投稿日:2024/03/15
こんにちは。
THEATRE for ALL 編集部の土門蘭です。
今回の「100の回路」では、クラウドファンディングのプラットフォーム・MOTION GALLERY代表、大高健志さんにお話をうかがいました。
「100の回路」シリーズとは?
回路という言葉は「アクセシビリティ」のメタファとして用いています。劇場へのアクセシビリティを増やしたい我々の活動とは、劇場(上演の場、作品、そこに巻き起こる様々なこと)を球体に見立てたとして、その球体に繋がる道があらゆる方向から伸びているような状態。いろんな人が劇場にアクセスしてこれるような道、回路を増やしていく活動であると言えます。様々な身体感覚・環境・価値観、立場の方へのインタビューから、人と劇場をつなぐヒントとなるような視点を、“まずは100個”収集することを目指してお届けしていきたいと思っています。
大高さんはTHEATRE for ALLで、ファンディングディレクターや公募作品の審査員を務めています。ファンディングディレクターの役割とは、今後もTHEATRE for ALLを継続していくための資金集めのサポートや、コミュニティ基盤を整えること。その中で大高さんは、どんなコミュニティを作ろうとしているのでしょうか?
大高 健志(おおたか・たけし)
早大政経卒業後、’07年外資系コンサルティングファーム入社。戦略コンサルタントとして、事業戦略立案・新規事業立ち上げ等のプロジェクトに従事。 その後、東京藝術大学大学院に進学。制作に携わる中で、 クリエイティブと資金とのより良い関係性の構築の必要性を感じ、 ’11年にクラウドファンディングプラットフォーム『MOTION GALLERY』設立。以降、50億円を超えるファンディングをサポート。2015年度グッドデザイン賞「グッドデザイン・ベスト100」受賞 。 また、様々な領域でプレイヤーとしても活動中。 現代アート: 2020年開催「さいたま国際芸術祭」キュレーター就任。 映画: プロデューサーとして、映画『あの日々の話』(第31回東京国際映画祭「日本映画スプラッシュ」部門選出)、『僕の好きな女の子』、『鈴木さん』(第33回東京国際映画祭「TOKYOプレミア2020」部門選出)に携わる。
ビジネス以外のものさしで、お金を届けるプラットフォームを
2011年に、クラウドファンディングのプラットフォーム・MOTION GALLERYを設立した大高さん。不特定多数の人からインターネットを介して資金調達を行う「クラファン」は、今でこそよく知られていますが、大高さんが立ち上げたときはまだ日本では黎明期。まさにクラウドファンディングの先駆け的な存在でした。
そんな大高さんがテーマとしているのは「社会彫刻」というヨーゼフ・ボイスが提唱した概念。「すべての人間は芸術家である」というボイスの言葉を、大高さんはこのように説明します。
「ボイスは、誰もが『自分は表現者である』という自覚をもって生きるべきだと言いました。彼の言う『表現』にはクリエイティブ活動だけではなく、消費活動も含まれています。たとえば何かを買うときに、安さや知名度など、目先の理由だけで選んでいないか。少し高くても、サステナブルでフェアトレードな商品を選ぶほうが良いのではないか。そういった一人ひとりの行為自体が『表現』であり、地球という彫刻作品を作っている。そのように『社会彫刻』という言葉を使って、彼は民主主義のあり方を提唱したんです」
「大量生産・大量消費」という経済発展の思想のもとで、ただ単に消費活動をさせられるのではなく、少しでも豊かで多様な社会を実現させていくために、能動的にお金を使うことができたら。大高さんは「クラウドファンディングとはまさに、『社会彫刻』という概念を社会に実装するためのもの」だと話します。
その上で大高さんは、「お金と届け先」の関係性を変えたい、と考えたのだそうです。
「世の中には、お金自体はあるんですよ。ただ、お金の使い先は常に決まっているんです。お金が増えるであろうところにお金がいく。それが市場経済なんですね。つまり『ビジネスになるか』『お金を増やせるか』というものさしだけで活動する限り、それ以外のものさしを持つところにはお金が行きにくくなっているんです」
ただ、世の中にはもちろんビジネスのためだけに動いている人ばかりではなく、「お金を増やせるか」以外のものさしで活動をしている人ももちろんいます。「文化的であること」「ソーシャルインクルーシブであること」「街が元気であること」……そういうことを大切にする価値観も共存できることこそ豊かさなのだ、と大高さんは考えています。
「たとえば、カフェを開こうとする人がいたとします。『上場したい』と思っている人は、チェーン展開を行うなど、いかに売上規模を増やすかという、投資する側とものさしを一つにした行動をしますが、『シャッター街を盛り上げたい』と思っている人だったらどうでしょう。よそからアーティストを呼んで壁にペイントをしてもらおうとか、回転率は下がるけどワークショップをしようとか、お金を増やすためのこと以外もきっとしますよね。もちろん店を続けるために利益は出し続けないといけませんが、人を集めて盛り上げるためには、非効率な行動をせざるを得ない。それはビジネスセンスがないわけではなく、そもそも目的が違うからなんですよね。
