投稿日:2023/02/17
まるっとみんなの調査団は、軽井沢を中心とした長野県東信地域にインクルーシブな映画祭をつくるべく立ち上がった運営チームです。2022年9月に行われたキックオフミーティング以降、10~70代までのさまざまな思いを持った14人のメンバーが活動をしてきました。
【まるっとみんなの調査団 in 軽井沢】キックオフミーテーティング レ ポート | THEATRE for ALL
10月~12月までは、インクルーシブな地域活動に取り組むキーパーソンたちにインタビューを行い、多様性のある場づくりのためのヒントや、アート活動をきっかけにつながりを生み出すポイントをメンバー全員で学んできました。まるっとみんなの調査団では、こうした全3回のインタビューを経て、誰もが一緒に楽しめるインクルーシブな映画祭「まるっとみんなで映画祭 in 軽井沢」に向けたアイデアをまとめていきます。
坂井さんは、2020年より長野県軽井沢町の「診療所と大きな台所のあるところ ほっちのロッヂ」に家庭医・総合診療医として勤務しています。自身の経験からジェンダー・セクシュアリティの課題に関心を持ち、「すべての人がその人らしく健康に暮らすことができる社会」を目指して2021年4月に一般社団法人にじいろドクターズを共同設立。医療従事者を対象に講演や執筆活動などを通して啓発を行い、多様性ある社会実現に向け精力的に活動しています。
坂井さんには、お話を伺う前に多様性やマイノリティ(社会的少数者)のことを考えるときに大切にすべき視点についてワークショップを交えたレクチャーをしていただくなど、調査団メンバーの学びのための時間を取りました。その後、レクチャーへの質問やディスカッションを交える形でインタビューを進めました。
人の価値観を傷つけないようにするには、自分の思い込みにいつも気をつける必要がある
当日のインタビューは、関係者を含め11人で行いました。その場に生まれた柔らかく真剣な雰囲気は、坂井さんの「今日のトピックは、人によって当事者性にグラデーションがあるものですので、皆さんにとって安全に感じられるようにお話ししていきたいと思います」という言葉により生まれました。
グランドルール:
・話を聞いているのがつらくなったら休んでください。
・質問やディスカッションに答えたくない人はパスしても大丈夫です。
・ほかの人の意見は批判しないで、受け止めていきましょう。
誰も傷つけないよう心がけながらコミュニケーションしていきますが、それぞれの人の価値観は違って当たり前。思うところがあれば何らかの形で伝えていただけるとうれしいです。
塚越 坂井さんのレクチャーの中で、多様性を受け入れていくのに大事なのはシンパシー(sympathy;同情、哀れみ)よりもエンパシー(empathy;共感、想像力)だというお話がありました。マイノリティの方と何かをするときに必要な配慮は、経験を重ねながら学んでいくものなのでしょうか?
坂井 そうですね。誰にでも共通する方法論みたいなものはないのだと思います。「相手にとってどういう言葉や表現を選んだらいいだろう」と考える経験を蓄積するしかないですね。
事前に見てもらった動画の中に、SOGI(*1)という考え方が出てきたと思います。この考え方の根っこには、LGBTQ(*2)とくくってしまうとどうしても当事者の人たちだけの問題に限定されてしまうので、性的指向や性自認はどの人にもあるということを前提にして、どんなセクシュアリティでもみんなが心地よく過ごせる場をつくっていこうという考え方があります。
(*1)SOGI(ソジ) Sexual Orientation & Gender Identity(性的指向、性自認)の略。
(*2)LGBTQ レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クィア/クエスチョニングの略。
私たちって、想像以上に自分の思い込みの中で発言しているんですよね。たとえば男友達としゃべっているときに、「彼女いるの?」と何気なく聞くとします。でもよく考えると、その質問には「相手が異性を好きだろう」という思い込みがありますよね。それに、その友達がトランスジェンダーであれば、男性の見た目をしているのはホルモン治療をしているからで、その人はもしかしたら女性のジェンダーも経験しているかもしれない。その人の価値観を傷つけないようにするには、自分の思い込みにいつも気をつけている必要があります。
塚越 活動をされる中で、考えすぎて疲れることはありませんか?
