投稿日:2024/04/05
はじめまして、THEATRE for ALL 編集部の彼岸花と申します。障害者専用クラウドソーシング サニーバンクにてライターをしています。気分の上下や体調不良を伴う脳の病気、遺伝や環境の要因で発症する双極性障害を患いつつも母親になり、一人娘を大切に育てながら無理なく書き仕事もしている障害者です。
「100の回路」シリーズとは?
回路という言葉は「アクセシビリティ」のメタファとして用いています。劇場へのアクセシビリティを増やしたい我々の活動とは、劇場(上演の場、作品、そこに巻き起こる様々なこと)を球体に見立てたとして、その球体に繋がる道があらゆる方向から伸びているような状態。いろんな人が劇場にアクセスしてこれるような道、回路を増やしていく活動であると言えます。様々な身体感覚・環境・価値観、立場の方へのインタビューから、人と劇場をつなぐヒントとなるような視点を、“まずは100個”収集することを目指してお届けしていきたいと思っています。
今回はバリアフリーマップアプリ「WheeLog!」を発案なさったWheeLog代表の織田友理子さんにお話を伺いました。
織田 友理子
1980年千葉県出身、一児の母。学生時代に遠位型ミオパチーという体の筋肉を徐々に失う疾患と診断され、その後電動車椅子を利用する中途障害者として様々な活動をしている。難病や希少疾病新薬の問題に向き合い、NPO法人PADM(遠位型ミオパチー患者会)の代表を務め活動を行ない、その成果は数々の難病の人たちを救ってきた。
YouTubeにてバリアフリー情報動画「車椅子ウォーカー」を配信するなど、バリアフリーを推進する活動も行なっており、様々な体験を実際に行い配信。社会のバリアフリー化や車椅子ユーザーの旅行やお出かけなど、アクティブな行動を促進するのに貢献している。
現在は一般社団法人WheeLog代表、最高経営責任者(CEO)としてバリアフリーマップアプリ「WheeLog!」を発案。スマートフォンのアプリケーションとしてリリースし、車椅子ユーザーだけでなく他の障害者やベビーカーユーザーにも重宝され、その輪を健常者にも広げていくビジョン。
誰しもがアクセスできるバリアフリーマップ
まずは織田さんに、「WheeLog!」の開発で大切にされたことについてお聞きしました。
「興味がある人はどんな人でも入っていただけるように。いろんな形で参画していただけるようにと考えました。血の通った『世界一温かい地図』と24時間テレビでも紹介していただきました。
興味がある方はどんな方でも見て、たとえ重度の障害者の方であっても、コメントやつぶやきといった形で入っていただけるようにしました。」
「WheeLog!」には、ゲーム性やコミュニケーション、実際に車椅子で走った走行ログなどをユーザーが記録出来るなど、誰もが楽しいと感じられる工夫がされています。
「WheeLog!」にあるのは優しさとアプリの使用者によって積み上げられていくバリアフリー情報のアーカイブ。心のバリアフリー化も見据えた設計で、楽しみだけではなく健常な方も障害がある方も、外に出られる人も出られない人も垣根なく「人の役に立てた」という気持ちにさせてくれるアプリです。
「WheeLog!」は、当事者だけでなく健常者も巻き込む温かさを持っています。
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どんな人でも参加できる
しかし、そんな「WheeLog!」も人々に広まらなければ、意味のないものになり、埋もれてしまいます。
「苦労したのは、やはり『WheeLog!』を知っていただくことですね。どんなにいいことをやっていても認知をしていただかなければ全然広がっていかないので。
賛否両論あるようですが、そうした意味では24時間テレビで紹介されたことは、私達にとっては本当にありがたい機会だったと思っています。
嵐の松本潤さんが、真夏の炎天下の中、浅草で車椅子に乗ってWheeLog!への協力を呼び掛けて、私達に力を貸してくださった。感謝しております。」
と「広めること」の大事さを話す織田さん。
実際に24時間テレビで松本潤さんに紹介されたことで、「WheeLog!」の知名度は上がりました。拡散力のあるメディアが力を貸してくれ、素晴らしいツールが世に広まる。24時間テレビへの出演は、一般の方々にも知っていただき関わっていただくためのきっかけ作りになったようです。
情報がバリアフリーの鍵になる
「ただ外出している人たちだけに称賛されるアプリではありたくない。情報のバリアフリー化と心のバリアフリー化を推進していきたいですね。」