でもそうすると、銀行や投資家から『もっと儲けることやってよ』と言われて、お金が入ってこなくなってしまう。するとカフェを開くこと自体ができなくなる。そんなことが、日本のいたるところで起きているんです」
お金と届け先の間に、「お金を増やす」以外のものさしを作りたい。クラウドファンディングはまさに、そんな「もうひとつのものさし」でお金を回せる仕組みなのだと大高さんは語ります。
オープン予定のカフェにお金を出したからと言って、利益分配があるわけではない。だけど、「シャッター街を盛り上げたい」というビジョンには共感するから応援したい。そんなふうに、まわりが良いと思うかどうかで判断せざるを得ないビジネスマインドではなく、自分がどう思うかで判断できる自由意志がお金に伝わる。その繰り返しが、社会そのものを豊かにしていくはず……。
そんなことを考え、大高さんはMOTION GALLERYを運営しているのだと教えてくれました。このお話は、劇場への「お金」のアクセシビリティという観点からも、非常に大事なことだと感じます。
回路68
「お金を増やす」以外のものさしを作り、それ以外の価値観を持つところへお金を届けることが、豊かな社会につながる。
フランスはなぜ「文化」にお金をかけるのか?
もうひとつ、とても印象的なお話がありました。
MOTION GALLERYを立ち上げる前、大高さんは東京藝術大学大学院の交換留学で、一時パリに滞在したことがあったそうです。その中で大高さんが痛感したのは、「日本の文化表現の財政的貧困さ」でした。
「日本では、とにかく文化表現のための制作費が集まりにくい国になってきています。世界的に評価されているアーティストでも、どこからもお金を出してもらえなくて財政的に厳しい状況。それは先ほども話したように、『お金を増やす』かどうかのものさしだけで、文化表現も判断されているからなんです。だから、お客さんが入るであろう有名原作ものの映画化くらいにしかお金が出してもらえない。日本は芸術的なものさしでの評価がまったくされない国なんだなと、パリに行って痛感しました」
一方でフランスは、「まったく逆だった」そうです。多くの人が、ちゃんと制作費を得て作品を作り続けている。なぜかというと、日本に比べて芸術家の地位が圧倒的に高いからなのだとか。「文化的土壌の分厚さがまったく違う」「これは才能の話ではなく、構造の話だ」。そう大高さんは感じたのだそうです。
「まず、フランスでは国の文化助成がすごく手厚いんですよ。でもそれは、ただ単に耽美的にそうしているわけではなく、戦略としてやっていることなんですね。どういうことかと言うと、フランスはもうグローバル経済の中で“規模”の勝負で勝てるとおそらく思っていないんです。アメリカとか中国に、ビジネス規模で勝てるわけがない。だからこそ、“クオリティ(単価)”で勝つために自国の文化的保護をしているんですね。
フランスにはたとえば『ルイ・ヴィトン』などの名だたるハイブランドがあり、『カンヌ国際映画祭』といった国際的にもっとも評価の高い映画祭がある。ではそれらがなぜ権威を保てているかというと、なんだかよくわからないオーラがあるから……そこがフランスのすごいところで、そのオーラのために文化やアーティストにお金をつぎ込んでいるんです。するとルールメーカーになれるから、ビジネス規模で勝たなくてよくなる。スケールじゃなく、クオリティで勝負していくことができるんです」
日本でもそうなればいいなと思ったものの、根本から考え方を変えるのは難しいだろうと考えた大高さん。でも何かをしないと、日本の文化の財政的状況どんどん厳しくなってしまう。それがクラウドファンディング事業を立ち上げる、もうひとつの大きな理由だったのだと言います。
「グローバル経済」とは別の、「文化的クオリティ」というものさし。ひとつのものさしだけに頼るのではなく、さまざまな軸を持つことが、結果的に自分たちを強く豊かにするのだと、この大高さんのお話から学びました。
回路69
数値化できない「文化」を守り育むことで、代替不可能な存在になれる。
みんな何かの当事者であり、何かの当事者ではない
そんな大高さんは現在、THEATRE for ALLでファンディングディレクターを務めています。これからも永続的にTHEATRE for ALLを行っていけるよう、資金集めのサポートからコミュニティづくりまでを担当している大高さん。THEATRE for ALLのコンセプトを聞いたときはすぐ、「おもしろいな」と感じたそうです。
「もともと、配信に興味があったんです。昨年の緊急事態宣言以降、劇場や映画館や書店などさまざまな文化拠点が困窮している現状へのアクションとして、「ミニシアター・エイド基金」を始め、複数の支援プロジェクトを立ち上げました。その頃は『現地に行くことが大事』という感覚が強く、オンラインでアート作品を配信したところで、情報の解像度が違うだろうと思っていたんです。とは言え、コロナ禍が長引く中で、オンライン配信も避けて通れなくなってきた。解像度云々の前に、どんな形でもいいから続けないと場所だけでなく人も残らなくなってしまう、と思い始めました。
