2021/07/29
演劇・ダンス・映画・現代アートなど、さまざまな作品動画をバリアフリーと多言語で鑑賞できるオンライン型の劇場「THEATRE for ALL(シアターフォーオール)」。統括ディレクターの金森香さんと、ナビゲーターを務めるろう者のお笑いコンビ「デフW」、デフWプロデューサーの今井ミカさんが、ろう者と聴者の文化の違いと、それを超える文化芸術の可能性について考えます。
金森:はじめまして、THEATRE for ALL(シアターフォーオール)の統括ディレクターの金森香といいます。シアターフォーオールというバリアフリーのオンライン劇場を2021年2月5日にローンチし、現在は毎月新作を配信、オンラインイベントを定期的に行なっています。そもそもバリアフリーの「バリア」の意味は本当に色々あると思います。視覚障害、聴覚障害もあるかもしれないですが、そもそも芸術というもののわかりにくさもバリアかもしれないし、お子さんのいる家庭で出かけにくいこともバリアかもしれない。シアターフォーオールでは、バリアフリーをそんな風に広く捉え、必ずしも障害だけではなくて、オンライン配信ということで取り除ける様々なバリアをフリーにしていくプロジェクトとして色々と学びながら作っていきたいなと思っています。
では、今回は、シアターフォーオールのナビゲーターとして参加していただくデフWと、プロデューサーの今井ミカさんにお話を伺います。
ろう文化の「あるある」をYouTubeで発信
奥村:デフWはゴールドのサスペンダーをしていて、二人合わせるとWになります。手話を第一言語とし、手話やろう文化の魅力を伝えるため「ろう者のあるある」をコントテーマにして、YouTubeなどで発信しています。
金森:なぜデフWとして、ろう文化を普及する活動をしようと思ったのでしょうか。
長谷川:現状、ろう者(手話を第一言語とする、耳が聞こえない人)が楽しめる娯楽映像は非常に少ない状況にあります。聴者(耳が聞こえる人)が観る番組で、ろう者も楽しめる番組はありますが、日本語字幕がないと楽しむことができず、まだまだ足りていないと感じています。そこでデフWとして「ろう文化あるある」のネタをYouTubeで発信し、聴者にろう者でもお笑い活動をしている人がいることを知ってもらい興味を持っていただきたい、またろう者には手話で楽しんでもらえるエンターテインメントを届けたいと考え、活動をおこなってきました。
ろう者と聴者に言語と文化の違いがあるから、デフWにしかできないこと
金森:今井さんがプロデューサーとしてお二人をお誘いし結成したとお聞きしましたが、どういうふうに3人でネタを考えていますか。
今井:ネタ作りは、ろう者の3人が体験したことを出し合い、一般的にあり得る内容かを判断し、聴者とろう者へどのように伝えるか具体的に考えます。両者の間には、文化の違いがあり、ろう者と聴者ではお笑いのツボも違います。
長谷川:例えば「デフジョーク」という、ろうコミュニティで話される、ろう者ならではのジョークがあります。ちょっとデフジョークの例を話すと、すずめが電線に止まっていて、猟師のろう者が犬と一緒に猟に行き、すずめがいっぱい止まっているところに銃で撃とうとしたら、犬がワンワンと吠えます。その鳴き声にびっくりして、すずめは逃げてしまった。でも1匹だけ残っています。あれ、もしかしてあのすずめはろう者かもしれない。だから撃たないで帰ろう、という笑い話があります。これはろう者はマイノリティなので、仲間がいたことへの意外性と共感がイッキに湧き、非常にツボにハマるんですが、聴者としては、「あれ?何が面白いの?」という感じになりますよね。
だから、ネタの反応は、ろう者が「あるある!」ってわかってくれる反応をしてくれていても、聴者は「ああ、そうなんだ!」というようにはじめて知る場合もあります。私たちは、ろう者同士なら分かり合える特有の話を、いかに聴者にも伝わりやすく同じように笑ってもらえるかを模索する努力をかさねています。YouTubeは、視聴者の反応が見えないので苦労しますね。
今井:他にも気を付けている点で、映像制作時に手話で話す長さも、字幕を考慮して作成することが重要になります。デフWは、日本語と言語が違う日本手話を第一言語とし、ろう者と聴者をターゲットにしているため、手話と日本語字幕を映像にいれています。手話を知らない方にも見てもらいたいので、話す文字量のバランスと、見やすさ伝わりやすさを考え、例えば顔の近くにテロップをいれるなど工夫が必要になります。
奥村:こういった活動を通じて、デフWはお笑いから気軽に手話やろう文化に興味を持ってもらい、ろう者のお笑いと言えば、「デフW」と言ってもらえるよう、ろう者のロールモデルを目指し頑張っています。それが聴者に、ろう者を身近に感じてもらうきっかけに繋がると思っています。
もし手話を見ながら舞台を鑑賞できたら…芸術に感じるバリアとは
金森:今までの人生経験の中で、どんな壁やバリアを感じたことがありますか。
奥村:
