投稿日:2024/03/29
こんにちは、THEATRE for ALL 編集部の藤です。
普段は留学支援をしていて異文化での海外経験を通じた国際人材の育成に携わっています。またカナダ人ハーフの子を育てる一児の母です。
今回の「100の回路」は足立区千住地域を舞台に企画される「イミグレーション・ミュージアム・東京」。
「100の回路」シリーズとは?
回路という言葉は「アクセシビリティ」のメタファとして用いています。劇場へのアクセシビリティを増やしたい我々の活動とは、劇場(上演の場、作品、そこに巻き起こる様々なこと)を球体に見立てたとして、その球体に繋がる道があらゆる方向から伸びているような状態。いろんな人が劇場にアクセスしてこれるような道、回路を増やしていく活動であると言えます。様々な身体感覚・環境・価値観、立場の方へのインタビューから、人と劇場をつなぐヒントとなるような視点を、“まずは100個”収集することを目指してお届けしていきたいと思っています。
日本に暮らす海外ルーツをもつ人びとの日常における変容を「適応」「保持」「融合」の3つのキーワードで探るアートプロジェクトです。
「イミグレーション・ミュージアム・東京」の主宰者で、これまで多文化社会をテーマに数々の作品を発表されている美術家の岩井成昭さんに、お話をお伺いしてきました。
岩井 成昭(いわい しげあき)
美術家。「イミグレーション・ミュージアム・東京」主宰。秋田公立美術大学教授、東京藝術大学非常勤講師。欧州や豪州、東南アジア、日本国内などの特定のコミュニティにおける調査を元に、インスタレーション、映像、音響、テキスト、パフォーマンスなどを使用した視覚表現を1990年より展開。多文化研究活動を並行して実施している。
彼ら移民と同じように僕らも流浪の民であり続ける
『イミグレーション・ミュージアム・東京』は、美術家・岩井成昭さんが、東京都小金井市を拠点に2010年に始動したプロジェクト。2013年に東京都足立区の千住地域を舞台としたアートプロジェクト「アートアクセスあだち 音まち千住の縁」の一環として活動を継続し、今年で12年目を迎えます。
直近の美術展「美術館・わたしたちはみえているー日本に暮らす海外ルーツの人びと」(2020年12月〜2021年3月)は、コロナ禍のため、ウェブサイト上に映像や原稿テキスト、写真などのコンテンツを盛り込んだオンライン美術館としての開催となりました。
名前にミュージアムとありますが、これまでも特定の“場所”を持たず、プロジェクトごとに適切な会場で活動されているそうです。
岩井さんは、「場所を持たないことのリスクもあるけどメリットもあるので、そこをうまく活用している」と言います。
これまで、東京藝術大学千住キャンパスや、フィリピンルーツをもつ人びとのコミュニティにとって重要な場所とされるカトリック梅田教会、また足立区内のリノベーションした元飲食店や空き住居といった場所を会場にしてこられており、岩井さんは場所を持たないことを“流浪”と表現します。
「日本における移民の立場は、法的には確定していません。言うなれば、彼らはノマドのようなものなの。移民が法的にも存在を認められた時に、私たちの活動も公的な意義が強まるはず。その意味で、“漂流”する立場を組織の姿勢とわずかでも重ねてみることはできないかと思いました」
活動の拠点となる足立区は、2021年1月1日時点で33,606人の在留外国人が生活している東京都内で3番目に在住外国人の多い区で、1位は新宿区、2位は江戸川区、そして3位が足立区なのだそう。
「足立区は、東京23区の中で一番大きなフィリピンのコミュニティがあって、カトリック梅田教会は、都内で最もフィリピンルーツをもつ人びとの信者が集まる教会だと言われています。元々は、80~90年代にパブやクラブなどで働いていた方たちが多く、日本人との結婚で家族が大きくなり、コミュニティが膨らんでいっています。最近は、ベトナムルーツをもつ方々も増えていたり、町ゆく人も色々なルーツを想像させる人びとを見かけるようになりました」
2019年に足立区が発表した「足立区多文化共生推進計画」によると、足立区の在留資格の上位3位は、永住者、 特別永住者、家族滞在(2018年1月1日時点)。学生や駐在員といった一時滞在の在留外国人とは違い、家族を持ち定住している在留外国人が、足立区には圧倒的に多いことが分かります。
誰が作るかも双方的。ほとんどがコラボレーションで作られていく
