほとんどなく、ほぼ初見だったそうです。
単独で目をつぶって歩くことは難しいため、ご家族の協力を得て実行したとのこと。
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自らが同じ状況を体験してみることで、分かることがある
「日曜日に息子と二条城に行って手を引かれて歩いたんですが、見えないってこういうことなんだと。二条城はほぼ初見の状態だったんですけど、興味深い発見がたくさんありましたね。」
さらに、その後開発に関わることになった、植物園でも二条城のときと同じことを感じたと言います。
「二条城も植物園も目で見て楽しむだけではなく、知識でも楽しむということが分かったんですね。だって、二条城に今殿様がいるわけではないので、なおかつ、いつどんな出来事がありましたというのも、今は既にない事についての説明なんですね。
その最たる例が『天守閣跡』なんです。天守閣跡は階段を登ったところにある、小高くて平らな広場で、そこには何もないんですよ。はるか昔に焼失してしまったから、目が見える見えないに関わらず、私たち晴眼者も想像するしかなくて、その点が共通していたんですね。」
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「知識で楽しむ」場所は想像力に頼るため、見えても見えなくても楽しめることが多い
その他にも、触ることができない貴重なふすまの引手の金具などもありますが、立ち入りが制限されている遠いところにあって、見えづらいそうです。そのサービスには改善の余地はありそうですが、知識と想像力を持って楽しむのが二条城の楽しみ方の肝だと、竹浪さんはおっしゃっていました。
触地図と音声ガイドのコンビネーション
「点字で書ける情報量には限界があり、知識の補足という意味で音声ペン(地図上で特定の場所をタッチすると音声ガイドが流れるペン)を導入しました。」
点字には規格があり、使用することが出来る文字のサイズが決められています。そのため、情報を増やすと、地図紙面の大きさも大きくしなくてはいけません。
竹浪さんが開発された触地図では、専用のタッチペンを使って音声ガイドを聞くことで、情報を補うことができます。
余談ですが、筆者は10年ほど前に同じくタッチしたら音声が流れるペンを用いた実験に参加したことがあります。そのときは特定の位置にある丸いマークにペンをタッチして音声を聞いたと記憶しているのですが、竹浪さんの触地図はそれよりも広い範囲での認識が可能とのことです。
地図上の大体の位置にタッチペンを置けば、肉眼では見えないほど微細に埋め込まれているドットコードを読み込んで音声が流れるそうで、触地図は座ってゆっくり使えないこともあるでしょうし、非常に便利な設計だと思いました。
また、こうした設計にした経緯には、触地図の特性との関連もあるようでした。
「(音声ガイド用の)特定のマークが大きく表示されていると、地図表記の邪魔になってしまうんですね。ドットコードは晴眼者にも見えないほど非常に微細ですから、地図を邪魔しません。」
音声ガイドにより、情報の補足は可能となりましたが、それでも、すべての情報を1つの地図に集約させることは、困難だと思います。
そこで、竹浪さんが触地図を手掛ける際に優先的に入れる場所はどこなのかについてお伺いしました。
有名なスポットであるとか、一風変わったところなのかなどなどいろいろ予想していたのですが、答えはとてもシンプルでした。
「気の利いた答えではないかもしれないんですけど、トイレや休憩所等ですね。晴眼者は特に意識せずともそれらの情報を取得して利用しているので見落としがちですが、どこで休憩ができるのか、飲み物が、どこで売っているのか、もしものときの避難場所や相談ができるところはどこかというのが、目を使わなくても最低限分かるようにしなきゃいけないと監修いただいた京都ライトハウスのアドバイザーから指摘を受けて気づきました。」
たしかに、いざ体調が悪いときに休憩場所を探すのは、看板などに気が付くことができない視覚障害者にとっては、一苦労です。それが触地図で解消されるのはとてもありがたいし、心強いことだと私も思います。
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制約がある中では、情報の取捨選択や代替手段を用いることが重要
触地図の役割
幾つかの工夫を施して触地図を開発している竹浪さん。では、触地図のニーズはどこにあるのでしょうか。
「やはり、能動的に楽しみたいということなんですよね。(視覚障害者が)ただ手を引かれて連れていかれるだけではなくて、こっちへ行ってみたいとか、ここよりもあそこを見たいというのを視覚障害を持たれている方が進んで楽しむことができる。それでこのツールが喜ばれていると思います。」
たしかに、現在地の近くには何があって、まっすぐ歩いていくと面白そうな場所がある等の情報があれば、自分で見る場所を決めることができますね。
その場所までの誘導をお願いすることにはなりますが、自分で地図を見て行先を決めることができるのはかなり大きな楽しみだと筆者も感じています。
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触地図があることで視覚障害者は能動的に楽しむことができる
植物園では視覚障害者向けにオリジナルの地図を作った
話は植物園に移ります。竹浪さんは、植物園も自ら目を閉じて歩いたそうです。そのときにいくつかのことに気づき、視覚に障害があっても楽しむことができる場所をピックアップしたオリジナルの地図を作り、触地図に反映させたとのこと。
