投稿日:2021/11/30
12月4日よりはじまる「まるっとみんなで映画祭」。「障害のある子も、小さなお子さんのいる家族もみんなで楽しめる映像鑑賞体験とは?」という問いをもとに、企画運営元のTHEATRE for ALL統括ディレクターの金森香さんを聞き手として、上演作品でもあるテレビ東京『シナぷしゅ』プロデューサー飯田佳奈子さん、 アートディレクターの清水貴栄さん、千葉県印西市の福祉施設いんば学舎・オソロク倶楽部施設長の佐藤直人さんが語ります。
12月4日(土)に千葉県印⻄市の複合施設theGreenを会場とした野外上映会を皮切りにスタートするインクルーシブな映画祭「まるっとみんなで映画祭」。親子で楽しめる作品、ノンバーバルで楽しい作品、視覚・聴覚障害者のための情報保障のある作品など、みんなが楽しめる配信作品が勢揃いします。
障害のある方や小さい子どものいる家族も気兼ねなく楽しめる映画祭をつくりたい。THEATRE for ALLの挑戦
金森:「いつでも、誰でも、どこからでも。ひとりひとりが繋がれる”劇場”」というコンセプトを掲げて、THEATRE for ALLという場を運営しはじめて10ヶ月になります。視覚障害、聴覚障害のある方へのバリアフリーの情報保障付きの作品配信や多様な人たちが混ざり合うワークショップなどを実施してきた中で、まだまだ、知的障害や発達障害のある方に向けて開かれた芸術鑑賞の機会が少ないという声を聞いてきました。また、私自身、今絶賛子育て中ということもあって、小さな子どもがいても気兼ねなくカルチャーイベントを楽しめるような場が足りないようにも感じています。そこで今回12月4日よりスタートする「まるっとみんなで映画祭」を企画しました。
ノンバーバルで楽しめるテレビ東京で放送中の人気番組『シナぷしゅ』も今回の上映作品のひとつです。今日は、『シナぷしゅ』プロデューサーの飯田佳奈子さんと、立ち上げ当初から同番組にアートディレクター、クリエーターとして関わり、本映画祭のアートディレクションもお願いした清水貴栄さん、そして、本映画祭にご協力いただいた福祉施設、いんば学舎・オソロク倶楽部の佐藤直人さんとともにインクルーシブな映像鑑賞のあり方についてお話しできればと思っています。
子どもたちをバカにしない。才能あるクリエーターの本気を届ける、ノンバーバルな番組
金森:まずは飯田さんからノンバーバルに大人も子どもも楽しめる『シナぷしゅ』という番組についてご紹介いただけますか。
飯田:『シナぷしゅ』は、0から2歳児向けの番組として2020年の4月よりスタートしました。この番組は、私自身が育休中に感じた2つの疑問が企画のきっかけになっています。
ひとつ目は、子育て世代の中で、「テレビは子どもの発達に悪い」という噂がまことしやかにささやかれていたこと。この言説ってワンオペの育児で苦しいお母さんをさらに追い込んでるのではないかと思いました。なぜなら、割と雑なつくりのYoutubeの赤ちゃん向け動画が何十万回も再生されていたりするんです。つまり、みんなこういう物に頼りたいということですよね。
もうひとつは、子育て世代のEテレ盲信について。若いお父さん、お母さんはそれまでNHKには触れる機会が少なかったのに子どもが生まれた瞬間にEテレばかりを見せるようになる。それは選択肢がないからだと思ったんです。若い子育て世代に頼ってもらえるような、良質な赤ちゃん向け番組をつくりたいなと思い、産休明けすぐに企画書を出しました。
金森:実は、私も『シナぷしゅ』ファンで、子どもと一緒に見ているのですが、子どもと一緒に私が本気で楽しんでしまっていることに気付かされます(笑)。
飯田:毎週、毎日新しい映像作品が加わっていくのですが、関わっていただいているクリエーターさんは、子どもに対する想いが同じ方が多いです。赤ちゃん向けの番組だからといって変に赤ちゃん言葉で語りかけるようなものは作らない。才能あるクリエーターが毅然とした態度で自分たちの表現を見せるということを大切にしています。
清水:立ち上げの時に、色々なクリエーターが関わりながら、それぞれの持ち味を生かしていけるように僕もアドバイスさせていただいたりもしました。毎日10コーナーあって、毎月新しい作品が増えていくような仕組みをどうすれば実現できるか。
金森:なるほど。子どもを子ども扱いしないというのは大事な視点ですね。クリエーターさんたちとはどんな風に映像作品をつくっているのでしょうか?