『イミグレーション・ミュージアム・東京』が展開するプログラムや企画は、展覧会やワークショップ、レクチャーなど多岐に渡ります。プロジェクトメンバーとして、足立区内外の市民の方々も企画やリサーチに関わるそうで、展示会などの“出来上がったもの”だけが作品になるのではなく、その出来上がりまでの一連のプロセスも作品の一部であり「“誰が作るか”ということも双方向的で、海外ルーツの人たちが作っているというわけでもないし、日本人が作っているわけでもない。ほとんどがコラボレーション」だそうです。
コラボレーションの代表例として、2017年から3年連続で開催された「フィリパピポ!!」のお話を伺いました。
「フィリパピポ!!」は、フィリピンの方が好むと言われている“ハロハロ(ごちゃまぜ)的テイスト”からインスピレーションを得た企画で、観客も歌やダンスなどのパフォーマンスへ参加し、食事や歓談をしながら様々な国の多文化を一緒に楽しむパーティー。
「エチオピアのコミュニティの皆さんによるダンスステージや、ベトナムから日本に渡ってきたボートピープルの両親を持つ若者のラップとか。“なんとか風”と描写されるようなステレオタイプを乗り越えようと、文字通り無国籍で様々なパフォーマンスがごった煮になっていて。
これって俯瞰してみると本当にフィリピンっぽいと思います。ルールを設けずに分け隔てなくどんどん招いていって、人が集まって膨らんでいくというか」
当時の『イミグレーション・ミュージアム・東京』の事務局だったスタッフがカトリック教会に通う中でフィリピンの方と信頼関係ができ、こういった大きなパーティーの開催にまで結びついたそうです。最後の開催となった2018年には、200名以上の様々な国籍の人びとが集まったということです。
「我々は場所を持たないので、定着しづらいというデメリットがあるんですね。でも一方で、自由に動けるメリットがあります。さらにいうと、自由に動けるからこそ、関係も柔軟性を持って作っていけるのはメリット」なのだと岩井さんは言います。
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特定の“場所”を持たないことで、活動場所を変えられる。それは、関係性を柔軟にし、周囲との関わり方や関われる人の幅を広げる
日本はすでに多文化社会。本当の意味での文化交流とは?
日本に暮らす海外ルーツをもつ人びととの創作活動の中で大切にされているのは、双方向で、かつ、フラットな関係性だそうです。
「文化交流となると、ややもするとホストの立場として“教えてあげる”と言うポジションになりがちです。例えば、日本語を教えてあげる、着付けや茶道を教えてあげる。“日本の文化は素晴らしいですよ”と。この交流はお互いのニーズに沿っていれば大変有意義です。でも、一歩引いて見ると、それは押し付けなのではないか、という視点もあるわけです。むしろ、彼らが日本という異文化へ来て、日常の中で彼らの文化と混じり合ってどう変容していくか、そこにある“文化の交流”を生活レベルから見ていくほうが、大切であり、真実も見えてくるんじゃないか、という気がしています。その中を見ようとしたときに“教えてあげますよ”という立場をとると、そこから先の関係性へ進むのは難しいのです」
何かを題材にして“教える・教えられる”の関係性を作ってしまうと、双方向の交流ではなく上下の交流を導いてしまう。だから、ニューカマーである彼らと、我々、日本で育った者・日本に長く住む者とが一緒になって、まさに今、時を同じくして、平等に共有している、この目の前の“日常”を題材にしてコミュニケーションをとり、アートプロジェクトを作っていく。
これは、多文化共生や多文化コミュニケーションを考える上で非常に大事な点を示唆していると感じました。
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教える・教えられるのコミュニケーションではなく、互いに共有しているものを題材にコミュニケーションを図ることで双方的な関係性を生むことができる
さらに、日常を探る上で『イミグレーション・ミュージアム・東京』が掲げている「適応」「保持」「融合」の3つの視点について、岩井さんはこう語ります。
「この3つは、移住してきた人びとが次第にプロセスの中で変化していくであろう視座です。そして、そのプロセスを見ていくことで、日本に長く住む私たちも、自身の生活がいかに不自由であるのか、あるいは意外に良い面があるとか、きっと客観視できるようになると思います」
関わる上で「学ぶ姿勢を崩さない」ようにし、なおかつ「メジャーの文化とマイノリティーの文化という意識も絶対に持たないようにしている」そうで、こういった『イミグレーション・ミュージアム・東京』の日常を題材にした活動は、日本に暮らす海外ルーツをもつ人びとを、全く違うグループの異邦人として見るのではなく、同じ国に住んでいる人間として、また生活者として、同じ土俵の上から物事を見つめようとする姿勢の表れのように私は感じました。
