投稿日:2022/05/11
2022年3月2日に始動した「バーチャル身体の祭典」は、日本の身体を世界に発信するデジタル・パフォーマンスと、人体データのアーカイブ実践プロジェクトです。川田十夢(AR三兄弟)の総合演出のもと、世界中どこからでも鑑賞できる舞台モデルを提示し、経験を宿した身体の価値を未来に伝えていきます。プロジェクトの始動にあたって、人体データをアーカイブし創造的に活用していくことの課題と可能性について、各分野の専門家にインタビューを行いました。
第三弾は、アートのためのブロックチェーンインフラを構築するスタートバーンCEOの施井泰平氏へのインタビューです。
パフォーミングアーツはNFT化できるか
——3Dデータやモーションキャプチャーのデータを販売するにあたって、NFTを活用するとしたら、どのようなことができるでしょうか? ご存じの事例やご自身で感じている可能性があれば教えてください。
施井:まず、モーションデータのようなものがNFT市場で売られているかというと、あまり活発ではないのが現状ですが、モーションデータにNFTを発行すること自体は出来ると思います。問題になってくるのは、「誰が買ってくれるのか?」という点です。アートだけではなく、他分野で集客が難しいところからも相談を受けるのですが、個人的に可能性があると思っているのは「チケットや体験のNFT化」です。パフォーミングアーツというのは、その場に行くことがとても重要なので、アート作品的な投資価値を持つのは難しい。しかし、NFTを活用してチケット購入を促すことはできるのではないかと思います。たとえば、チケットを買って公演に足を運んだ人だけがもらえるNFTを作る。パフォーマンスをフォトグラメトリー※1でスキャニングしたものなどであれば、思い出にもなります。もし、第1回のフジロックのチケットを持っていたら、それ自体がひとつの思い出になったりしますよね。NFTは技術的に何百年も残ることを目指しているものなので、「ある重要な瞬間に立ち会っていた」「後々伝説になったアレに参加していた」という思い出を、より強固にできる可能性を持っていると思います。
現在、NFTのマーケットで億単位の値段がつくのは、その作品自体に資産性や希少性があるからです。たとえば、村上隆とデジタルNFTブランドのRTFKT(アーティファクト)がコラボレーションして行ったNFTプロジェクト「Clone X」では、3Dアバターのアイテム一式が入ったボックスが中身が見えない状態で当初は1万個販売されました。その中には、レアなアイテムが含まれていることがあり、レアだと分かると、それを二次販売する人と安いうちに買っておこうという人が出てくる。そうやって、当初2万円程度からスタートしたものに億単位の値段がつくようになります※2。ほかの例では、手塚治虫のNFT作品もあり、過去のカラー原画をコラージュしたアーカイブ性のあるものになっていました。また販売する過程ではコミュニティが丁寧に作られワクワク感が演出されていました。このようにプロジェクトに対してどのくらい購入者のインセンティブを考えているか、つまり「本気」かがわかってくると、マーケットは過熱していきます。いかにレアか、いかに本気かがわかれば売れるけどそうでもないものでも売れるほどは甘くない。そのような短期的なマーケットのトレンドに乗らない場合は、クラウドファンディングなど寄付要素をつけて工夫して行っていくことになるのではと思います。
スタートバーンでは、今度、経済産業省が行う「SIZELESS TWIN」というNFTのプロジェクトを行います。アンリアレイジ(ANREALAGE)なども含むデジタルファッションなどを問うプロジェクトです。そこでの成果は少なからず参考になるかもしれません。
——コロナ禍になって、劇場に人を集めるのが難しくなったいま、演劇や舞踊などのパフォーミングアーツには、「新しい資金源を獲得せよ」という命題があります。そうした中で、三兄弟の川田さんが気にされていたのは、サルティンバンコやシルクドゥソレイユなどで、キャストが大量解雇されたというニュースでした。彼らの身体データは「財産」だから、そこから新たな市場が生まれるかもしれないという思いを持っていたようです。そうした点についてどう思われますか?
