投稿日:2024/05/27
現在THEATRE for ALLでバリアフリー配信中の舞台『ねじまき鳥クロニクル』。村上春樹が世界で評価されるきっかけとなった小説「ねじまき鳥クロニクル」を原作とし、トップクリエーターたちの手によって舞台化されたことで話題になりました。
独特の世界観、多層な音表現の入り混じる本作品を、音の表現にバリアのある方や文字支援があるとより舞台を楽しむことができる方にもお届けできるこの機会に、同作品の魅力とチャレンジについてお伝えするべく企画された対談。主演俳優・成河さん、廣川麻子さん、Sasa/Marie(ササ・マリー)さんをお迎えしてお話をお聞きした記事の後編です。
音楽はどうやって伝える?視覚、言葉を通じた情報保障の可能性
成河)音楽の質感の説明があるじゃないですか、激しいとか、繊細、柔らかいとか…。ああいうのって、どうですか。助けになりますか?
廣川)そうですね。音楽の説明でいいますと実は昔、演劇の字幕の時には音符のマークだけだったんですよ。でも、最近は、具体的にどんな音楽なのかという説明が欲しいという意見もあって、状況説明をするという事例も増えてきました。
もちろん色々な意見があるんですけども、私の場合は、音符のマークだけの時と比べると、より詳しい説明がある方が伝わるというか。そんなような感想を持ちました。
聞こえる人としては、そんな具体的な説明では、実際に流れている音楽の雰囲気を説明し切れてない、合わないと思う人もいるかもしれませんけれども、私は、聞こえない者として別の見方が出来ると思うんですね。色々な見方があること自体が、演劇を観る楽しさの一部だと思っています。
成河)この舞台の音楽は、生演奏だったので、すごく贅沢なことを言えば、文字の説明に頼らずに、生演奏するミュージシャンを定点カメラでずっと撮っていて、ドラみたいなものを「ジャーンッ」って鳴らしたり、鉄のホイルをチャラチャラ鳴らしている様子を、小さなウィンドウで、出したり消したり、出したり消したりしてみることも面白いですよね。
廣川)そうですね。定点で撮って出すと良いかもしれないですね。
実際、東京芸術劇場の舞台では、演奏している方の様子も客席から観えていましたし。
成河)演出家はもっともっと演奏者を観せる工夫をしたがっていたんです。
廣川)ろう者としては、その音が、実際に出ているところを見れた方が良いかもしれませんね。触れるその瞬間に、段々激しく音を打つ様子とか
ササ・マリー)私、オーケストラが大好きなんですよ。いろんな演奏する身体、叩いたりとか。動きがもう大好きで。この舞台も生演奏だったのであれば、演奏者の方の動きを観たいなぁと思います。
成河)言葉で音を「キラキラ」とだけ説明すると、場合によっては無限に広がっている想像力をちょっと限定されてしまうところがあるかもしれないなとも思ったんです。つくり手が奏でる音自体も、ひとつの提案に過ぎないのかもしれない。
どんなに激しい音楽を鳴らしていても、あるお客さんの中ではクラシックが流れているような場合だってあるかもしれない。字幕で、「激しい音」と言葉で限定されてしまうことが良いのかな?と思ったんです。舞台を観る時には、どんな音が流れていても、お客さんひとりひとりの頭の中に出来上がった世界が正解だから。
そういう情報が欲しい人、欲しくない人、それぞれ必要に応じて選択できるのが一番かもしれません。
ササ・マリー)なるほど。映像であればそれがやりやすいかもしれませんね。生の舞台で沢山の選択肢を用意するのは大変かもしれないし。
成河)確かに。
ササ・マリー)本当は生が一番。生で観るのが一番良い。息遣いや空気のピリッと感、飛ぶ汗。全部いっぺんに感じられるのがやっぱり素敵ですよね。
成河)でも、どうなんですか。ひとつの可能性として、現代では、ARやVRのようなデジタルの技術も進んできたでしょう?近い将来、もっと色々なことが出来るようになるんでしょうね。
未来を共に考えたい。バリアフリー字幕配信だからできること
廣川)基本的に、私は生で観る派なんですが、映像はまた別物だと思っています。コロナ禍で、映像配信というのは非常に増えましたよね。逆に、映像だから出来ることっていうものもあると思うんです。
例えば、今成河さんがおっしゃったように、新しい字幕表現に思い切ってチャレンジしていくっていうこともやっていけるといい。