飯田:雑談会しましょうという感じで。お互いに自分の子どもの話をしながら企画を膨らませています。「先週うちはこんなことして遊びました」みたいに。つくったものも子どもにみてもらって反応をもらったりします。清水さんともそんな風にして企画会議をしていますよね。
清水:はい。うちには1歳過ぎの子と、6歳の子がいるんですけど、自分の子どもが見てくれて反応してくれるっていうのは嬉しいですよね。
金森:一番身近にプロデューサー、観客がいるって素敵なことですね。ちなみに障害のあるお子さんや親御さんからのご反応はあったりするのでしょうか?
飯田:発達障害のある小学生のお子さんをお持ちの方からお便りをいただいたことがあります。そのお手紙の中に「シナぷしゅは、大人向けではないけれど、子どもをバカにしていない。高い目線で物作りをされているので、うちの子たちにはちょうどいい」と書いていただいていて、なるほどと思いました。
ノンバーバルだと、国境を超えていくコンテンツにもなりうる。赤ちゃんって本来国境のない世代だと思うので、『シナぷしゅ』という単語が、国を超えて広がっていったらいいなと思っています。
金森:確かに、海外の方も楽しめますね。バリアフリーの情報保障という視点だけではなくて、本気で熱量をかけてつくられた良い作品がさまざまな人たちの心を打つというのは素敵なことだなと思います。
生活の一部としてのアート。汾陽孝俊さんにとって絵を描くこと
金森:今回関わっていただいたアーティストのおひとりに、いんば舎・オソロク倶楽部に通所されている汾陽孝俊さんがいらっしゃいます。清水さんがデザインしたメインビジュアルの素敵なイラストを描かれたのは孝俊さんなんですよね。
実は、いんば舎さんには、私も遊びに行かせていただいたんですが、刺繍やアート作品、陶器、絵などが販売されていて、その後ろに創作のスペースもあり、当事者の方々とのいろんな会話も楽しめる、素敵な世界観にワクワクしました。今回野外上映にお越しいただく皆さんにはぜひ回遊して欲しいなと思っています。
佐藤:ありがとうございます。うちは、就労継続支援B型事業所で、主に知的障害の方が通っていらっしゃいます。障害者の就労支援の一環としてピザレストラン、パン工房、農作業、アート制作などをしています。
金森:自家製のベーコンや季節の野菜を使って、石窯で焼き上げられたナポリ風ピザはとても美味しかったです。皆さんがスタッフとして楽しそうに接客されている姿がとても印象的でした。
アートの活動は積極的に皆さんがされているのでしょうか?
佐藤:作業は基本的に自分がやってみたいことに取り組むので、全員がアートに関わるわけではないです。孝俊さんは幼少期から絵を描いていたことを母親から伺い、活動に取り入れたことが原点です。それぞれ自分の特性にあった活動をしている中で、孝俊さんは、毎週水曜日の4−5時間くらい、普通の四つ切り画用紙に10枚分くらいかけて、キャラクターを描き続けています。動物だったり、物語のキャラクターだったり、擬人化された何かだったり。
金森:清水さんは、孝俊さんの絵をコラージュしていたと思うのですが、どんな感覚でしたか?