施井:僕たちも、ボトムアップのカルチャーを作りたいという思いで、あの手この手で色々なことに挑戦してきていますが、うまくいかないことも多いです。試行錯誤してきた立場としてまず言えるのは、「みんなが盛り上がらないとダメ」ということです。パイが少ないコンテンツを扱うとき、そのパイの中だけで成立させようとしても広がりがない。スタートバーンは、Tokyo Art Beatを自社グループに迎えましたが、儲けを得るというよりは、経営やテクノロジー面をサポートしつつ将来的にシナジーを起こせたらという思いでやっています。一つの世界の中に閉じこもるのではなく、たとえば、「エンターテイメント的なパフォーマンスにも使えるようなアプリをビジネスモデルとして確立させたあと、マネタイズが難しい領域にも活用する」ということであれば、技術も進歩し続けられるし持続性もあるのではないかと思います。お金にもテクノロジーにも関心がないと、自立は難しいなと感じます。
——今回のプロジェクトでは、芸能やスポーツなども広く「身体の芸術」であると考え、今回、横断しながらデータをとってみました。身体という領域で、小さいながらも何らかの機運を生み出せたらと思い、アイドルも使っているようなVRとARのプラットフォームを活用しようとしたのですが、技術や規約の面で断念したという事情もありました。
施井:どうしたらアートをその個性や魅力を残したまま社会に広げていけるか、僕たちはこれまでいろいろ試してきました。アイドルの事業にむりやりアートをとりいれようとしてみたこともあります。ところが、たとえば人気の声優でYouTube番組に出ると何万再生もされるような人がいたとしても、アートの枠に入った瞬間に30回再生とかに減ってしまうんです。アートという枠がそもそも拒絶される要因になっている。情報社会は情報がシームレスで、情報と情報のあいだには壁がないように見えるんですが、実は違う。枠組みを変えると、UIもまるっきり変えないといけないんです。
技術というものは基本的には更新されていくものです。時間がたつほどに、色々なものがコモディティ化していくということです。それは、昔は生配信には何万円もかかっていたのに、今ではほぼ無料でできるようになっていることからも明らかです。これを前提としたうえで、何かイノベーティブなものを作っていく、技術投資ができないならば技術投資ができるところとコラボレーションしていくなど、工夫するしかないと思います。
「改変OK」カルチャーの課題
——私たちが使っているメタバース※3のプラットフォームでは、そこに上げるデータは、アバター制作などに活用できる改変OKのデータであることが前提です。ただ、「動きのデータがもともと誰のものだったのか」が分かったほうが本当は良いと思っているのですが、その辺りはいかがでしょうか?
施井:私たちの会社は、さまざまな作品の価値継承を支えるインフラを構築しています。それを利用するアーティストやコレクターは、基本的には一対一で作品の流通や利用に関する契約を結ぶことになります。たとえば、人に何かを譲り渡す場合、「絶対この国では流通させないでくれ」と言えば、二次流通の際にも該当の国で売れないような契約にできるなど、長期的に契約内容の継承が出来る仕組みです。著作権は非常に曖昧な制度です。国ごとにもかなり違うのですが、ブロックチェーンであれば、版権管理の面でも、二次利用するときに「元の権利者にも1%ずつ(利益を)下さいよ※4」などということができる。「Aというギャラリーが販売した」とか、「Bというアーティストが二次創作をした」とか、二次流通におけるステータスを残すことができます。最近まで90%近いシェアがあったNFTマーケットOpenSeaでは、取引されているものの80%が著作権法違反など何らかの問題があるものだったと言われています。つまりほとんど野放しだったのですが、これから規制が強化されていくと思います。
——身体表現の場合であれば、モーションデータだけを継承して外側を変えたり、振りも少し変えたりすることができたら面白そうと思いましたが、振りまで変えると権利上難しい点も出て来そうです。
施井: たとえば、TikTokでは、「楽天ポイントダンス」が、世界的に人気のあるTikTokerが踊ったことによって世界中に広まっていきました。TikTokは「音」を中心として改変の広がりがあるのが非常に面白いです。ああいう感じの広がりだったらありえますが、そこにお金が絡むと少し難しいかもしれません。カルチャーとしての盛り上がりと市場化の両立は難しい。ブロックチェーンの事業を立ち上げたころ、二次創作にも非常に注目していました。そこで気づいたのですが、二次創作が広がるものと、プライマリーで売れるものはあまり一致しないようです。大きな出版社は二次創作を嫌がります。集客につながるのはわかりますが、それよりも自社のコンテンツを守ることを重視します。
——みんなが二次創作、三次創作を進めていくような感じで、そのログがとれると面白いのではないかと思うときもあります。
施井:論文の引用と剽窃(ひょうせつ)の境目というのは明快に整理されていますが、アートの引用は全然整理されず、領域があいまいです。奈良美智の作品に似てる作品ってたくさんありますが、中にはコンセプトは全く異なるけど見てくれだけがたまたま似ている作品が生まれる可能性もあり、それが剽窃であるかどうかを、例えばAIなどで判別するのは非常に難しいなと思います。
技術革新からみるメタバースとNFTの未来
——お祭りや伝統芸能のような集団的に継承されてきた身体芸術の中には、複数の権利者がいることが前提の身体データもあると思うのですが、分散して権利を所有している状態を継承していく※5ということもできるのでしょうか?
