投稿日:2024/04/12
皆さんこんにちは。THEATRE for ALL 編集部の北村直也です。お届けしている「100の回路」シリーズ、私の担当も2回目となりました。
「100の回路」シリーズとは?
回路という言葉は「アクセシビリティ」のメタファとして用いています。劇場へのアクセシビリティを増やしたい我々の活動とは、劇場(上演の場、作品、そこに巻き起こる様々なこと)を球体に見立てたとして、その球体に繋がる道があらゆる方向から伸びているような状態。いろんな人が劇場にアクセスしてこれるような道、回路を増やしていく活動であると言えます。様々な身体感覚・環境・価値観、立場の方へのインタビューから、人と劇場をつなぐヒントとなるような視点を、“まずは100個”収集することを目指してお届けしていきたいと思っています。
今回お話を伺うのは、自らも声優・ナレーターとして活動をしながら、私、北村も通うワークショップ 「バリアス プラス」等で講師も務める西原翔吾さん。ここ数年は製作にも携わっており、音響監督もされています。視覚障害当事者である私の育成、音響監督としての経験を通して得た考えや今後の声優・ナレーター業界とバリアフリーについて熱く語っていただきました。本記事は、私北村と西原さんの対談をベースに執筆しています。
※現在、「バリアスプラス」のワークショップは開講されていません。
西原翔吾さん
合同会社MYSTAR代表・所属声優・演出家。一般社団法人 日本朗読芸術協会 代表理事。
ナレーションを中心にゲームや音声コンテンツ、洋画吹替、アニメーションの声優として活躍。朗読劇やミュージカルの振り付け・演出、またゲームやナレーションの音響監督も行う。合同会社MYSTARでは、声優の斡旋を中心にゲームやナレーション、ボイスドラマの音声コンテンツのシナリオからブッキング、収録・編集・納品まで幅広く手がけている。
視覚障害があるからといって声優が難しいとは思わなかった
西原さんと私の出会いは遡ること約5年前。私が通っていたアカデミーの卒業オーディションにて、事務所担当者の一人としてパフォーマンスを見ていたとのこと。それからしばらくして、私が所属している事務所の先輩が既に西原さんのワークショップを受講していたということで、私もお世話になることになりました。オーディションからワークショップの初回受講までのことを西原さんはこう振り返っています。
「オーディションのときに、視覚障害者が声優を目指してやっているっていうのを見たのが初めてだったのが結構印象的で、そのときにどういう芝居をしていたかというのも結構覚えています。初めてワークショップに来たときに、そのときより、いい演技になってきているなと思いつつ、じゃあもっとこういうところをなおしていこうかっていう話をしましたね。」
私も、ワークショップの受講初日にだいぶ滑舌良くなったねえと言われたことを今でも覚えています。
しかし、オーディションでの印象も含めて技術的な欠点を指摘されたことはあっても、視覚に障害があるから難しそうという種の話を西原さんからは聞いたことがありません。視覚に障害があると、特に画面が見えないことが業界の内外問わず多くの人から障壁だと言われてきたので、そう思ったことはないのかと、この機会に聞いてみました。
「視覚障害だから難しいっていう考え方はあんまりなかったですね。逆に言うと、視覚障害があって目指しているのであれば、じゃあその状態で現場に立てるようなスタイルができたら面白いし楽しいですよね。だから、『あなたは障害があるから無理です』っていうような考え方にあんまり至らなかったっていうか。たぶん、むしろ、『できそうだな』って思いました。」
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障害があって目指しているなら、その状態で現場に立てるようなスタイルが作れたら面白い
視覚障害者が現場に立てるやり方というのは、点字ディスプレイ(ブレイルセンス)という機械にデータを転送して、台本を読むことです。この方法を用いれば、メール等で送られたテキスト、ワード、pdf等のファイルを点字で確認することができ、修正をすることも容易です。西原さんも、そこに少なからず可能性を感じたとのこと。
「点字ディスプレイを使っているときに、小さい音はたまに聞こえるんですけど、セリフにかかっていなければ収録ではあまり気にならない程度です。台本はデータさえ渡せば修正や書き込みなどいろいろできるというのが良いですよね。例えば前日データを送って当日変更もあるだろうし、当日に全とっかえでもデータくださいって言えばメールで開けるので。最初のうちは映像がないナレーションとかなら現場の収録ができるんだろうなって感じましたね。」