それに対して岩井さんはこう言います。
「そうかもしれないですね。彼らと同じ土俵に立つのは、意外に難しいことで、私たちと活動に参加する理由や解釈が違っていたりすることもあります。でも、それを常に確かめていくのが大切だと思っています」
また、日本に暮らす海外ルーツをもつ人びとが展覧会を見に来るということのハードルの高さを実感されているそうです。
「自分がプロジェクトに関わっていたとしても、仕事や子育てで忙しい人が多いのでプロジェクトの成果である展覧会に来てもらうのは簡単ではありません。展覧会は、いわゆる余暇の一つですから、つい日々の生活に追われて時間の捻出が難しくなります。またそれ以外の様々な理由で、展示会に来たくない人もいると思います」
制作活動の中では協力をしてくれた方が、途中から「急にいなくなる」ことがあるそうです。その背後にある事情や活動から去った気持ちは最後まで分からないこともあるそうですが
「たとえ、そうだったとしても、僕らは日本に暮らす海外ルーツをもつ人びとの存在や文化的背景を地域の人に知ってもらうことが何より大切だと感じていますし、対話を続けていこうと思っています」と岩井さんは言います。
日本に暮らす海外ルーツをもつ人びとの作品を通じ自分の視点の変化を感じる
1980年代から足立区の街並みを写真に収め続けているデンマーク人ジャーナリスト、ケント・ダールさん。この方の写真で足立区の移り変わりを“デンマーク人の視点で見る”という展覧会を以前されたそうです。
「印象深かったのは、彼が30年以上前に面白いと思った感覚は、現代の僕らが昭和の雰囲気を面白いと感じる目線と同じなんですね。でも、当時の僕らはその昭和の面白さに気づけなかった。彼は異文化から来てるからこそ、現代の僕らと同じような視線で、当時の風景を見ていたわけなんです。そういうタイムマシン的な、時間と空間のズレに独特の面白さを感じました」
私たちには、日常の当たり前のありふれた景色が、異文化からのファインダー越しでみると興味深いものとして見える。そして、それが30年という長い年月を経ることで、私たちにとっても馴染みのないものへと変化し、同じようなファインダーができてくる。時を経て過去を振り返ってみることでしか分かり得ないものであり、日本に暮らす海外ルーツをもつ方の作品を通じて自分の視点の変化を感じられた、というわけです。
今回オンライン開催された「オンライン美術館・わたしたちはみえているー日本に暮らす海外ルーツの人びと」では、初の公募展が行われました。
公募の際には日本語のほかに、英語、韓国語、中国語(2つ)、ベトナム語、ポルトガル語など7ヶ国語で告知をされたそうです。
「日本に暮らす海外ルーツをもつ人びとから作品を募集し、応募のあった約100点の作品をオンライン・ギャラリーにて展示しました。約4ヶ月弱の作品募集期間を設け、日本全国から募集があり、日本以外もフィリピン、アメリカやドイツなどからオンラインギャラリーへ閲覧していただく機会があった」そうで、オンライン開催にすることで「見てもらえる人の幅が増えた」と感じたそうです。
またオンライン美術館のコンテンツの中には、アーティストの方々と岩井さんのインタビュー映像や映像をもとに文字起こした原稿(日英)がありました。リアルの開催の場合、当日のワークショップに参加しないと見られないような内容も、オンライン上で好きな時にじっくり見られるというメリットもあると教えていただきました。
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オンライン開催にすることで見てもらえる人の幅が増え、好きな場所から、好きな時にじっくり見てもらえるようになった
文化背景を解釈が多様な美術作品で表現する
『イミグレーション・ミュージアム・東京』が表現活動を通じて多文化を紹介する理由は、美術作品は俯瞰した視点で様々な文化を表現することに親和性が高いからだと岩井さんは言います。
「美術作品は自由に観ることができます。特に現代美術の領域では、解釈が無限大で多様性がある。だから、鑑賞者側が自分のスタンスで見たり感じたりすることができ、自分の問題を作品に投影することもできます。そういう意味でも、在留外国人の文化背景を美術表現として紹介することは、すごく価値あることだと思います」
そして活動を通じて、将来の日本がいずれ直面するであろう、多文化社会の中で生まれる色々なことに貢献したいという気持ちがあるそうです。
「今後、色々な問題が顕在化したときに僕らに似た活動が国内のいたる所で起きていれば、短絡的に答えを見つけずに、多角的に議論ができると思います。さまざまな見方があると提示していく必要があると思っていますし、その環境を作っていければなと思っています。