施井:原理的には可能なので、あとは色々なプラットフォームが対応していけるかというところだと思います。メタバースの世界はNFT以上にスタンダードができておらず、メタバースでNFTに対応しているところは数種類しかありません。ただ、契約の継承のスタンダードができるといろいろなことが可能になってきます。今までのオンライン上の取引は、1円を送るのに3~400円かかるなど、少額の取引に全く向いていませんでした。ですが、ブロックチェーンは少額を自動送金するのに向いているので、例えば、メタバースのプラットフォームの一つである「ディセントラランド※6」でダンサーのパフォーマンスを見ている人(画面に映っている人)全員から、1秒ごとに0.01円徴収していく世界なんかも将来的に実現していく可能性もあります。そしてそれを予め指定した権利団体に利益として分配していくことも可能になるんじゃないかなと思います。
——みんなで作った祭りをメタバースで展開して、その利益を権利者の皆さんに分配していくこともできるということでしょうか。面白いです。
施井:メタバースが注目されているもう一つの理由としては、10年以内に解像度が現実と見まがうようになるだろうということです。技術革新のスピードを見るとそう考えられます。いまのメタバースはまだガビガビですが、ゴーグルの技術的には高精細にできるんです。人間がヘッドセットをつけてみたときに、動きにズレがあると気持ち悪く見えるんですが、人間が不自然に感じないくらいのズレに収めるには、相当なコンピューターの処理能力が必要です。5Kなど、高精細な画像自体は作れるようになっていますが、高精細な画像を高速処理かつ小型化できるところまでデータ処理の技術を上げるのにあと10年くらいかかると言われています。特に、VR用のヘッドセットの処理速度がまだあまり早くありません。ヘッドセットの内部で、スタンドアローンでデータを高速処理できるようになることが必要です。それが例えば、普通の眼鏡に装着できるようになるなど「身に着けて苦じゃない」レベルになってくると、そこから視覚芸術の世界は、全然世界観が変わってくるのではないかと思います。
=注釈=
※1 フォトグラメトリー(Photogrammetry):被写体をさまざまなアングルから撮影し、そのデジタル画像を解析、統合して立体的な3DCGモデルを作成する手法。
※2 2021年11月に行われた「Clone X」の先行販売では、0.05ETH(約2万円)で販売。2022年2月時点での最高落札額は289ETH(約1憶2500万円)。
https://fisco.jp/media/clonex-about/
※3 メタバース:コンピューターやオンラインのネットワーク上に構築された現実世界とは異なる3次元の仮想空間とそのサービスのこと。今日では特に、経済圏を持つ仮想空間を指す場合が多い。オンライン上に構築された3DCG空間に、アバターと呼ばれる自分の分身を参加させ、他の参加者と交流したり、商品の売買などの経済活動を行うなど、仮想空間のなかをもうひとつの「現実」として生活を営むことなどが想定されている。
※4 アートマーケットは、作品制作者が売りに出すプライマリーマーケットと、作品の所有者が二次販売するセカンダリーマーケットに分けられ、セカンダリーマーケットで発生する利益は、通常は作家自身には還元されない。しかし、NFTのマーケットでは、セカンダリーマーケットでの売上の一部を制作者本人に還元する仕組みを構築することが可能となっている。
※5 パフォーミングアーツは、振付家、演出家、ダンサーなど、複数のクリエイターが協働して作り上げる芸術であり、ひとつの作品の中に、著作権や著作隣接権を有するクリエイターが複数存在している。複数の権利者に対して、継続的に利益が還元されつづける仕組みを構築できるかどうかについて問う質問。
※6 ディセントラランド(Decentraland):メタバースのプラットフォームのひとつ。仮想空間上にある土地(LAND)を参加者が購入して、その土地(LAND)上で参加者自身のコンテンツをつくることができるなど、参加者主導でコンテンツが拡充する仕組みが作られている点に特徴がある。現在は一般ユーザーも試用版(ベータ版)にアクセスすることが可能となっている。
インタビュアー:金森香(「バーチャル身体の祭典」プロデューサー/ THEATRE for ALL ディレクター)
ライター:西田祥子(合同会社ARTLOGY)
施井 泰平(しい・たいへい)
スタートバーン株式会社 代表取締役
株式会社アートビート 代表取締役
1977年生まれ。少年期をアメリカで過ごす。東京大学大学院学際情報学府修了。2001年に多摩美術大学絵画科油画専攻卒業後、美術家として「インターネットの時代のアート」をテーマに制作、現在もギャラリーや美術館で展示を重ねる。2006年よりスタートバーンを構想、その後日米で特許を取得。大学院在学中に起業し現在に至る。2020年に株式会社アートビート代表取締役就任。講演やトークイベントにも多数登壇。
バーチャル身体の祭典 VIRTUAL NIPPON COLOSSEUM
日本の身体を世界に発信するデジタル・パフォーマンスと、人体データのアーカイブ実践プロジェクトが始動!川田十夢(AR三兄弟)が、世界中どこからでも鑑賞できる舞台モデルを提示し、経験を宿した身体の価値を未来に伝える。
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