坂井 もちろん、すごくしんどくなるときもあります。特に、自分の思い込みで誰かを傷つけてしまったかもしれないと気づき始めたときに、今まで自分がしてきたことを思い出すと同時に、誰かから傷つけられた経験も思い出します。また、コロナ禍で社会が落ち着かなかったり、政治や経済が不安定になったりすると、あるいは自分が単純に疲れていると、どんな人でも余裕がなくなりますよね。そんな時はSNSや活動をいったんシャットアウトして、なぜ自分がそういう状態になっているのかを考えて少しずつ解決していくようにしています。
そういうつらい思いをしながらも、私は何をしたいかと考えてみると単に性の多様性についての認知が社会に広がるだけではなくて、多様性が社会のシステムの中に組み込まれていくというところを目指したいと思います。そうしないと、結婚や職業選択、医療アクセスなどを平等に選んで生活する権利が、いつまでたっても実現されないので。
医療業界でも、1990年代まで同性愛が病気として扱われてきた歴史があるので、僕は医者として現場で困っている人たちがいるところに一番声を届けたいと思っています。たとえば診断名としては「性同一性障害」という疾病名はすでに使われず、「性別違和」「性別不合」が使用されていますが、まだ一般的には残ってしまっていますよね。そういう影響を残す立場にいることを心がけたいです。
御園 性のことだけでなく、国籍や文化、障害など、多種多様な人がいるのが当たり前だよ、ということを、いろいろな世代に自然な形で広く伝えていくにはどうしたらいいと思いますか。
坂井 ジェンダーのことで言えば、人間の性自認が定まるのはだいたい3歳ぐらいと言われています。それは何気ない日常の環境、与えられるおもちゃ、絵本、テレビ番組、洋服、家の中での家族の役割やコミュニケーションなどの積み重ねの中で、順応していったり違和感を持ったりしながら決定されていきますので、これを変えるのはなかなか難しいです。
おそらく、レクチャーの中でお話した「異文化感受性発達理論」が活用できそうです。異文化を受容していくためには、まず異文化に出会わなければなりませんが、これは6つのステージ中の「否定(考えたことがない・違いとして認識していない状態)」から「二極化(違いを認識し、相手を批判する・自分を批判する状態)」ないし「最小化(互いの共通項を探し、違いを最小化する状態)」のレベルでの感受性を育てていくということになるのだと思います。
このときに一番大事なのは、安全かつ楽しい方法で違いを認識することですね。自分が批判されず、どういう感情を持ったとしても、その場にいられると感じられるうえに、心地よさや楽しさがあるイメージです。それが絵本なのか、学びの環境なのか…。
野村 映画でもいいという話ですよね。
坂井 そうですね! さらに言えば、作品をただ見て終わりではなくて、作品について対話する機会があれば、自己完結せずに省察が進んでいきます。子どものときからそういう機会にたくさん触れている人ほど、異文化を受け入れる感受性が育まれていくと思います。
アート作品は、異文化に出会ったことのない層にも伝える力がありますよね。自分と違う文化に触れ、誰かと一緒に振り返る機会をつくることで、価値観を揺さぶられるような経験ができるという意味では、すごくいろいろな可能性があるのではないかと思います。僕が医者として発信すると、どうしてもすでにトピックに関心のある人が多く集まってしまうので(笑)。皆さんの活動に期待しています。
性に限らず、広い意味での多様性に出会い、伝えるためのヒントをいただけた今回のインタビュー。医師という立場から、多様性ある社会をつくるために悩みながらもかかわっていく坂井さんの言葉には、優しさの中にも強さが感じられました。映画という表現方法を通して異文化に出会い、共に楽しむきっかけづくりのために、いろいろなアプローチができそうです。
報告会詳細:
「まるっとみんなの調査団」企画報告会 | THEATRE for ALL
にじいろドクターズ https://www.nijiirodoctors.com/
ほっちのロッヂ https://hotch-l.com/
文責:唐川恵美子
※この報告では、軽井沢高校出身で、卒業後も社会課題に対して幅広く活動している調査団メンバー・石巻さんの所感をもとに、主にインタビュー部分をまとめています。
インタビュー参加者:石巻、塚越、中村、眞木、三枝、御園
運営:中村、唐川