“多文化”という状態を俯瞰していたときに、今の日本には多様なコミュニティがあって、それらをしっかりと自覚したうえで、ざまざまな文化の共存をマッピングしたいというのが隠れた野望だったりします」
海外の異文化で生活すると、日本とは違う価値観に驚いたり、視野が広がったり、今まで慣れ親しんだ物事にも新しい捉え方で見られたりします。一方で、今まで良いと思っていたものがそう思えなくなったりもしますし、様々な視点が多角的になります。それは、日本を離れることで、日本を客観視できるようになるのが1つ大きな理由だと私は思っています。
『イミグレーション・ミュージアム・東京』の数々のプロジェクトも、日本を舞台に海外ルーツの方とのアートの活動を通じて、客観的で多角的な視点を集め続けて、それを今と将来の私たちに還元している、そんな風にお話を聞いて感じました。
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客観視するための多角的な視点を持つには、海外ルーツの隣人の視点を共有することでそれが叶う
今後『イミグレーション・ミュージアム・東京』では、様々な視点から現代日本における多文化社会への視点を紹介し、文化芸術を取り込み、日々実践を重ねながら多文化社会に向き合う全国の団体とネットワークの構築を図っていきたいそうです。先のオンライン美術館でも、多文化社会へのアプローチとした3つの柱の1つとして、リサーチや取材をしていくつかの団体を紹介するトークセッション特集を公開したとのことでした。今後の新しいコラボレーションにも、注目したいと思います。
[会期] 2021年12月11日(土)~26日(日)13時~19時 ※火曜休み
[場所] 北千住BUoY (足立区千住仲町49-11) ほか
「イミグレーション・ミュージアム・東京」は、2021年12月に多文化社会をテーマにした現代美術展『多国籍美術展・「わたしたちはみえている – 日本に暮らす海外ルーツの人びと – 」』 を実施。
約10年間の活動の成果として、現代日本の多文化社会のありようを多角的に体感する空間を立ち上げました。
これまで愛知、大阪、兵庫、広島など約50箇所もの多文化共生施設を中心として上映会が開かれてきた作品で、海外にもルーツを持つ日本の若者がアートを通じて自分を表現するドキュメンタリーです。海外にもルーツを持つ子どもたちの中には、日本で生活をするにも関わらず日本社会に自分の居場所を見出すことに困難を感じ、アイデンティティ形成に困難を抱えることが少なくないそうです。彼らが抱える葛藤に「造形活動」「ドキュメンタリー映画」「報道」の表現を通して寄り添い方を検証する本作。若い世代に焦点を当てて多文化共生への理解を深める内容です。
この映画は、可児市国際交流協会が、日本社会に居場所を見出せない青少年の内面に向き合い、未来を切り開くための方策を探るために、彼らの心情を映像に投影し、対話のツールとすることを目的に制作されました。したがって、単に映画をレンタルするのではなく、制作者を派遣して、講演・上映・ワークショップといったかたちでの上映会が推奨されています。
★岩井さんが2017年に岐阜県可児市で制作された多文化共生をテーマにしたドキュメンタリー作品「Journey to be continued -続きゆく旅-」を、ぜひ、あなたのコミュニティでも上映しませんか?
https://www.youtube.com/watch?v=5feFdneMmN8
ご興味のある方は、可児市国際交流協会までお問い合わせください。
NPO 法人可児市国際交流協会 担当:各務(かかむ)
TEL:0574-60-1200 FAX: :0574-60-1230
Email:npokiea@ma.ctk.ne.jp
〒509-0203 岐阜県可児市下恵土 1185-7
執筆者
藤奈津子(とう・なつこ)
京都生まれ。THEATRE for ALL LABでは異文化理解や教育、子育てなどを主に担当。雑誌編集者ととして出版社に勤務後、カナダ・トロントへ渡航して現地留学会社勤務。帰国後は私立大学の国際交流センター勤務を経て、Connect Study海外留学センターを設立。父は、画家で染色アーティストの藤直晴。制作活動が身近にある環境で育ち、アーティストが紡ぎ出す作品を世に広めることに一役買いたいと思っている。カナダ人ハーフの子供を育てる一児の母でもある。
https://www.jiss-japan.com/
※本記事は、2021年8月27日に取材執筆を行いました。記載されている情報は執筆時点のものとなります。