2022/12/22
「バリアフリー」という言葉は『多様な人が社会に参加する上での障壁(バリア)をなくすこと』と言われます。目の見えない人、耳の聞こえない人、車椅子に乗っている人、小さな子ども……そんな多様な人達が美術館に足を運び、美術鑑賞をするにはどんなバリアがあるのでしょうか。そして、どうすればそのバリアを取り除くことができるのでしょうか。
その問いを13~22歳の参加者とともに考えるワークショップを、2022年8月13日(土)森美術館で開催しました。障がい当事者の方々とともにアートを観賞し、「美術館にはどんなバリアが潜んでいるのか?」「どんな風にバリアを“フリー”にできるのか?」実体験を通して想像力を膨らませていきます。
参加者10名のなかには「障がいがある人に会うのは初めて」という中学生もいました。そこに年齢も職業もさまざまな視覚障がい者2名と聴覚障がい者2名が加わります。ワークショップには手話通訳がつき、発言時にはまず名前を言うルールがもうけられました。こうして始まったワークショップは、結果的に、バリアフリーの新たなアイデアだけでなく、様々な効果がうまれることになりました。新たな可能性が感じられた今回のワークショップをレポートします。
多様な人と“鑑賞をつくる”
THEATRE for ALLトーク『クリエイティブなバリアフリーをつくる』
まず、芸術鑑賞におけるバリアフリーの現状を知るところからはじめます。たとえば映画本数に対する音声ガイドの設置は、日本はわずか1%(2014年調べ)。アメリカ100%とイギリス84%に対してとても少ない数です。ちなみに韓国は7.7%。こういったバリアフリーの現状について、コロナ禍もふくめた調査や法律をふまえて紹介していきます。
具体的な事例として、オンライン劇場「THEATRE for ALL」で取り扱うさまざまなバリアフリー対応作品を観賞しました。ドキュメンタリー映画、アニメ―ション、観賞マナーをゆるめた舞台公演映像……それぞれどのようなバリアフリーが設けられており、どんな課題があるのか。なかでも大きな課題が「限られた情報のなかでどのぐらい作品に寄り添う説明をするか」といった本質的な問いそのものでした。また、字幕などのバリアフリーサービスを利用する当事者が「健常者と同じ風景を見たい」と望んでも、作品をつくったアーティストが「健常者が見ている風景は人によって違うし、それがすべてではないので、ただ説明するのでは作品は伝わらない」と考えるなど、作り手と受け手の間にズレがあることもわかりました。
これらの課題を解決するためには、障害のある方に実際に観賞してもらい、一緒にバリアフリー対応を考えることが必要だと、参加者みなさんで向き合うことになりました。
バリアってなんだろう?
バリアフリーの”バリア”とはなんでしょうか。
社会にあるさまざまなバリアを考えてみます。一人ずつの自己紹介とともに「あなたにとってのバリアって?」について一言コメントを添えます。高校3年生の参加者からは「バリアとは受験のやる気のこと」、イランと日本のハーフという参加者は「中東というだけである種の印象を持たれ、生きづらさを感じる」など、実感のこもった声があがります。これらのコメントをリアルタイムでスクリーンに投影することで、さまざまな意見を可視化していきます。
なかでも難聴の岡森さんの言う「バリアには壁のイメージがあると思いますが、実際は段差くらいのもの。気軽に越えられるけれど、越えられない人もいる」というコメントは数人の心に刺さったようです。また全盲の藤本さんからは「バリアフリー=全部同じにするというのは違うのでは。人によって違うことを認めるのも大事では?」と問いかけがあり、ほかの参加者は「まとまらなくなってきた」と刺激を受けているようでした。
観賞してみる
昼休憩をはさみ、実際に作品の鑑賞をおこないます。それぞれA~Dをテーマにした4グループにわかれ、60分ほど一緒に展示を巡ります。
A.視覚で楽しむには?
B.音だけで楽しむには?
C.車イスの方と一緒に楽しむには?
D.小学校低学年の子どもと一緒に楽しむには?