支援をお願いできるようにすることが大事
西原さんのワークショップや現場を通して、私もたくさんの方とご一緒する機会が増えていきました。ワークショップの受講生、共演者、クライアント、スタジオのスタッフなどです。西原さんから私が視覚障害者であることを伝えてもらうこともありますし、私から必要な支援をお願いすることもあります。特に、初めて使用するスタジオや会場の場合は、駅からの同行をお願いしています。これは、声優活動に限らずに私が何かに参加するときには実践していることなのですが、自分からお願いできることは大きいことだと西原さんは語ります。
「自分ではどうしようもないことってあるじゃないですか。それに対して申しわけないとか、行ったら迷惑かな、とか考える方は多いと思うんです。逆に、北村君みたいに、『1回目だと全然行けないので連れていってほしいです』って言えるのは、僕は大きいと思いますね。これから声優を目指す視覚障害の方が、もしいらっしゃるのであれば、ちょっとズケズケした事を言ってもいいと思うんです。あんまりそこに気を使っちゃうと逆に何もできなくなっちゃうと思います。」
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ちょっとズケズケした方がいい
その話を聞いて、私はとある収録のできごとを思い出しました。
そのときの現場は私が単独で向かうことが難しかったので、収録の時間が近くて直接面識のある先輩声優さんに駅からの同行をお願いしました。ご本人からの承諾もいただき、収録そのものは問題なく終了。しかし、翌日になって西原さんから、「同行をお願いするなら自分と同事務所の人にしたほうがいいよ。それが難しければ自分に相談してくれればいいから」と言われました。
声優は現場までマネージャーが同行せず、一人で向かうことも多々あると聞いたことがあります。ですから、自分から誰かにアポを取って時間厳守でスタジオに行くことは当たり前にやらなければならないことだと思っていたので、自分に相談してくれればいいと言われたことは、もっと頼っていいんだなと思えて、言葉では表せないほどの安心感が沸き上がってきました。そのことを振り返りながらお伝えすると、それは他のクライアントでも同様なのではないかとおっしゃるので、詳しくお伺いすることに。
「クライアントさんが、もし直接視覚障害の方を起用するっていうときには、そのクライアントの方がそのことを理解しているわけだから、逆に『分からないので連れていってください』って言ったら、『分かりました。じゃあ駅で待ち合わせでもいいですか』って話に絶対なると思うんですよ。それを一人で行ってくださいとか、ちょっとそれは難しいですって言うんだったら、じゃあなんで起用したのっていう話になるじゃないですか。
声優の場合ですけど、仕事をもらってナレーションだから一人でやらなきゃいけないっていうときに、頼れるのは自身の事務所の社長かマネージャーかクライアントだと思うんですよね。守ってくれる人は必ずいて、所属している事務所か依頼しているクライアントが理解しているからフォローができるところはあると思います。」
回路99
頼っていい人がいることに気が付く
「逆に障害を持つ人がどんどん現場に立って、それが当たり前になるといいですよね。フォローしていかないと、っていう理解が深まれば、障害のある方でも遠慮しないと思います。今回お話をいただいたプリコグの方は障害を理解しているから大丈夫だと思えるじゃないですか。他の現場でも同じようにだいたいの人が知ってる状況になれば困らないですよね。やがては北村君が全然珍しくない人になると(笑)。」
回路100
障害を持つ人がたくさん現場に立つことで、ほとんどの関係者が理解している状態を実現する
先ほどからお伝えしている通り、そこまでフォローをお願いしていいものなのかと思っていたので衝撃的な内容でした。と、そこで私に対してものすごく的確な指摘が。
「変な言い方をしてしまうと、北村君がいろいろできすぎると多分後ろに続かないんですよね。自分でやることはすごいことだと思うし、とてもいいことだと思うんですけど、そういうことができない人のほうが多分多いんですよ。なので、逆に『ここは頼っていいんだよ』っていうのが言える先輩になっていただけたらなと。」
西原さんのおっしゃる通りです。このお話を聞いたからには、これからは私も周りを少しずつ頼るようにしていきます。
目が見えないからこそできる表現について掘り下げる
気づけば話は視覚障害を持つ声優にとどまらず、障害を持つ人の芸能活動という広い範囲に到達していました。バリアフリーというテーマのお話が一段落したところで、私の周囲でクローズアップされるようになった、「視覚障害者だからこそできる表現」について率直に伺うことにしました。