織田さんがお話しされた情報と心という、二つのバリアフリー。
今の時代、様々なデジタル化が進むなか心のバリアフリーは大きなキーワードになりそうです。
まずは知っていただくこと、わかっていただくこと。これが心のバリアフリーにつなげる大きなポイントなのでしょう。
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情報のバリアフリー化が心のバリアフリー化に繋がる
「WheeLog!」はまちの情報を集めるアプリとも言えます。そのため、地域の情報や街への愛着も大きく関わってきます。
「地域活性やその地域の人たちがこの土地を愛するからこそ、バリアフリー情報を共有して、いろんな方に来ていただきたいと感じる。街の人たちももっと満足して心地よく過ごしてほしい。そうした一つのツールとしても活用していただきたいです。」
人々が交わり合い、行き来することは、地域活性に大きく貢献します。大切なまちだからこそ、歩ける人も車椅子利用者も心地よく過ごせることが必要です。
車椅子利用者以外の障害者との連携と今後の課題
視覚障害者にとっては命を守るために必要不可欠な点字ブロックと2cm段差が、車椅子利用者にとっては、走行の際に支障をきたすこともあります。
この点字ブロックと2cm段差の問題について、織田さんは行動をはじめました。
「視覚障害者のための点字ブロック・2cm段差と車椅子利用者の問題は、今後きちんと整えていってほしいと考えています。私たち車椅子利用者だけでなくベビーカーや足腰の弱い方も、点字ブロックで躓いてしまうことがあるため、現状の点字ブロックと段差について改善の余地があると感じています。
2021年4月、国土交通省が催した意見交換会に参加しました。車椅子団体の他にも、視覚障害者当事者団体や研究者、建設会社など、まちと障害に関わる面々が集まりました。
配慮に努めている自治体もあれば、そうでない自治体もある。それぞれの意見を反映してルールを統一する必要があるという認識をしました。
まちには様々な人が共に存在しています。少数派になりがちな障害者の声をまちづくりに反映することは必要不可欠です。また、異なる困りごとを抱える当事者同士が対話する場はバリアフリーを進める上で必要になると思います。
この取り組みが点字ブロックと2cm段差をはじめ、視覚障害者に対してさらになる改善策を講じるきっかけになってほしいです。」
視覚障害者同士の関係だけでなく、ほかの障害がある方とも協力したい。
そんな思いを持つ織田さんは、「バリアフリーマップ 」の改良についても考えられているようでした。
「バリアフリーマップは、車椅子とベビーカーという切り口で情報を集めています。その情報が精緻化されていって、ゆくゆくは視覚障害者の方々にとっても便利なデジタル点字マップになれば嬉しいです。」
これから望まれるのは情報の集約、デジタル化、そしてそれが行き渡ること。
車椅子ユーザーだけでなく様々な分野の障害者も情報にアクセスし、整備されたルールの中で社会にアクセスができる。デジタル化は一つの鍵になりそうです。
子供とバリアフリー
親として織田さんが身をもって感じたのは学校のバリアフリー化の必要性でした。
「子供の小学校はバリアフリー化されていなかったので、PTAなどで活動することが難しかった。障害のある方が入り込めることによってダイバーシティが進んでいき、理解が進むきっかけになって欲しいです。」
心のバリアフリーを進める織田さんは、全国各地で車椅子体験を進める活動もしています。
「全国各地で車椅子体験をする活動を進めています。また、教育の現場に組み込めるようなプログラムの策定をプロジェクトチームと取り組んでいます。子供たちが興味を持ち、地域で様々な人が共生する社会を実現して欲しいと願っています。」
「車椅子経験」のある人たちが増えることで今後の相互理解の広がり方は加速していくのかもしれません。車椅子や障害について知ることは、協力や応援の気持ちを呼び覚ますことの鍵と言えそうです。
でも一方で、知ってもらうことの押し付けにはしたくないと織田さんはおっしゃいます。
「人々の気持ちを差し置いて進んでいては、共感していただけないのかなと思っています。押し付けがましくではなく、理解をしていただける協力者や応援者を増やしていくことを大切にしています。
なので、支えてくれる側の方々が抱える障害者への思いや気持ちに対して、私達はできる限りで応えていきたいし、答えがなくても探していきたいと考えています。」
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答えがないからこそ探していく