成河)字幕のあるバージョンか、無いバージョンかを観る人が選べるのであれば、僕個人としては、俳優の身体の近くに、視覚表現的に字幕が入り込んでくるようなものも作ってみたらいいと思う。
ササ・マリー)映像の字幕と役者の動くパフォーマンスを繋げて(身体の近くに字幕を表示するなどの工夫をして)観せるような取り組みがもっとできてくるといいなと思います。パフォーマンスと字幕が離れていると、役者さんが凄く面白い動きをされていても、それを見逃してしまう。字幕と動き、役者さんが近ければ、同時に観られるんですよね。
成河)本当にそうですよね。ちょっと漫画的だけど、こういう吹き出しみたいなものが、フーと出てきて消えて、フーと出てきて消えてとか。技術的にできることは色々ありますよね
廣川)実際に、最近では映像配信でも様々な取り組みがあって、字幕を出す場所や視覚表現に工夫をする団体も増えてきていますね。字幕を画面の決まった位置に出すのではなく、話し手に寄った位置にするとか。吹き出しというのもあります。
ササ・マリー)それぞれの舞台に字幕を付ける目的もおそらく色々ありますよね。映像表現を強くすると、それは舞台作品ではなく、映像作品になってしまうこともある。
舞台のつくり手や俳優さんも含めて対話して、「これがいいね!」という世界を目指していけるといいと思います。
アクセシビリティ止まりという言い方は良くないけど…ある意味で、「いかに、アクセシビリティを超えた作品にするのか」ということだと思います。
成河)今回の機会をいただいて、僕はこの体験を伝える責任があると思ったんです。聞こえない方のサポートのためだけではなくて、是非俳優は、一度みんな考えてみてほしいと、本当に思います。
音を消して映像を観てみると、俳優としての技術論を考える時にも、面白い位あらが出てくるんですよ。お客さんには気が付かれないことかもしれないけど、自分では分かるんです。「ここは、音とか音声の勢いで誤魔化していたんだ…。」というのが、見えてくるんですよ。それは、俳優としては、めちゃくちゃ勉強になりました。
お客さんにとっても、そうかもしれない。人間って、基本的に、耳からの情報で、「受け取ったつもり」になってしまうことが沢山ある。音を遮断してみる体験から、もっともっと深く受け取れる情報もあるのかもしれない。
自分自身、音無しを字幕で見たことによって、自分の中の脳みそがポンッ!と1段階発達するような感覚があったので、全ての人にバリアフリー字幕配信バージョンを観てみてほしいです。
『ねじまき鳥クロニクル』のバリアフリー配信版の魅力を改めて
廣川)今回の対談を通して、新しい発見もありましたし、やはり一番嬉しかったのは、成河さんが、字幕映像を良かったと言ってくださったこと、すごく積極的に受け止めていただいたことです。とても励みになりました。
聞こえない人の中で、演劇ファンを増やしたいな。ろう者だけではなく演劇ファンをもっと増やしたいなと改めて思いましたし、その為のツールとして、こういう配信が、もっと増えたら嬉しいです。こういったことの積み重ねの結果として、聞こえない方が劇場に行くということが当たり前の時代になったら良いなという風に思っています。本当に今回はありがとうございました。
ササ・マリー)私自身、パフォーマンスをしています。パフォーマンスする人って、自分自身が舞台を観たりとか、感動したりとか、そこから何かが生まれるものだと思うので、そういう意味でも、何かをつくる人、表現者を目指す人、特にこどもたちには、ぜひこの作品を観てほしい。そういうチャンスが作れたという意味で、今回の配信が実現したことは良かったと思います。
あとは、今日話の中で出てきましたが、私自身、「ろう者に音をどのように伝えるか」を考えているので、ろう者を含め、様々な人にバリアフリー字幕配信を鑑賞してもらって、意見交換できるような機会が増えるといいなと改めて思いました。音って見えないし、答えってひとつじゃないと思うんです。まだ見えていないものを、まだ意味がないところから取り出して実験していくことが必要です。そういう場が沢山生まれていくことを願います。
成河)舞台『ねじまき鳥クロニクル』という作品は身体表現の情報がものすごく多いから、すごく面白いチャンスだと思います。聞こえる方も、音を消してみていただきたい。情報というものに関する考え方がグワッと深まる体験を僕はしました。繰り返し観ても面白いし、いろんな鑑賞方法をぜひ試してみていただきたいです。演技者としても、びっくりする位ためになる発見があると感じたので、俳優のみなさんにもぜひ勧めたいですね。