目が見えない人が作ったものでも、そのできあがったコンテンツを楽しんだり何かに利用する受け手側は、目が見える人であることがほとんどです。そうなると、目が見えないからこそできる表現を突き詰めても共感されないというか響かないのではないかと考えていました。そのことをお伝えすると。
「正直、そんなに差は出ないと思いますね。じゃあ、なぜ見えていない人の表現っていうのを推していくのかというと、僕らが本当は感じているけど視覚に頼りすぎて気づかないことって多いんですよ。例えば春先の景色を思い浮かべます。春って言ったら桜が咲いてて、桜のピンクが舞っててみたいな。でも、視覚障害のある方って多分違うんですよ。風の強さだったり音だったり、周りの匂いだったり。春夏秋冬の匂いってそれぞれ違うじゃないですか。そういうのから表現につなげていくっていう。僕らも分かるんですよ。例えばその場所にいて、その場所を感じて、イメージして、感じようとはしてるんですけど、まず飛び込んでくるのは景色なんです。視覚8割ですから。
視覚障害のある方への演出に対しても、その時に絵の説明はしてくれると思うんです。それこそ視覚障害の方に不利な演出をするって、そうないと思っています。絵の説明の後に明るいイメージとか結構かっちりしたイメージとかっていう補足がつくぐらいですよね。これは目が見えてる人でも同じです。だから視覚障害があるから絶対に理解ができないということはないと思うし、だからこそいろんな表現があってしかるべきだと思う。僕らが感じてはいるけど感じきれていないものを強く表現できるっていうのは、これから目指していく方も含めて大事なんじゃないかなって思いますね。例えばこのまま北村君が目が見えてる人向けにと考えてうまくなったとしても、それはある意味、普通のナレーターと変わらないっていうことですよね。」
目が見える人と勝負するために見えないことを知識で補おうとか、私は弱点をカバーするほうに考えていました。しかし、西原さんは逆に目が見えている人たちが見落としがちなことを表現に混ぜること、それが一つの個性になり、商品になるとのお考えでした。
「もちろん最終的には商品として自分の声をどういうふうにお伝えするのかとか、相手がどんな人なのかとか、そういうことをイメージしながら言うのは変わらないんですけど、絵とか雰囲気の説明はクライアントがしてくれますから、そこからどう訴えかけるのかはもうナレーターとか声優次第なので、個性の一つだと思ってもらえると非常にいいのかなと思いますね。
例えば、ある作品で視覚障害の方を使いましたと。今はそれがちょっと珍しいと思うんです。でも、それが一定数の視覚障害の方がいらっしゃる状況ができたときに、珍しさはなくなってくると思うんですよね。そして、ナレーションは一般のナレーターさんと全然遜色がないっていう人がいっぱいいるようになったとすると。遜色ないっていうのはある意味良いことだと思うんですけど、普通に視覚障害の方を使うメリットってなんだろうなって。ナレーターを起用するとき『この表現はこの人しかできないから呼びたい』っていう場合があるんです。視覚障害の方は一つの個性としてって言ったら語弊があるかもしれないんですけど、さっき言っていた五感でいったら視覚以外で表現を考えることができる、そこにフォーカスすることができるっていうのは一つの強みだとは僕は思ってるんですよ。そこからそういう表現が生まれた、しかもそれが人に納得できるような聞かせ方ができるっていったら、それはもうその人の商品としての価値がありますよね。視覚に頼らないナレーション表現っていうので。」
回路101
目が見えている人が見落としがちな他の五感をベースに表現をすることは個性であり、強みとなる
多様性を認めることでもっと楽しくなる
インタビューも佳境に入り、西原さんの今の思いと、未来について語ってくれました。
「もし、普通にうまい方ばかりになったら多分聞いたときに全然分かんないと思います。北村君はゲームに出演しましたけど、クレジットにその人が実は視覚障害者ですって書いてあるわけじゃないから、多分一般の声優だと思っている方が多いと思います。だからっていうのもおかしいんですけど、不利に感じてほしくないなって僕は思います。手間になることを気にしちゃうというか。それを抜きにしても使いたいって思えるようなナレーターとか声優になったら楽しいし、面白いだろうなって僕は思うんですよね。
だから視覚障害に対応するのは僕が特別ではなく、他の現場でも絶対できるとは思ってます。できると確信してます。
これからやろうとしてる人とか、既にやってる人が多分ほかにもいらっしゃると思うので、その中でも障害があるからこそ、こういうところがすごいみたいな能力っていうのができたらいいなって思いますね。いろんな方がいて、違う障害を持っている方にも門戸が開けたら楽しそうです。」