「いかに音声ペンがあるとはいえ、全部を入れるのは難しいので、いいにおいがするとか、触って特徴のある葉っぱだとか、視覚を使わない楽しみ方ができる植物を探し、普通の植物園の地図とは一味違う構成にしています。」
嗅覚や触覚を使うものを紹介するのはなんとなく想像がついていたのですが、実際にどのようなものがあるのでしょうか。一例を伺いました。
「柿の木の近くにカキノキダマシっていう木があるんですね。これは晴眼者にとっての見どころポイントなんです。なぜかというと、カキノキダマシは葉っぱが柿の木にそっくりなんですね。名前の由来もそこからきてるぐらいで、一見して区別がつきにくいんです。ところが、京都ライトハウスに所属する視覚障害のアドバイザーと見にいったときには、触って全然違うって言われました。そうなんだ、違うんだっていう驚きを感じました。」
上記は触覚の例でしたが、嗅覚を使った話もお聞きしました。
「クスノキの並木はただの並木道なんですが、クスノキの落ち葉って手で揉んで匂いを嗅ぐと防虫剤のようなにおいがするんですよ。けど、晴眼者はクスノキの葉っぱから匂いがすることを知らない人も多いんです。視覚障害のある方からは、変わった匂いがするなあというのを分かっていただけます。」
それ以外にも、すごく臭い草の匂いをみんなで臭い臭いと笑いあいながら嗅いだり。
針葉樹を普段は触ろうとは思わなかった竹浪さんが、視覚障害のある方から「ちくちくしますね」と言われて触ってみたことで新しいコミュニケーションが生まれたそうです。視覚障害者は晴眼者とペアで訪れることが多い植物園ですから、見える人の視点と見えない人の視点を合わせて楽しむことができる場所があり、その場所が触地図で分かれば植物園を思いっきり楽しむことができそうです。
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違った立場の人とペアを組むと、新しい気づきやコミュニケーションが生まれる
竹浪さんの今後の展望
最後に、竹浪さんが今後触地図に関わらずバリアフリーの分野で広めていきたい考えをお聞きしました。
「僕は食器のデザインなども手掛けていて、すくいやすいスプーンやカレーライスが食べやすいお皿を商品化しています。それは嚥下障害があって飲み込むことが難しい人や、まひがあって動きづらい人に対応した食器です。そういう福祉的なデザインをすることが増えています。
触地図も食器も含めて、それらを特別なデザインにしないようにしたい、普通のデザインにしたいです。誰もが当たり前に使っていて、それでいて使いやすい。触地図も、もっと視覚障害者に特化することはできると思うんです。ただ、そうすると晴眼者と一緒に使うことができなくなってしまうと思います。専用品にしてしまえば、対象者以外の人からは興味を持たれなかったり、特別なものだと思われたり、それこそバリアを作ることになってしまうと思うんですよね。
僕がデザインするスプーンもカレーのお皿も一見普通です。だから介護用だと思われない。逆に介護用品として売りにくいとすら言われたんですけど、僕は介護用品だと思ってなくて、自分でも使っています。福祉用品だと言ってしまうと伝わらなくなるので、クラウドファンディングでカレー皿をプロデュースしたときは、『最後の一口が気持ち良く掬える!感動カレー皿』という名前で売りました。介護用品は選択肢が限られてしまって、『これを使っておきなさい』と押し付けられている感じがして嫌じゃないですか。選択肢は多いほうが良くて、その一つになりたいです。」
たしかに、「福祉関係の商品」と言ってしまうと値段が高騰し、商品を使う人とそうでない人の間に壁ができてしまいます。福祉を福祉にしない取り組みには時間がかかると思いますが、竹浪さんのような商品やサービスを手掛ける側、私たち当事者がそれぞれ発信しつづけて少しずつ広げていきたいです。
このインタビューを通じて、言葉の端々から伝わってくる竹浪さんの熱意に感動しました。私は駅構内の把握をするために触地図を使うことが多いのですが、植物園に行って触地図を見ながら自分で行きたい場所を示して、能動的に楽しむことができる日が来ることを願っています。やがては、他の施設で触地図が作られて、今までは誘導されるばかりだった全盲の男性がデートで女性をエスコートする日がきたりして……。楽しいことがたくさん思い浮かびます。
竹浪さん、ありがとうございました。
執筆者
北村 直也
視覚障害者で先天性の全盲。2015年から声優・ナレーターとして活動を開始。声の仕事を熟す中、視覚障害を持つ声優を実現するまでの過程、日々の試行錯誤をSNSにて発信中。ちなみに、ラノベと野球は好物です。
Twitter:https://twitter.com/noy_0207
協力
サニーバンク
サニーバンクは、株式会社メジャメンツが運営する障害者専門のクラウドソーシング サービスです。「できない事(Shade Side)で制限されてしまう仕事より、できる事(Sunny Side)を仕事にしよう。」をテーマに、障害者ができる仕事、障害者だからこそできる仕事を発注して頂き、その仕事を遂行できるサニーバンク会員である障害者が受注するシステムです。
障害者が働く上で「勤務地の問題」「勤務時間の問題」「体調の問題」「その他多くの問題」がありますが、現在の日本では環境が整っているとはいえない状況です。障害があるために働きたいけど働くことが困難、という方に対して、サニーバンクでは「在宅ワーク」という形で無理なくできる仕事を提供しています。
※本記事は、2021年9月3日に取材執筆を行いました。記載されている情報は執筆時点のものとなります。