投稿日:2025/08/04
トップ写真:左から、新明愛梨(音声ガイドット)、風船(音声ガイドモニター)、正子(音声ガイドモニター)、飯野桂(音声ガイドット)
EPAD x THEATRE for ALLとして2024年度に手話版・字幕版・音声ガイド版制作から配信まで取り組んだミュージカル『刀剣乱舞』 髭切膝丸 双騎出陣 2020 ~SOGA~のバリアフリー配信。この度、視聴者の皆様からの反響をきっかけに、バリアフリー版制作チームで、本作の制作当初の工夫や魅力を振り返りました。それぞれ前半は手話・バリアフリー字幕版について、後編は音声ガイド版について、お届けします。
音声ガイド版の制作チームが集合
「音声ガイドット」は、文字通り音声ガイド専門の制作会社です。普段は映画や配信番組を手がけることが多いようなのですが、その内容はフィクション、ドキュメンタリーなど多岐に渡ります。最近では、音声ガイド原稿の書き手となるディスクライバー養成講座や、アナウンス学校で読み手の人たちに音声ガイドの読み方を教える活動などにも取り組んでいるといいます。THEATRE for ALLでは、舞台作品の音声ガイド制作で度々ご一緒いただいておりますが、本作の音声ガイド制作担当の飯野桂さん、ディスクライバーの新明愛梨さん(共に音声ガイドット)そして、制作過程でクオリティチェックをして下さった視覚障害のモニターのお仕事をされている風船さん、正子さんに改めてお話しを伺いました。
それぞれの視覚の記憶や、舞台の楽しみ方
風船:ハンドルネーム風船と言います。 生まれた時から色や光は見えていましたが物の形までは見えおらず、20歳過ぎに完全に見えなくなり、現在は全盲です。舞台については、芝居好きの知人に誘われて「子午線の祀り」や加藤健夫さんの独り語りなどに行ったことがあります。本作品ではモニターとして参加しましたが、今回始めてミュージカル『刀剣乱舞』の世界を知りました。最初は私がモニターをして大丈夫かしらと思っていたのが、いざ始まったらとても楽しくて、独特な世界にもすごく惹かれてハマってしまいました!
正子:正子です。私は左目が生まれつき見えていません。右目は小学校の低学年ぐらいまでは少し弱い視力があり、鉛筆で字を書いたり、絵本や色、自分の顔を鏡で見た記憶もあります。現在は両目とも視力ゼロです。私は視力を失って、色の記憶というのが強く残りました。いろんな言葉、文字などいろんなものに日常的に色がついてしまう「共感覚」というものがあります。普段は点字図書館で展示資料の校正もやっており、休みの日は映画を見たり舞台を見たり楽しんでいます。お芝居は、1〜2ヶ月に1回くらいで観に行きます。職場から行きやすいので、紀伊國屋ホールとか、吉祥寺シアター、新国立劇場など、それから、KAAT神奈川芸術劇場も。音声ガイドがつくというお知らせが出ると行きます。タッチツアーも好きで、楽しんでいます。

音で見えてくるミュージカル『刀剣乱舞』の世界
視覚障害のある方々が情報を得るのは音声ガイドを含めたオーディオ情報経由ではあるのですが、そこから広がっていく議論や、共有する世界は、とても視覚的で空間的でもありました。正子さんは、音声ガイドがあることで「見えた」とその感動を語ります。「見える音声ガイド」とは?一体はどんな工夫が隠されているのでしょうか。音声ガイドとは、澱みなく過ぎ去っていく時の流れに対して、確かな職人の手つきで言葉できっかけを切り出し、形を与えていくような行為なのかもしれません。
声や音で、舞台へ引き込まれていく
風船:1部のミュージカルパートの部分では、三浦宏規さんや高野洸さんはもちろんのこと、加納幸和さん演じる瞽女もとても素敵でした。
飯野:ベベン、と始まって、瞽女の声がしたときにグッと中に入り込みますよね。
風船:そうそう、あの声は雰囲気ありますよね〜!!

正子:音声ガイドがあって本当によかった。例えば、音だけ聞いてたらただ悲しんでるだけかな、て思うようなシーンでも、しっかり決意を示すような動作のガイドが入っていたりして、世界がグッと私を捉えてくれた…!と感じました。
雷が「鳴る」だけではなく「光らせる」音声ガイドの技
「光らせる」音声ガイド 心が動く瞬間のリズムを逃さない
正子: 音声ガイドがなかったら、効果音が入ってるだけで、「稲光」が、分からなかったと思うんですが、これが、なんとしっかり光ったの…!

