2022/04/27
2022年3月2日に始動した「バーチャル身体の祭典」は、日本の身体を世界に発信するデジタル・パフォーマンスと、人体データのアーカイブ実践プロジェクトです。川田十夢(AR三兄弟)の総合演出のもと、世界中どこからでも鑑賞できる舞台モデルを提示し、経験を宿した身体の価値を未来に伝えていきます。プロジェクトの始動にあたって、人体データをアーカイブし創造的に活用していくことの課題と可能性について、各分野の専門家にインタビューを行いました。
第一弾は、民俗学者の畑中章宏氏へのインタビュー記事です。
民俗学におけるアーカイブ
—— まず、民俗学におけるアーカイブについて教えていただけますでしょうか?
畑中:民俗学の世界では、絵やスケッチ、写真など、様々なものでアーカイブを行ってきました。たとえば、宮本常一は写真を活用していましたが、柳田國男は絵を重要視していました。柳田は自分で描くよりは、東京美術学校出身の今和次郎に民家を描かせるなど、絵が上手い人をスカウトしてきて民俗調査をしています。『花祭』の著者、早川孝太郎も絵が描ける人でした。絵の方が、時間を止めたスチール写真よりも、人間の核心的な部分や本質的な部分が残せるという考えです。祭りの記録に関しては、瞬間を切り取るだけでなく、動画もある時期からよく使われるようになっています。
—— 民俗芸能のデジタルアーカイブというのは、どういったものがあるのでしょうか?
畑中:渋沢栄一の孫である渋沢敬三は、自らカメラを回しながら映像記録を残し、その記録は日本常民文化研究所(アチック・ミューゼアム※1 )に保存されています。また渋沢の薫陶を受けた宮本馨太郎も多くの民俗資料を映像に残しています。写真家の芳賀日出男は、「芳賀ライブラリー」という個人のアーカイブをつくり、日本と世界の祭りの写真記録を残しています。アーカイブ化が多くの人に意識されるようになったきっかけは、東日本大震災です。震災で、多くの祭りの担い手が亡くなり、民俗芸能に関わる道具も失われました。再現しようとしても、口承でしか残されていないものも多く、継承してきた人が亡くなるという事態になってしまったためです。
共同体における「祭り」の機能
—— 身体の3Dデータがアーカイブとして残されることについては、どのように思われますか?
畑中:民俗学の調査では、取材対象の年齢が具体的に分かることが重要です。漠然と祭りを記録するだけでなく、記録されている最中にその人が何歳で、身長体重はどのようなものか、どのような健康状態であるかなど、身体の状況がわかると、後にその情報を顧みることができます。
お祭りというのは定期的に行われ、その中で集落の人々の身体の変化が確認されていきます。子供であれば、どのくらい成長し、どのくらい祭りに参画できるようになったか。お年寄りの場合は、どのくらい身体が衰えてきているか。祭りの中で確認された集落の人の成長や衰えの事実は、災害がおこったときにも活用されます。避難を先導できる人は誰か、保護されるべき人は誰か、の判断材料になるわけです。つまり、祭りの場に共同体に生きる人が集うことで伝統が継承されていきます。祭りのとき、集落の女性たちが一緒に料理をすることなどもそうですね。祭りをみるときは、継承されている所作だけでなく、祭礼の参加者の年齢構成などもみるべきでしょう。身体性を抜きにして、民俗芸能というのは考えられないものなのです。
—— いまお話を聞いて、デジタルで収録しきれないものが多いと強く感じました。お祭りの参加者の身体の3Dデータをとる意義や可能性について感じていることがあれば教えてください。
畑中:たとえば、盆踊りは、過去一年の間になくなった死者を弔う「先祖供養」の側面が非常に大きいものです。祭りの中心になっている年配の方のデータをとっておくと、バーチャル上ではその人が亡くなってからも踊ることができると思いました。また、「盆踊りは死者とともに踊るもの」という点を踏まえていれば、日本にやってきた移民の方々の地域の民族音楽で盆踊りを踊ることもできるかもしれません。「日本らしさ」のために民俗芸能を行うのではなく、いま日本で暮らしている様々な属性の人に合わせて変化していくのはおもしろいのではないかと思います。
亡くなった人の人体データをどうあつかうか?
