投稿日:2025/03/26
「アートの制作が忙しいから、契約とかそういう難しいこと考えてる暇がない。」「今まで口約束と信頼で仕事をしてきたから契約書なんて作ったことがない。」
芸術文化の業界は、まだまだそういう人が多いのが現状。しかし一方で、特にフリーランスのアーティストやスタッフからは「お金のことでトラブルになった」「約束していた期間や仕事量よりも多く稼働したのに、支払いについての話がなかった」「条件についてどうやって交渉をしていいのかわからない」といったトラブルやお悩みが聞こえてきます。
『フリーランスアーティスト・スタッフのための 契約レッスン(以下、契約レッスン)』とは、文化庁の「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン」をわかりやすく解説するガイドブックをもとにした座学、アーティストのトーク、ゲーム形式のワークショップからなる講座です。令和6年度は、オンライン講座に加えて全国5都市を巡回しました。ナビゲーターであるコグレチエコさん作のキャラクター「ちぎりじぃ」と一緒に、大阪、愛知、福岡、東京、長野におじゃましました。

この記事は、レポート後編です。
講座に参加できなかった方にも、少しでも契約に興味関心を持っていただくために契約レッスン運営メンバーが作成しました。教材となるような冊子や動画も公式WEBにて無料配布していますので、ぜひご覧ください。
前編はこちらから。
演劇・地域プロジェクト・美術・音楽。アーティストの契約にまつわるクロストーク
オンライン、各地域の対面講座それぞれに、さまざまなジャンルで現在活躍されているアーティストをゲストとして招き、これまでの契約の課題や体験についてお話していただくクロストークを実施しました。オンライン、大阪、愛知の回についてはレポート前編から。
【福岡】尾畠弘典(尾畠・山室法律事務所 弁護士 )× 坪山小百合(画家)
〜ギャラリーとの契約で美術作家が押さえておくべき事は?〜
国内外で画家として活躍される坪山さんをゲストに迎えた回。坪山さんからは会場から事前に集まっていた悩みや課題も受けながら「そもそもはじめたてのアーティストは自分の作品に値段をつけたり、交渉をすることも難しい」「展示が始まるまでの間に、契約時と内容が変わるというのはよくある話ですね」と周囲のアーティストから聞こえる課題やご自身の経験をもとに実例を話してくださいました。美術を扱う作家においては、作品の価格や制作期間に加え、作品の運搬費用やリサーチのための交通費、材料費など考えておくべきポイントが沢山。坪山さんご自身は、たくさんのプロジェクトを経験していく中で、次第に、押さえておかないといけないポイントや勘所が見えてくるようになったといいます。
日本だけではなく台湾や韓国など海外のギャラリーとのやりとりが増えているという坪山さんの事例を受けて、「まだまだ日本国内においてですら、ギャラリーとアーティストは立場や知識が対等じゃない。海外との契約は、それに輪をかけて難しい。文化や慣習の違い、言葉の壁などでつまずくポイントも多いです。」と尾畠弁護士。契約期間や専属契約なのかどうかといった点については慎重に契約書を確認する必要がある、といった具体的なポイントについて話されました。
【東京】林かすみ(シティライツ法律事務所 弁護士 )× 額田大志(作曲家・演出家)
〜音楽・演劇・美術。さまざまなものを横断したプロジェクトの契約〜
東京会場は、まずはじめに参加者からの事前アンケートを眺めながら、契約についてのモヤモヤや課題を確認することからスタート。「想定外の仕事や契約時と異なる業務内容にも関わらず謝金が少なかった」「勝手に自分の作品が二次利用されてしまった」といった過去の参加者の経験談に対して、ゲストの額田さんの経験や林弁護士の見解を交えながら対話していきました。「ひとつのジャンルではなく、さまざまなジャンル横断のプロジェクトが多い」「発注側にも、受注側にもなることがある」というゲストの額田さん。「契約という点だけでみると舞台芸術は他業界とくらべて10年くらい遅れている印象があります。」と話します。
プロジェクトスタート時に成果物が決まりきっているとアーティスト側にとっても窮屈なことがあるという額田さん。「音楽家として依頼を受けたときに、依頼された時に劇中歌を1曲つくってくださいという依頼でも、もっと作ったほうがいい、こうしたほうがいいということを思うと、自主的につくって提案したことがあります。」と話します。不本意な過剰労働をさせられてしまったというケースも、額田さんのようにもっとつくりたいというアーティストの熱量からくる自主的な追加製作が生じる場合も正解はない。「どんな場合も、双方でコミュニケーションしながら、できればそのコミュニケーションの軌跡を残していくことが重要です。」と林弁護士は話しました。
【長野】林かすみ (シティライツ法律事務所 弁護士)× 藤原佳奈(戯曲作家・演出家)×荒井洋文(一般社団法人シアター&アーツうえだ代表理事)
〜熱量を共有して、どんどん変化していくプロジェクトの面白さと契約と〜