清水:今回コラボレーションのお話をいただいて、実は孝俊さん以外の方の作品も見せていただいたのですが、孝俊さんの絵は強烈に印象に残りました。キャラクターの絵の横に名前も書かれているんです。例えば、原始人のイラストに、「げんしじん」とか。そのキャラクターがなんなのか、みんなが理解できる。それって圧倒的に強いことだなと思いました。それが良くて、文字ごとデザインに入れ込んでいます。
佐藤:孝俊さんは、絵自体を描くことよりも絵の具を管理するということに重きを置いているようにもみえます。自分で選んだ絵の具を自由にチューブから出し、全色偏ることなく減らし、最後は全ての色をうまく使い切るところに心地よさがあるのかもしれません。孝俊さんは双子なんですが、弟さんも絵の具の管理を一緒にやっているんです。弟さんの絵もカラフルなのは一緒ですが、生物でなく建物や物体が中心です。孝俊さんは水曜のアート制作以外でも毎日休憩時間に絵を描いています。作業というよりは、絵を描くことは”生活の一部”なんですね。
金森:絵の具の管理!予想外でした。生きること、自分の体調や生活リズムをキープすることの延長に描くということがあるというあり方自体が素敵だし、絵を描く理由も、描き方もそれぞれだってこと自体が豊かで面白いことですよね。
佐藤:そうですね。今回の映画祭を通して、そういった背景も含め、孝俊さんの絵をたくさんの方に見てもらえるのは私たちにとっても嬉しいことです。
みんな同じ場所にいながら、それぞれがそれぞれのペースでわーきゃーいえること
飯田:以前ダウン症のお子さんの育児をしている友人が声をかけてくれて、一緒に遊びに行ったことがありました。障害のある子の親御さんから、お便りをいただいたこともあって、ダウン症のことを知りたい、勉強したいという気持ちもあったのですが、なんだか気構えてしまって。どう適切な言葉をかけたらいいかとか、無意識のうちに失礼なことを言ってしまわないかとかすごくドキドキしていて…。でも一緒に行ったうちの子が、ベビーカーに乗った友人のお子さんをみて「赤ちゃん可愛い」ってひとこと言ったんです。その境界を引かないような素直な反応を見て、大人の方は身構えてしまうけれど、子どもの方がボーダーがないんだなと思わされました。
金森:ある意味、子どもの頃から多様な人たちがゆるやかに交われる場があって、過ごし方も様々だということを体験できるということが大事なのかもしれませんね。
佐藤:うちのメンバーも、得意なことで、地域の方や外の人と接点を持つ機会を大切にしていて。ピッツァレストランだったり、パン工房だったり、メンバーが参加できる場を広げていきたいなと考えています。
金森:今回の上映会では「フレンドリー上映※」が実現できます。なかなか劇場での鑑賞がしづらかった方も一緒に鑑賞を楽しんでいただけると嬉しいです。
※フレンドリー上映:上映中に席を立って歩き回っても、声を出しても、出入りも自由な上映形式。本映画祭では、ドライブインシアターを取り入れ、車の中で話したり、好きな音量で楽しめるしくみのほか、広い屋外での上演に挑戦することで、障害のある方やお子様連れの方にも、気兼ねなく映画をお楽しみいただけるような場づくりを行っている。
清水:子連れだと確かに映画館に入るということ自体にまずハードルがあって、周りの目も厳しかったりしますしね。
金森:そうですよね。主催者側だけではなく、周りの理解も必要な部分があると感じます。広い屋外で草原でゴロゴロしながら、多少ウロウロしたり声を出しても大丈夫な開放的な環境で皆さんに気兼ねなく作品を楽しんでいただけるといいなと思っています。
飯田:『シナぷしゅ』としても、コロナが収まっていれば子どもたちにリアルな体験をさせてあげたいと思っていました。そういう意味で、今回の野外上映というやり方は初挑戦でとても楽しみにしています。『シナぷしゅ』って病院の待合室とか、移動中の車の中とか、いろんな視聴環境で見られている番組なのですが、今回のように大きなスクリーンで、草っぱらにねころがって、しかも、閉ざされた空間じゃなく大勢の人と一緒に鑑賞されるって初めてなので、そんな場所で、障害のある人たちと子どもたちが出会うきっかけが生まれたら素敵だなと思います。
清水:『シナぷしゅ』史上最大の画面で、しかも、ファンの子達が一つの場所に集まって鑑賞するときにどんなことが起こるんだろうってドキドキしますね。どんな風にわーきゃー言って楽しんでもらえるだろうって。僕も現地で家族と一緒に体験してみたいなと思っています。
金森:つくり手としても胸が熱くなる状況ですね。無事に良いお天気で開催されることを祈るばかりです。
引き続き、皆さんと一緒に、インクルーシブな芸術鑑賞の場づくりに挑戦していければと思います。どうぞ今後ともよろしくお願いします。
本日は、ありがとうございました。
ライター:篠田栞
撮影:富田了平