成河)繰り返しになりますけど、本当にこれをきっかけとして、もっともっと交われたら良いなと、舞台とアクセシビリティについて考える場が生まれていくといいなと、僕は心から思いました。欲張ればキリがない、いくらでもクリエイティブな世界が映像の中に広がっていると思うので、その為に、オープンに何でも話し合う場をつくっていきましょう。
プロフィール
成河 (俳優)
東京都出身。大学時代から演劇を始め、北区つかこうへい劇団などを経て舞台を中心に活動。平成20年度文化庁芸術祭演劇部門新人賞、11年に読売演劇大賞優秀男優賞、22年に紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞。近年の主な出演作に、舞台『髑髏城の七人』Season 花、『エリザベート』『子午線の祀り』『タージマハルの衛兵』『スリル・ミー』『建築家とアッシリア皇帝』『ラビット・ホール』『ある馬の物語』など、映像ではNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』、映画『脳内ポイズンベリー』、『カツベン!』など。5~6月に舞台『未来少年コナン』に出演。
廣川麻子(NPO法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク理事長/東京大学先端科学技術研究センター当事者研究分野ユーザーリサーチャー/特任研究員)
先天性ろう者、東京出身。和光大学在学中の1994年に(社福)トット基金日本ろう者劇団入団。2009年ダスキン障害者リーダー育成海外派遣事業第29期生として1年間、英国研修。2012年シアター・アクセシビリティ・ネットワーク(TA-net)設立。2015(平成27)年度(第66回)芸術選奨文部科学大臣新人賞(芸術振興部門)ほか受賞。2018年より東京大学にて芸術文化におけるアクセスを研究中。
Sasa /Marie(ササ・マリー)
Sign Poet(手話による「てことば」で詩を紡ぐ人)、でんちゅう組この指とまれ担当。
ミュージック・アクセシビリティ・リサーチャー。「でんちゅうさんシリーズ」、「めでみることばで詩を叫べ」の企画制作など、てことば、からだ、こえ、おんがくなどによる五感で感じる空間インスタレーションとポエトリー・リーデイングを展開。九州大学大学院芸術工学府博士後期課程在学中。令和6年度文化庁新進芸術家海外研修制度(特別)研修員。
鑑賞者からの声
中嶋元美さん(手話パフォーマー/アイドル)
絵本を見ているかのような、アングルでの配信映像は初めての経験でさらに、演出的に字幕も上についていたのは珍しいなと感じました。
配信販売に字幕がつくことは少ないので舞台に行く勇気がなく試しに見てみたい場合も買って見ることができるなと思いました。
独特な世界観、映像とは違う臨場感、舞台の醍醐味が詰まっていてとても楽しかったです。
演出的におそらく遠目のアングルだけだったのかな?と思いますが対話のシーンや登場人物たちの感情がもう少しわかるアングルでも見たかったです。特に最後のメイとねじまき鳥さんの会話は役者さん自身の表現が気になりました。
印象に残ってるのはプールのシーン。
舞台のはずなのにそこに、プールがあるかのような構図ダンサーさん方の表現力に引き込まれました。
現実と現実ではない世界の表現だったり、舞台でしか出来ない奥行を使っていたり本だけだとイメージしにくいような難しい話でも舞台の表現を見るだけでも印象が変わるのが面白かったです。
普段あまり、芸術的な舞台は見ていないんですが新しい発見ができました。
字幕がつくことによって知ることができる世界が広がるのはすごく嬉しいです。
北薗知輝さん(俳優・ダンサー・手話パフォーマー)
率直な感想としては、まず字幕が上にあることで、下の舞台の様子が同時に見るのは大変でした。演出上や、設定上など踏まえて上に字幕表示にしたのであれば、最初に「演出上の字幕表示は上に流します」のような説明補足は必要と感じました。
特に、印象に残ったシーンは、トオルとマルタのシーン、ノボルとクレタのシーンと、クラゲの世界観です。ストーリーの中で、踊りもあって、そのシーンの世界観を身体表現でみせていたのはすごく良かったです。目立ちすぎず、メインを邪魔させない動きも含めて印象的な演出でした。次は生で観たいと思える内容でした。