そのタイミングでTHEATRE for ALLのお話が来て、『これは単なるリアルの代替としての配信ではないな』と感じました。せっかくコロナ禍で配信するんだったら、これまでも劇場に行きづらかった人たちを含め、あらゆる人にとってのアクセシビリティを高めるオンライン劇場にしてはどうかと。それがすごくおもしろいなと思ったんです」
大高さんが興味を持ったのは、THEATRE for ALLがやろうとしているのが、「コロナ禍における消極的な代替案としての配信」ではなく、「せっかくならば今の状況を活用して、もっと舞台芸術人口を増やそうと企む配信」であった点でした。そこに共感し、大高さんはTHEATRE for ALLにジョインします。
ただ、大高さん自身が「アクセシビリティ」や「バリアフリー」といったテーマに関わり、主体的に活動するのはこれが始めて。今まさにチャレンジをしている中で、難しいと感じることはどんなことなのでしょうか。
「まだ始まったばかりなのでこれからなのですが、ある種アートに近いなと感じます。答えがない、わからないという“答え”を所与のものとしてやり続ける必要があるなと。
たとえばTHEATRE for ALLのブログサービスひとつ選ぶにしても、音声での読み上げ機能があるかどうかなんて、僕は考えたことがありませんでした。自分がいつも見ている情報、ケアしているエリアの情報では、カバーできないところだなって。だけど、みんなそうなのかも知れません。みんな何かの当事者であり、何かの当事者ではない。視覚障害、聴覚障害を持つ方の意見を求めるとそれぞれで全然ちがうし、どこまで勉強したとしても、どうしてもズレが出てくるものなんですよね。
だけど、それでいいと思うんです。だってTHEATRE for 『ALL』なんだから。『ALL』とはこういうエリアです、って線を引くと『ALL』じゃなくなっちゃうじゃないですか。そこに自覚的になり、常に問われているという発想をしないといけないなと思いました」
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みんな何かの当事者であり、何かの当事者ではない。そのズレがなくなることは決してないという前提で、常に問い続けることが大切。
なんのコミュニティかよくわからないコミュニティへ
「ALL」を線引きした瞬間に、「ALL」じゃなくなる……
それは逆に言えば、「ALL」を目指すには線引きをせず、学び続け変わり続けないといけないということです。では、大高さんがその先に目指すコミュニティとは、いったいどういうものなのでしょうか?
「なんのコミュニティかよくわからないコミュニティになることですかね。バリアフリーな場所ではなく、ユニバーサルな場所っていうのが、目指すところだと思います。
たとえば音声ガイダンスは、目が見えない方だけのためのコンテンツではなく、目が見える人にとっても、鑑賞の拡張をするものとして楽しんでもらえますよね。つまり、バリアを除くだけでなく、何かの体験を付加するものとしてもあり得る。健常者の体験に近づくのを目的にするのではなく、観る人がそれぞれの環境でそれぞれの体験を得られること……それが僕はユニバーサルだと思うんです。
だからこのコミュニティには、いろんな人がいてほしい。福祉に興味がある人もいれば、ファシリテートに興味のあるビジネスパーソンがいてもいいし、なんかよくわからないけどおもしろそうだからって思っている人がいてもいい。まわりから見て『これってなんのコミュニティなんだっけ』というところまでいくとおもしろいなと思います」
それぞれの人が、それぞれの場所から、それぞれの体験を楽しむことができる場所。そんな場所のことを大高さんは「ユニバーサル」と表現しました。その言葉は、まさに冒頭に出てきた「ものさし」のお話と繋がるように感じました。
バリアを除き健常者の体験に近づくため……そんな単一のものさしだけで考えるのではなく、それぞれのものさしで作品を楽しめるオンライン劇場ができたら。そこにはきっとさまざまな価値観が生まれ、豊かな土壌が育まれるはずです。
大高さんの目指す「なんのコミュニティかよくわからないコミュニティ」は、逆に言えば「なんにでもなれる可能性のあるコミュニティ」なのではないでしょうか。
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目指すのは、バリアフリーな場所ではなく、ユニバーサルな場所。
大高さんが代表を務めるMOTION GALLERYについては、こちらで知ることができます。ぜひチェックしてみてくださいね。
執筆者
土門蘭
1985年広島生まれ、京都在住。小説・短歌・エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事の執筆などを行う。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』(寺田マユミとの共著)、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。
※本記事は、2021年4月15日に取材執筆を行いました。記載されている情報は執筆時点のものとなります。