ゲストの藤原さんと荒井さんが共同で取り組まれたリサーチプロジェクトを題材にしながら進んだクロストーク。「上演なのか、報告のみをするのか、全く白紙のままプロジェクトが進んで、内容が決まったのは当日の朝。結果プロジェクトメンバーに負担をかけてしまうことになった」と荒井さん。「時間超過だとか、お金が少ないとか、そういうことよりも、やはり作品が大事。いいものをつくるために、それぞれがそれぞれを大切にしていくために、契約の話がしやすい状態をつくることが大切。そういう話がしたい」と藤原さん。良い関係性で作品づくりをしていくためには、どういうことを抑えておけるといいのか。みなさんどう思いますか?」と会場に投げかけられました。
参加者を交えた議論の中では、「企画のスタート時、創作が始まる前に対話しておけると良いことは何か?」「お金や納期やいろんなことが決まってないタイミングで声をかける時、あるいはかけられる時に、何を大切にしておけると良さそうか。」「創作が始まってから、例えば業務に変更があったり、何か約束とイメージが違うなという時に、どんな風だとモヤモヤせずにプロジェクトを進められそうか?」「制作が佳境だと、そういうことを話しづらい雰囲気もあるかもしれませんが、作品作りを大切にするためにこそ、できることはあるか?」といった視点で、さまざまな意見が寄せられました。
全地域を通して
各回、ゲストアーティストのジャンルや地域、参加者の特性によって独自の話題が展開された一方で、5地域を巡回したからこそ見えた、ジャンルや地域を超えた共通の視点もありました。「特徴的な何かを縛るためではなく、互いに自由に制作に専念するためのコミュニケーション、対話こそが契約につながるのだ」ということを心に留めて、契約のこと、お金のことを話しやすい環境や空気をつくっていくことを目指すということ自体が重要だなと感じさせられました。
地域の弁護士さんにお任せ!心強い芸術文化に理解のある法律の専門家
シティライツ法律事務所の監修のもと、できるだけ開催地域の法律家に現地での講師を依頼する形にしました。というのも、この講座が終わった後も、参加したフリーランスの方たちが何かあった時に相談できる弁護士さんとつながってほしいという思いから。文化芸術分野を専門にする法律家はなかなか少ない現状ですが、これからも同じ地域に暮らす専門家がいる、味方になってくれるという安心感を得ていただきたいと考えました。

弁護士の皆さんには、契約のレクチャー、ワークショップなどでの参加者のサポート加え、講座終了後の交流・ネットワーキングにもご参加いただきました。講座本編の中で聞けなかった悩みや個人的な課題を相談する参加者の姿も見られました。
フリーランスが多い地域で開催!アートの仕事と暮らしのコミュニティ
また、大切にしたのは、地域のコミュニティに接続すること。音楽・演劇・美術…といったジャンルの違いだけではなく、都市部、地方、大学生の多い地域、移住者の多い地域…などその地域の人たちの暮らしや環境の特性があると考えました。precogは東京の会社ですので、今回の地域巡回にあたっては、地域に根を下ろして活動されている芸術文化関係者や大学の先生、コミュニティスペースやギャラリーにあらかじめご相談し、ゲストやテーマなどを丁寧に詰めていきました。また、各地のカフェや本屋さん、芸術文化関係者に趣旨をご説明した上で、ひろく広報協力をお願いし、沢山の施設・団体のご協力によって各地の開催が実現しました。
【大阪】アートエリアB1
大阪・中之島のなにわ橋駅地下1階コンコースにある、京阪ホールディングス株式会社が運営するオルタナティブ/コミュニティスペースです。駅というパブリックな場にある意味を考えつつ「文化・芸術・知の創造と交流の場」となることを目指して、多彩な事業を展開しています。 |
【愛知】港まちポットラックビル
商店街の旧・文具店ビルを再生したスペースです。「POTLUCK(ポットラック)」には、「ありあわせ/持ち寄りの料理」という意味がありますが、その本質には、いまある資源を活かす、場所や時間を共有し楽しむなど、人間の創造的な営為が読み取れます。Minatomachi POTLUCK BUILDINGでは、このPOTLUCKの考え方に基づき、人々の知恵、時にはそれぞれの問題や困難な課題を持ち寄って共有し、互いに学びながら、創造的な解決を目指しています。
【福岡】Artist Cafe Fukuoka
Artist Cafe Fukuokaは、福岡市が運営するアーティストの成長・交流拠点です。アーティストの創作活動を支援し、アートを人へ、まちへ、つなげることで「アートが循環する社会」へのきっかけがうまれる場所を目指しています。 旧中学校を活用した施設には、どなたでもお仕事やカフェを楽しめるコミュニティスペース、展示や制作に使用できるスタジオやギャラリー、インスタレーション展示などの大型展示やグループ展示等が可能なGrand Studioがあります。また、福岡アジア美術館のアーティスト・イン・レジデンス事業のスタジオや展示スペースとしても活用されています。 Artist Cafe Fukuokaでは、アーティストのための相談会や、学び・情報を得られるイベント開催のほか、アーティストと企業のプロジェクトのマッチング、世界で活躍するアーティストを輩出する海外展開事業を行うなど、アーティストがさまざまな場所や分野で活動するためのサポートをしています。