この日に観賞するのは、森美術館で開催中の『地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング』展(2022年6月29日(水)~ 11月6日(日))。国内外のアーティスト16名によるインスタレーション、彫刻、映像、写真、絵画など約140点と多種多様で、観賞していない人に説明するためには頭を悩ませそうな作品が並びます。観賞中、それぞれのグループはさまざまな伝え方を模索することに……。
視覚障がい当事者のいるA・Cグループでは腕をとって館内を歩きます。ある展示の前で晴眼者のひとりが「冷たい感じがする。何億年をも感じる」「落ち着いた印象を受ける」などと感想を伝え「聞いてどう思った?」と当事者に問いかけると、「落ち着いているっていいことなのかな?」と相手の価値観を確かめるような対話がうまれます。また森を描いた絵画について晴眼者が「色の深さが違う」と絵の具の色について説明をすると、当事者から「風は吹いている?」「動物はいそう?」など絵の世界観をつかもうとする質問が投げかけられます。「うーん、小さな動物が隠れていそう」など、作品を前に一緒にイメージを広げていくようでした。
聴覚障がい当事者が参加するB・Dグループでは、作品の感想を筆談で伝え合いながら観賞します。書いて伝えるためには適切な言葉選びが必要です。そのために詳細に作品を見て、感じ、言語化しようと集中する参加者たち。お互いの感想に「そういう考え方もあるんだ!」「そういう伝え方もあるんだ!」と発見し合っているようでした。
バリアをフリーにするためのアイデア出し&プレゼンテーション
観賞後は、いくつかの作品を選び、それに対するバリアフリー対応のアイデアを出し合います。視覚障がいの当事者が参加するAグループとCグループでは、出た意見を次々とふせんと模造紙に書き込んでいきます。聴覚障がいの当事者が参加するBグループとDグループでは、音声書き起こしアプリとメモを利用しながら意見交換します。そして模造紙にまとめたものを見せながら、各チームがプレゼンテーションをおこないました。
『視覚で楽しむには?』がテーマのAグループには視覚障がいの当事者が参加しており、「当事者は一気に情報を得られない。すべての作品のガイダンスは必要がないので、まず気になる作品をリストアップしてガイドさんに伝えておくと効率良いかも」と実体験に基づく意見があがります。また、観賞をした人の感想が事前にわかるようなアプリがあれば、との提案があがると、「どんな季節や気温を感じたか」「この絵の中に入れたらどうか」などの鑑賞体験がイメージできる設問があればこれから鑑賞する人も楽しめるのでは、というアイデアが出ました。
Bグループ『音だけで楽しむには?』では「作品に関連する音やオノマトペが聞こえたらイメージしやすいのでは」という発想をもとに、作品ごとに読み方や声質を変えた音声ガイドがあれば、という案が出ます。また、美術館では静かに鑑賞する人が多いが自由におしゃべりできる空間があると良いといったアイデアのほか、QRコードで「どんな感じの音か?」などをポストして共有できれば楽しいのではないかと、Aグループにもみられたインタラクティブ性を意識した意見もでました。
Cグループ『車イスの方と一緒に楽しむには?』では、車イスでの観賞が想定されていない展示が気になったといいます。改善案として、車イスロボが指定した展示まで連れていってくれたり、車イスの目線に合わせた展示方法にするといったアイデアが出ました。また「通路が狭い作品には入れないけれど、触わることができる作品のミニチュア模型があれば作品を俯瞰して見ることができる」など、ただ情報保障をつけるのではなく、作品とバリアフリーのすり合わせも行われました。
Dグループ『小学校低学年の子どもと一緒に楽しむには?』では、まず「子どもに楽しんでもらうには」から考えるのではなく、「子どもの観賞にとって何が大変か」と子どもの動きや気持ちをイメージすることからアイデアを膨らませたそうです。たとえば、子どもは身長が低いので展示の高さを調節する、子どもはずっと黙っていられないので話しても良い雰囲気づくりをする、キャプションが難しいものは子ども用パンフを作る、などです。
プレゼンテーションの途中に、「障がいがあると自分で情報の取捨選択ができない。それがバリアだ」という発言がありました。情報を取得する環境前提がすでに不平等という視点は鋭い指摘でした。自分で選択できる環境を作ることがバリアをフリーにすることではないか、そのためになにができるだろう……とポジティブな考え方が積み重なるプレゼンテーションに、森美術館の白木さんは「バリアがあることを前向きにしようと考えられました。すぐにでも参考になるアクセシビリティのアイデアをありがとう」と充実した笑顔を浮かべました。
まとめ:ここでうまれた数々のこと
本ワークショップの目的はバリアフリーのあり方を考えるものでした。しかし参加者のみなさんは、アート鑑賞やそれを共有することは、本質的には障がいに関係ないという実感を得たようです。「同じ作品を見ても、障がいに関係なく違うことを感じていた。それぞれの解釈を共有することがアクセシビリティなのではないか」「複数人で観賞するといろんなことに気づくことができる。誰かと鑑賞することがアクセシビリティを広げることになるのでは」などの声があがりました。
アートには問いはあれど正解はありません。だからこそ作品や感想の前では障がいも年齢も関係なく、人はフラットでいられるともいえるのではないでしょうか。
振り返りの感想として「鑑賞を言葉にしてみることで、自分でも気づいてなかったことを表現できた」といった声や、「障害のある人と話すのが初めて。違う視点や考え方があることを知ることができ考えが広がった」と新鮮な経験をされた様子がうかがえました。また障害別の当事者の方からは「知らないことが多すぎると気づいた。車椅子の幅、目線の高さ、想像できないことがたくさんあることに気がづいた」、「いろんな人と美術鑑賞することで、これまで気づけなかった自分のバリアを知れた」(聴覚障がいの参加者)との感想が寄せられました。お互いの感想が違っても衝突することなく、価値観のすり合わせができた様子がうかがえます。終了後もその場に残って会話が弾みました。この日一日、参加者らが自分とは違う誰かと共に想像を巡らせることで、他者と自分を知り、互いに歩み寄る時間を過ごすことができたようです。
2022年8月13日開催 まちと美術館のプログラム「アート・キャンプ for under 22 Vol.8 作品と人と人をつなぐ」2日目(「地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング」森美術館、東京、2022年)
From Community Engagement Program “Art Camp for under 22, Vol. 8 Connecting Works and People and People” on August 13, 2022 (Listen to the Sound of the Earth Turning: Our Wellbeing since the Pandemic, Mori Art Museum, Tokyo, 2022)
(*1) 撮影:田山達之 画像提供:森美術館
Photo: Tayama Tatsuyuki Photo courtesy: Mori Art Museum, Tokyo
(*2) 撮影:渡辺真太郎、多持大輔 画像提供:森美術館