飯野桂(音声ガイドット)、以下飯野:嬉しいです!雷には音と光がありますが、舞台では照明で光らせているし、省略していい情報ではなく、それによって作られている世界があると考えました。
新明愛梨(音声ガイドット)、以下新明:長い文章だと瞬間が伸びてしまうので、そのタイミングで短く言葉を入れて読みも光る感じになるようにしました。心が動くその瞬間に、音声ガイドを使って鑑賞する方にも同じように心が動いてほしいと思いながらガイドを作っています。
飯野:長い言葉で説明しちゃうと光らないんですよね。「光った」ということは分かるけど「光らなく」なってしまう。全体を通してモニターの方々に、理解はできるが心に訴えてこない!と言われると、そこでみんなでより良い表現を考え直し、モニターのお二人と推敲を重ねて作り上げましたね。

新明:同じことを言っていても言い方によって、その世界に入れるか入れないか、臨場感のありなしが決まるのだと思うので、その点も気をつけています。
正子:そうですね、体言止めで伝えるのか、動詞の終止形で終わるのかによって、聞き手の感情の動きは変わります。今回は、ガイドが作品にリズムを合わせられていて、「ここで心が動く」というその瞬間をしっかり捉えてくれたと感じました。

環境や舞台の構成を伝えることの重要性
正子:この作品は二部制でミュージカルパートの後にライブパートがあるんですが、私 しっかりライブを「観た」んです、「聴いた」のではなくて。
風船:ほんとに!私もそう感じました!最初に音声ガイドが舞台の構造をしっかり伝えてくれたから、出演者がちゃんと上から登場してくるのがわかったりして、1部のミュージカルと2部のライブもちゃんと「観た」という印象になりました。
新明:よかったです!開演直後の舞台明かりがついていてじっと待っている状態の時、何をガイドするか迷いましたが、その後の展開をネタバレしないように気遣いつつ、セットの構造を伝えました。演目全体を通してスロープや階段を頻繁に使うので、それぞれ登場した時の距離感や上下が伝わるように、最初に伝えておきたいという思いもありました。
正子:生ではないので映像では足音とかは聞こえないんですけれど、音声ガイドがつくことによって、動いている空気の感じまで伝わってくるようでした。
トキメキを伝える音声ガイドを目指して
ライブパートの歌やダンスでは、会場全体の雰囲気も伝えていく
風船:書き手の人が楽しんで読んでくださるガイドってすごく好きです。
新明:ライブパートは、歌もあり踊りもあり、最終的に、歌謡ショーの司会の人のような気分で、「歌っていただきましょう!」みたいな感覚でたいへん気持ちよくガイドを入れました(笑)。おかげさまで、とても楽しい部分になりましたね。
飯野:当初は音声ガイドに曲名が入っていなかったのですが、モニターのお二人からのご要望がありました。途中からの調整に悩みましたが情報を整理して入れてみたところ、タイトルを紹介してから歌い出すというスタイルになりましたね。
新明:音楽は、聴くところだから、音声ガイドは不要とも思われがちですが、この作品では、歌っている間にもアクロバットがあったり、独特な振付もあり、衣裳も素敵でしたし絶対伝えたい!という部分がたくさんありました。

新明:刀剣男士を演じるお二人が、歌の途中で一瞬ニコッと笑うところがあります。これも、ものすごくいい笑顔をされているので、絶対にガイドしたいと思って入れました!
飯野:タイミングもコンパクトに調整して、一番いいところで!
風船: 客席の様子をガイドしてくれたのもすごく良かったです。ペンライトの様子や、「えおえおあ」という曲の中でみんながやっている振り付けとか。客席の上手と下手で分かれてお客さん同士が交互に振り付けをやっている様子とかも臨場感がありました。
正子:私も(振りを)やってみたのよ!
新明:あのポーズをみんなで一緒にやってほしいから、どうやって伝えたらいいだろうと思って悩んだんです。通じていたのだったら、嬉しいです!

私たちの興奮が伝わってほしい!
飯野:本作は我々全員が、本当に心を射抜かれて作った音声ガイドなので、これをより多くの人と共有できたら嬉しいです。視覚障害者だけでなく、いろいろな人に聞いていただいて、私たちの興奮を共有できたら嬉しいです。
新明:前半は 殺陣も楽しめるミュージカルがあり、後半はライブも楽しめるという本当に盛りだくさんな内容でしたので、私も心から楽しんでやりました。
「自分で世界を感じたい」という思いに向けて
深い沈黙は、沈黙していてほしい
正子:この間お芝居見に行ったら、静かなシーンで「深い沈黙」ていう音声ガイドを入れてくれてしまっていた作品があったんだけれど、私にはそのガイドはいらなくて。無音の間があれば沈黙したことはわかるから、ただ静かに深い沈黙を与えてほしい、と思ってしまいました。初めて音声ガイドを付けることに挑戦されたのでしょう。ト書きをそのまま読んでしまったんだな、クオリティチェックが入ってないのは残念!と思ってしまって。
風船:自分で感じたい、ということをなかなか分かってもらえないんですよね。深い沈黙って言われたら沈黙が消えてしまう。そういうガイドが意外と多いんですよね。