—— 数年前の紅白歌合戦に「AI美空ひばり※2 」が登場して賛否が巻き起こりました。死後の人体データ活用について、存命のうちに意思を確認しておくことは重要だと感じます。
畑中:「AI美空ひばり」は、実際に展示されているものを見に行きましたが、違和感はありました。NHKも絡んで、秋元康が新曲を作ったと記憶しています。いま生きている人がどのような美空ひばりイメージを持っているかという観点から、「川の流れのように」を歌っていた時期の美空ひばりの姿が選ばれ、バーチャル化されたのだと思います。しかし、美空ひばりは子供のころから活動してきた人で、バラード調の歌だけでなく、「東京キッド」や「お祭りマンボ」など、活発な歌を歌っていた少女時代もあり、非常に多様な個性を持っています。美空ひばり自身がいつの時代の自分を再現してほしいと思うのか、晩年の美空ひばりを再現することが本人にとって本意であったかどうかは、残念ながらわかりません。
お葬式の遺影では、亡くなる数年前の姿が使われる場合が大半です。人体のデジタルデータはそうする必要はないですし、遺影であっても自分の一番元気な時期の写真をお葬式に飾って懐かしんでほしいという希望を持つ人もいるかもしれません。
—— 3Dで人体データをとることが一般化したときに、どの時期のものを残したいかというのは人によって変わってくるように思います。アスリートやお祭りの担い手などは身体的に充実している時期の自分を残したいと思うかもしれません。
畑中:たとえばスポーツ選手の場合、自分をいつ記録してほしいと思うかというと、亡くなる前の晩年の姿ではありえないのは確かです。イチロー選手なら、オリックス時代か、メジャーリーグ時代か。落合(博満)選手も、20代や30代のころのパフォーマンスを記録したいと思うでしょう。もちろん、過去に一つの動きを複数方向から記録しているわけではないでしょうから、再現性が担保できるかはわかりません。誰かの身体をバーチャルに再現するとき、いつの時代のどのパフォーマンスを再現するのか。データをとられた本人の意向を無視してファンが行って良いのかという問題は残ります。
残すもの、新しく作られるもの—バーチャルな「祭り」の可能性
—— このプロジェクトを続けていくにあたって、どういった祭りや行事のデータを取得していくのがよいでしょうか。どういう視点で選定していくべきでしょうか。
畑中:いま既にデータを取得されている「加勢鳥 ※3」は、かなり特殊な事例ですよね(笑)。考慮するべきは、まずは祭りの持っている意味、目的、動機、そして動きの種類のバランスだと思います。何のための祭りか、動きのゆるやかさや激しさ、身体の動きの面白さのバリエーションを考えて選ぶと良いのではないかと思います。能における「すり足」のような動きが日本人特有の動きとされることもありますが、「加勢鳥」は全く違いますし、「鬼剣舞※4 」のように剣を持って激しく踊るようなもの、曲芸のようにくるくる回りながら踊る神楽などもあります。音楽も重要で、リズミカルなものがある一方で、静かでゆるやかでいつまでも踊っていられるようなものもあります。つまり、日本の祭りや芸能には幅があり、一元的に「日本らしさ」を決めることはできないのです。
—— コロナ禍でお祭りに何か変化はあるでしょうか?
畑中:少子高齢化に直面している地域で、お祭りや行事が1年2年の単位でできないというのは一大事です。何年か行わずにいると「別にやらなくていいじゃん」という声が大きくなってくることもあり、仕方ない一面はあると思います。また、時代を経て祭りが意味をなさなくなる場合もあります。たとえば、五穀豊穣を祈る祭りを行う地域で、現在ほとんど農業がおこなわれておらず集落の人々は役場に勤めている、ということもあるわけです。祭りの動機づけ、所作、内容は歴史と結びついてきたもので、民間信仰を背景に継承されてきています。祭りが農業や漁業の繫栄という本来の目的と結びつかなくなり、担い手がいないからと都会に出た人が戻ってくる。それはそれで重要かもしれませんが、動機とかけ離れたものになっています。文化財として残す意味はあるかもしれませんが、祭りの意味は失われています。共同体の外にいる人が、文化財として残してほしいと思う場合もありますね。都会に住む人々や学生さんなどがお手伝いに行って支えているケースです。それもいい話ではあるけれども、それは祭りの本当の意味なのか疑問に思うときもあります。地域の中の人が祭りを行う意味を感じなくなったときに、外にいる人が何を言えるのか。人に見せるため、観光のために変化していくことは構わないと思いますが、あくまで、動機や目的あっての祭りだということは、押さえておく必要があると思います。
—— さきほどバーチャルな盆踊りでは「死者とともに踊る」ことができるという可能性を示唆いただきました。生身で集まるのではない、バーチャルな祭りを開催することの可能性はあるでしょうか?