私は、小さい時から舞台を観るのがすごく好きで、よく劇団四季を観に行きます。きっかけは、中学校の時に演劇をする課題があり演劇について学ぶことが目的で、劇団四季より無料招待をいただき初めて観劇をしたことです。舞台には日本語字幕や手話がないので、生徒が少しでも観劇内容を理解し、演じるために学習できればと、劇団四季の観劇する演目を先生方が手話で演じ、観劇会を生徒向けにわざわざ開催してくれました。なので、舞台の内容は流れで状況を把握することはできました。
そして観劇のあとに大きな衝撃を受けたのを今でも忘れることができません。観終わった後、芝居やダンスの情熱が伝わり感動が止まらなく、その世界に引き込まれて、自分でパンフレットを買って読み込みました。ですが、もっと色々と知りたくなりインターネットで調べて、人物の関係性はどうなっているかなど、あの歌の歌詞はどういう意味なのか気づきがたくさん得られることはありました。
それは今でも同様で、舞台観劇に日本語字幕や手話がないことが多いので、自分で事前に色々調べて、友人にも内容を聞く。でも、それで100%わかるわけではないんですよね。なぜなら、調べる時は私にとって第二言語の日本語だけなので、理解が難しい部分があります。もし手話でリアルタイムに舞台を観ることができたら、もっと臨場感が伝わって理解が深まると思います。そういった意味では、舞台を観る時にバリアを感じるときがあります。
ショートムービーでろう者の主人公に。当事者だからできた作品づく
金森:様々な活動をされている皆さまですが、長谷川さんは短編ムービーの仕事もされたそうですね。
長谷川:企業の告知用のショートムービーの依頼があり、主人公として出演させていただきました。オファーをいただいた時は、嬉しい気持ちの反面、正直に言うと自信がありませんでした。日本で今まで映画やドラマ、CMなど、様々な映像の中に、ろう者役は出てきていると思います。でも、ほとんどは実際のろう者ではなくて、第一言語が日本語の聴者がろう者の役をやっていることが多く、リアリティがないと感じ続けていました。そう思ってきた中でその役を自分がやることに、今まで感じていた違和感を払拭できるのかという、大きなプレッシャーがありました。
ショートムービーにろう者として出演するにあたっては、制作関係者や監督よりリアリティを追求するため、何度か打ち合わせを重ね自分の経験などをお話し、撮影現場でもやり取りをした上で、作品を作ることができたのは、非常に嬉しかったです。当事者への理解を深め作品をつくるということが、日本ではまだ少ない事実を知っていただきたいです。アメリカではろう者の俳優さんたちがいて、映画やドラマの中でも当事者役として出演しています。そういうのを見て驚いたことがあるんです。こういった経験を、これで終わりではなくて、シアターフォーオールに繋げていきたいと思っています。
ストレスなく文化芸術作品が観られる機会が非常に嬉しい
金森:シアターフォーオールに期待することはありますか。
今井:私は映画監督として、ろう者が主に出演するろう者の物語を制作し、一般での劇場上映を行った経験があります。聴者が劇場に足を運んでまで、ろう者の物語を観てくれるのだろうかという不安がありましたが、手話をまったく知らない大勢の聴者の方に集まっていただき、とても嬉しく思いました。その想いがあるからこそ、シアターフォーオールの取り組みは、多言語としての手話を取り入れるだけでなく、手話やろう者に関連する作品も配信しているところも魅力的だと思っています。この機会を通して、手話関連の作品に興味を持つ人が増えてくれることを期待しています。
奥村:シアターフォーオールからオフィシャルナビゲーター就任のお話をいただいた際、非常に嬉しいと思ったのは、シアターフォーオールの取り組みでストレスなく気楽に文化芸術作品が観られる機会が増えるということです。私は演劇鑑賞が好きで、劇団四季の他にも色々と観劇に行きます。ですが、ろう者の多くは、本当に面白い作品を見つけても日本語字幕や手話が無いと諦めることもあるとよく聞きます。オンラインで文化芸術作品の世界に触れることができるということは、本当にすごいことだなと思っているので、楽しみでしょうがないです。
長谷川:文化芸術というのはピンと来ない方達もいらっしゃると思います。シアターフォーオールは、誰でもどこでも見られるように文化芸術を扱っています。今後そういう取り組みを、楽しむだけではなくて、例えば、学校教育教材として文化芸術ってどういうものなのか、重要性はなんなのかというのを、教育の中でも深められたらいいなと思います。
また、今コロナで自宅にいることも多く気分も落ち込むことも多い中で、YouTubeやテレビを見て気持ちを高めていく方もいらっしゃると思います。3.11の東日本大震災が起きた時にも、皆さん本当に気持ちが辛くなってしまったけれども、娯楽が与えた影響は大きいと思っているので、そういった意味でも色んな作品を取り扱うシアターフォーオールのこれからが楽しみです。
(ライター:神田桂一)