【東京】水性
中野駅北口、薬師あいロード商店街内にあるスペースです。 2022年末まで「清水屋クリーニング」さんでした。 クリーニング屋さんの面影を残しつつリノベーションし、飲食営業も可能な空間となっています。 ポップアップや展示等の様々なイベントのみならず、演劇やダンス、ライブ等にも対応しております。 街に開かれ多用途なオルタナティブスペースを目指しています。
https://suisei-nakano.com/
【長野】犀の角
「犀の角(さいのつの)」は、上田市の中心地・海野町商店街の一角にあり、劇場設備とカフェを持つ〈シアター〉と簡易宿泊施設の〈ゲストハウス〉からなる民間の文化施設です。 街の小さな銀行だった高い天井の建物に、舞台照明のバトンを張り巡らせた劇空間と、城下町の息遣いを感じることができる小さなゲストハウス。 ここは演劇や音楽、アート作品などを鑑賞しながら、訪れた市域住民、アーティストやバックパッカーが相互に交流することができる街に開かれた非日常空間です。
契約レッスンはつづく!
自身が作家で活動している方も、発注者側になる方も、これから作家あるいは企画者として活動していきたい美術や芸術を学ぶ学生さんも、さまざまな層の方が参加してくださった研修会。文化芸術に携わるフリーランスのアーティストやスタッフの多くが「契約」に関する課題を抱えていることがわかりました。フリーランスのアーティストやスタッフが「契約」を自身の活動と直結するものとして理解し、「交渉する」「修正案を提案する」などの実践的なスキルを養う研修会を引き続き、続けていくことが重要です。
また、答えのないアートのプロジェクトの中では、お金や成果物、契約の期間など、まだまだ話しづらいとされていることを、発注者と受注者が、当たり前に話せる空気づくりに力を入れてゆく必要がありそうです。縛るものではなく、気持ちよくプロジェクトを進めていくための対話・コミュニケーションが契約の根っこにあるということをひろく共有していくこと。芸術文化に携わるさまざまな方たちと意見を交わしながら、契約レッスンを続けていけることを願います。
参加者の声
・今活動している作家の方が実際どのような契約書を作っているのか見ることができ、自分が契約をする際は参考にしようと思った。
・参加するまでは、契約を大変なこととしてしか見ていませんでしたがここを大事にすることで自分が安心して活動できるんだなあと感じました。苦手な文面もワークショップで楽しくできたので、苦手だなと気が重くなっていた部分が軽くなりました。参加出来て、よかったです。
・書面じゃなくても、業務内容をメールなどで記録していくことが大事だとわかりました。
特に若手の方にとってとても良い内容だったと思います。お菓子や配慮などもありがとうございました。
・発注者も受注者も知識が不足していることが多々あると思いますし、特に文化芸術分野は新しい取り組みも多く契約内容が一様ではないと思うので、こうした勉強会があることがありがたいです。今後もこうした機会が続くと嬉しいです。
・フリーランスが働きやすい環境を作るという目的意識があり、よい試みだと思いました。私自身、理不尽に買い叩かれた経験があり、受注者側として適切な知識を身に着けたいという思いがあったのと、同時に、今後発注者側になる可能性もあるので、その場合に不当な取引をしてしまわないように気をつけたいです。
・自分の作品作りや展示において誰かと協力して作る機会が多く、その中で条件をどのように設定するのが良いかわからなかったり、搾取的でないかが気になったり、また著作権について理解したいと思っていたので、今回の講座は今までの環境を見直したり、今後の活動の参考になるものでした。ありがとうございました。
・ワークショップを通じて、もっと時間をとってたくさん話したりしたい気分でした。(急いで契約したら良くないということを実感しました。笑)とてもわかりやすかったです。ワークショップの教材も面白かったです。ありがとうございました。
・座学で体系的に契約について学べてよかった。トークセッションも赤裸々な感じで、勉強になった。
・フリーランスの同志たちと知り合えて嬉しかったです。無料でこのような有益な講座を開いていただけてとても助かりました。インボイス制度について分からない部分が多いので、美術の視点から見たインボイス制度の解説講座等あれば受講したいと思いました。ありがとうございました。
・もう少し、情報が拡散されて参加者が増えるといいと思います。また、事例については、個人のフリーランスの事例も出して頂きたかったと思います。
(執筆:篠田栞)
クレジット
主催:文化庁「令和6年度 芸術家等実務研修会の実施事業」
事務局・企画・運営:株式会社precog