畑中:「Zoom飲み会」などにもつながると思うのですが、従来のように生身で誰かの身体を見るのと、インターネットを通して誰かの身体を見るのには大きな違いがあり、映像ではわからない部分が大きいです。たとえば、私が好きな盆踊りのひとつに、「新野の盆踊 ※5」があります。鳴り物を使わず、音なしの声で踊るものです。音楽がないところで楕円になって踊るのですが、うっとりするような体験です。それはバーチャルで体験できるものではありません。その場所にいくまでにどの電車に乗ったか、どんな弁当を食べたか、どんな気分だったか、そうしたことで経験が形作られていく以上、その場にいることとオンライン上にいることとは、経験の質が違うと言わざるを得ません。読書にしてもどのくらいの時間をかけてどう読んだかで体験は変わりますし、映画も、映画館で見るのと、家にいてモニターで見るのとで違うはずです。
バーチャルの可能性という点に戻ると、たとえば、最もにぎわっていた時期の「新野の盆踊」を、バーチャル上で再現することなどはできるかもしれません。アーカイブが重要なのは、「変化」を記録することができるからです。「保存する」というよりは、過去からどのように変化してきたかを記録する。柳田国男が体験した「大正15年の新野の盆踊」をバーチャル上で再現することができれば、現在との違いがわかって面白いのではないでしょうか。あるいは、未来の理想像をバーチャル上で想像してみることもできるかもしれません。例えば「コンドルは飛んでいく」で盆踊りを踊る、といった試みもできるのではないでしょうか。それが、異なる文化的ルーツをもつ人と一緒に行動し分かり合うための手段のひとつにもなり得るのではないかと思います。
=注釈=
※1 アチック・ミューゼアム:渋沢敬三によって主宰された民具の収集と研究を中心とした研究施設。1942年に日本常民文化研究所と改称。1982年に神奈川大学に招致され、歴史と民俗文化の学際的共同研究機関として事業を続ける。
http://jominken.kanagawa-u.ac.jp/about/02.html
※2 AI美空ひばり:歌手の美空ひばりの過去の音源や映像を、ディープラーニングの技術を活用した歌声合成技術『VOCALOID:AI』を用いて解析し、デジタル映像と音声で再現する試み。NHKの「NHKスペシャル」の企画で行われ、秋元康がプロデュースした新曲が披露された。
※3 加勢鳥(かせどり):山形県上山市で毎年2月11日に開催される旧暦小正月の祭事。名称は「稼ぎ鳥」または「火勢鳥」に由来しており、商売繁盛や火伏せを祈願するための行事とされる。
※4 鬼剣舞(おにけんばい):岩手県北上市周辺に伝わる伝統芸能。念仏踊りに分類され、威嚇的な鬼のような面(仏の化身)をつけ勇壮に踊る。
※5 新野の盆踊:長野県下伊那郡阿南町の新野地区に伝わる盆踊り、夏祭り。1998年に国の重要無形民俗文化財に指定された。毎年8月14日から16日にかけて夜通し行われる 。東西約1kmの通りが踊りの輪となり、三味線、太鼓、笛などの楽器は使わず、櫓上の音頭取りの「音頭出し」と、踊り子の「返し」の声だけで踊りが進められる。
インタビュアー:金森香(「バーチャル身体の祭典」プロデューサー/ THEATRE for ALL ディレクター)
ライター:西田祥子(合同会社ARTLOGY)
畑中章宏(はたなか・あきひろ)
民俗学者。〈感情の民俗学〉の手法を用い、民間信仰・災害伝承から最先端の風俗流行まで幅広い研究対象に取り組む。『災害と妖怪』(亜紀書房)、『21世紀の民俗学』(KADOKAWA)、『死者の民主主義』(トランスビュー)、『天災と日本人』『廃仏毀釈』(ちくま新書)、『五輪と万博』『医療民俗学序説』(春秋社)、共著に『RE-END 死から問うテクノロジーと社会』(ビー・エヌ・エヌ )などがある。
バーチャル身体の祭典 VIRTUAL NIPPON COLOSSEUM
日本の身体を世界に発信するデジタル・パフォーマンスと、人体データのアーカイブ実践プロジェクトが始動!川田十夢(AR三兄弟)が、世界中どこからでも鑑賞できる舞台モデルを提示し、経験を宿した身体の価値を未来に伝える。
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