知ってもらい共感し理解し合うこと。これが心のバリアフリーにもつながり、支援の輪が広がる土台となりそうです。
障害を抱えている人たちと、ない人たちの相互理解によって協力が得られる。押し付けたりしてはいけない、とにかく話し合い、考えましょうという歩み寄りの姿勢が、優しく無理のないバリアフリーを推進する上で大事なところなのかもしれません。
織田さんの決意
「WheeLog!」開発の経緯をお聞きした際、織田さんは、こんなことをおっしゃっていました。
「このアプリでは絶対無料を貫き通すと決めています。それは経済格差によって情報の格差があるべきではないと考えているからです。お金を得るためではなく、自分のライフワークとして社会問題解決のために成し遂げるものです。
WheeLog!をきちんと運営していくために資金調達や運営方法をゼロから学びました。アプリの開発にこんなにお金がかかることを知っていたらやらなかったな、と思うときもあるぐらいです。」
笑いながら苦労を語る織田さん。その苦労は計り知れません。経営からアプリ開発、イベントの企画まで手がけることは並大抵のことではないと思います。
特に織田さんが大切にされているのは「フラット」だと言います。障害があってもなくても、格差が大きくない世界。障害の有無や属性の垣根を超えて誰しもが対等で同じであることを強く意識しているのでしょう。バリアフリーマップは確実にその役目を担っています。
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フラットであること
織田さんの「フラット」は国をも超えていきます。
「車いすをテーマにYouTubeをやっていて、まずはYouTubeの多言語化機能を使って、英語字幕を入れるようにしています。このYouTubeは海外でも視聴されているようです。」
世界に羽ばたくバリアフリーマップ!世界中どこでも使え、情報によって人々を幸せにするツールになるのも夢ではありません。
既にマサチューセッツ工科大学関連のコミュニティやアラブ首長国連邦で開催されるドバイ万博でも「WheeLog!」は展開されているそうです。
挑戦者でもある障害者、そして生命の価値
「アラブ首長国連邦では『障害者』という言葉ではなく『挑戦者』という言葉を使っているそうです。言葉も大事なんです。
前提として、生きているだけでその人の価値がある。いるだけでいい。どんな状況であろうと、その人がいるだけで価値がある。それが根底にあるのが生命の価値で、そこを信じ込めるかが幸福度に関わってきます。」
生きているだけでその人に価値があるという温かいメッセージ。そして、障害があるために家から出ることができない人でもバリアフリーマップにアクセスできるようにしたと語る織田さん。
発案者の織田さん自身が持っていらっしゃる優しさが、そのまま反映されているかの如く、温かいバリアフリーマップに仕上がった「WheeLog!」。
今後の展望は世界へと広がり、人の手で作られた血の通った優しさの輪はどんどん拡張していくことでしょう。
ぜひ、この記事を読んでくださった方もアプリをダウンロードし、一緒に作り上げていきませんか?これからも仲間が増え情報が集約しフラットな世界づくり、バリアフリー化が活性していく事を願うばかりです。
執筆者
彼岸花
東京生まれ、東京育ちのママライター。
青年期に遺伝や環境の要因で発症するとされる脳の病気「双極性障害」に。躁鬱混合状態や強い体調不良を伴う2級の精神障害者となる。症状を抑え悪化を防ぐために療養しつつも、ドクターストップをおしのけての妊娠、晴れてママに。パパの育休や病気と向き合いながら育児をし、体調が落ち着いてからは文章を書く趣味が高じて障害者専用クラウドソーシング サニーバンク所属のライターへ。
協力
サニーバンク
サニーバンクは、株式会社メジャメンツが運営する障害者専門のクラウドソーシング サービスです。「できない事(Shade Side)で制限されてしまう仕事より、できる事(Sunny Side)を仕事にしよう。」をテーマに、障害者ができる仕事、障害者だからこそできる仕事を発注して頂き、その仕事を遂行できるサニーバンク会員である障害者が受注するシステムです。
障害者が働く上で「勤務地の問題」「勤務時間の問題」「体調の問題」「その他多くの問題」がありますが、現在の日本では環境が整っているとはいえない状況です。障害があるために働きたいけど働くことが困難、という方に対して、サニーバンクでは「在宅ワーク」という形で無理なくできる仕事を提供しています。
※本記事は、2021年10月22日に取材執筆を行いました。記載されている情報は執筆時点のものとなります。