回路102
障害があるから不利だと思ってほしくない
視覚障害者が声優を目指すうえで生かせること、修正が必要なこと
視覚障害者だからこそできる表現についてのお話が終わり、現状についてお聞きしました。レッスンで私を見ていて、視覚障害があるからこそ備わっている特徴が見えたそうです。それは、視覚障害を持つナレーターのボイスサンプルなどを聞いたときにも同じことを感じたのだそう。
「僕らって話をして伝えるじゃないですか。それが、視覚障害者の方と目が見えてる人って違うなと思いました。一般の人は顔が見えていて、その距離を感じながらしゃべるから、言葉はおろそかになりやすいんですよ。でも、ちゃんと伝わるんです。視覚障害がある方は聞かなきゃいけないし、絶対相手に伝えようって思うので、距離感とか言葉の渡し方がちょっと違う方向というか、対象より上の方向にいくように感じました。
伝わりはするんですけど、相手の方向よりちょっと離れた方向に言葉が飛んでいるっていう。特にナレーターでも声優でも相手との距離感ってすごく大事で、相手とどれ位の距離感でしゃべってるのかとか、隣にいるのか、対面しているのか、大勢いてそこに対して言ってるのか、そういうのが微妙に目が見えている人と違うというか。そこへのチャンネル合わせが必要なんだなと思いました。でも、逆に考えると、すごく丁寧でしっかり話してるんですよ。丁寧でしっかりして、1音1音が大切に入ってくるんで、それは特徴なんじゃないかなって。」
回路103
視覚障害を持っている人なら、まずは声を届ける相手との距離感を意識させること
西原さんのワークショップに入った頃、全ての音がちゃんと聞こえるから差がないと言われていました。もし、それが丁寧さからきているのであれば、丁寧さをコントロールすればもっと良いナレーションになるのかもしれませんよね。
それ以外にも、ワークショップで私の芝居やナレーションを聞いて、西原さん自身も着想を得たり、分らなければこちらの考えを尋ねられたりすることもあります。
「僕が新しいことを知るんです。こういうことが分かっていて、こういうことは理解が難しいのか、とか。だからこそ、視覚障害者だからこそできる表現っていうのも僕自身も模索しているところではありますよね。実際に経験されてるとか、そういう状況になってみないと分からないことって多いですし。レッスン中でもいろいろ聞いて、話をして、そこから着想を得て、じゃあ北村君の場合だったらこういう感じにしたらどうかな、というのは多いです。」
これから声優を目指す視覚障害者へ
最後に、これから声優を目指す皆さんへ、西原さんよりメッセージをいただきました。
「僕自身は『視覚障害だから』とか、『何かの障害をもっているから』っていうので、例えばやりたいことの選択肢であるナレーターとか声優を簡単に諦めなくてもいいんじゃないかなと思います。もちろん僕みたいな人もいるでしょうけど、いろんな方がいる中で社会的にもいい意味でのバリアフリーっていうのが浸透していけばいいなって。
そのためにはみんなが『知る』ことだと思います。僕らがそういう人たちをなんとなく理解するだけでもいいですし、理解してないんだったら遠慮せずに聞くっていうスタンスですよね。こういうことは聞いちゃいけないっていうのではなくて、お互いに分からないからこそ聞きあって、話し合って、受け入れていくっていうのをしていけば、本当のバリアフリーができるんじゃないかなと思います。そういうバリアフリーが表現の世界にも広がっていくといいかなと思っているので、ぜひ視覚に障害があるっていう人で、もし興味があるのであれば、挑戦してみてほしいです。」
西原さん、とても熱いメッセージをありがとうございました。本当の意味でのバリアフリーの実現に向けて、今後ともよろしくお願いします。
THEATRE for ALLのこちらの記事によって、自分も声優・ナレーターに挑戦してみようかなと思った方、もしくは一度諦めた夢だけどやっぱりかなえてみたいと思った方。私の知識と経験、人脈でサポートいたしますので、まずは1歩を踏み出してみてください。一緒に頑張りましょう。
執筆者
北村直也
視覚障害者で先天性の全盲。2015年から声優・ナレーターとして活動を開始。声の仕事を熟す中、視覚障害を持つ声優を実現するまでの過程、日々の試行錯誤をSNSにて発信中。ちなみに、ラノベと野球は好物です。
Twitter:https://twitter.com/noy_0207
協力
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※本記事は、2021年8月13日に取材執筆を行いました。記載されている情報は執筆時点のものとなります。