風船:NHKの「時をかけるテレビ」、ご存知ですか。昔の作品を見ながら池上彰さんなどが喋っているのですが、副音声チャンネルにするととても面白いです。情報過多にならずポイントが伝わる。あと、何年か前の紅白歌合戦の内村光良さんの司会もすごくよかった。上手に言葉を入れていて情報がポンって入っていて。もう、これでいいんだよ!と思ったことがあります。裏番組みたいにずっと喋られちゃうと、私たちは本編が見えてない分何をやっているか分からないので楽しめないのですが、そういうものも多いですね。
飯野:副音声やオーディオコメンタリーなど、鑑賞の手段がいくつもあるというのはいいことですが、オーディオコメンタリーであり、音声解説でもあるようなものを作るのは、なかなかのセンスが必要ということですね。
説明するのではなくて、一緒に楽しむための言葉を探す
風船:もともとの舞台を邪魔しない形で、ポイントで入れてほしい。メインの作品をサポートする存在であることが大切だと私は思います。ものによっては、作品を作っている人たちが、分かってもらえるか不安なのか、過剰な説明で妙なことになってしまう場合があります。

飯野:見えたものを説明してあげる、という意識で書くとすごくつまらなくなるんですよね。そうではなくて、一緒に楽しみたい、という気持ちで、そのために、今何をどんな言葉で伝えるか?と考えたい。怖いシーンは一緒にドキドキしたいし。キュンってしたところは一緒にキュンとしたいし。どんな言葉を選び、何の情報をピックアップして、どんなタイミングだとそれが伝わるか、という、この感覚がなかなか難しいんですよね。あくまで作品が主になっている上で、ここというポイントでガイドが入ると、それこそ一緒に泣いたり笑えたりすることができるはずですよね。
新明:ガイドがあることによって深まるときもあるのですが、見えたものの説明だけになっちゃうと、表現している世界観の方が伝わらなかったりもします。ちょうどいいところをさぐりあてられると、心が動くのかなという気がしますが、難しいですね。

正子:音声ガイドットの飯野さんは、すごく書くのが好きなんだなって私はよく感じますし、新明さんも作品への愛や熱量をすごく感じます。そういう方々とお仕事をさせていただける場があることが、私にとってはとても幸せなことです。物語が私は好きなので、映像でも、 舞台でも、美術作品でも、そうした物語を感じられると、やっぱり心が動くし、心が動くと、今までの自分より世界が広がった気がするし、そういう自分でいつまでもいたいなと思います。最終的には、自分の感性との戦いとも言えるかもしれませんが!
編集後記
モニターのお二人はインタビュー当日、盲導犬を連れていらっしゃいました。対談中は静かにじっと腹ばいになって待ち、お話が終わるとお二人を連れて悠々と駅へと向かっていく姿が印象に残っています。お二人を支え、邪魔せず、時に温もりを与えているようにも見え、青眼者である筆者には想像しきれない生活の質がそこにはあると感じました。
インタビューの中でもご指摘があったように、余白を埋めてこちらの思い込みで説明するのではなく、余白は余白として伝えながら、それぞれの方々が個人として世界に向き合えるための言葉やコミュニケーションを目指したいと改めて思いました。
写真:淵上裕太
ミュージカル『刀剣乱舞』 髭切膝丸 双騎出陣 2020 ~SOGA~
バリアフリー配信
名だたる刀剣が戦士の姿になった刀剣男士を育成し、歴史改変を目論む敵と戦う大人気PCブラウザ・スマホアプリゲーム「刀剣乱舞ONLINE」(DMM GAMES/NITRO PLUS)を原案とするミュージカル。
本作はミュージカル『刀剣乱舞』に出演している髭切・膝丸の2振りの刀剣男士による公演で、日本が誇る様々な文化を紹介するプロジェクトである「日本博」にも参画しました。1部のミュージカルパートでは、日本三大仇討として名高い「曽我物語」を上演。2部のライブパートでは、髭切・膝丸がミュージカル『刀剣乱舞』初登場時から歌い続けている「Just Time」を始め、今回の公演のための新曲やこれまでミュージカル『刀剣乱舞』で歌われてきた楽曲を合わせた全12曲を披露しています。
120分/ 1700円(視聴期間 7日間)
アクセシビリティ
- オリジナル(アクセシビリティなし)
- 日本語バリアフリー字幕
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