2023/12/29
大田区での地域と共同したアートプロジェクト第3回目は〈新人Hソケリッサ!〉をお招きしたワークショップと野外公園
DRIFTERS INTERNATIONALは、2021年9月より池上エリアを中心に大田区の地域と共同し、地域の課題にアートを通じて向き合うプロジェクトを実施してきました。第3回目の取り組みとなる今回は、路上生活者を中心としたダンス集団である〈新人Hソケリッサ!〉をお招きした3日間のワークショップと野外での公演を企画。障害のある人もない人も、さまざまな生活、価値観を持った人たちが混ざり合いながら、参加する人々が自らの感性で作品を捉え、気づきを得ることを目指してきました。
本記事の執筆は、新人Hソケリッサ!の制作・プロデュースを担当されている呉宮百合香さんにご依頼しました。参加者だけではなく、それらを目撃した地域の人たちの様子もゆるやかに変わっていく。そんな場の空気が伝わってくるレポートです。
12月とは思えないほど暖かな土曜日の昼下がり、親子連れで賑わう東京都大田区の西六郷公園(通称タイヤ公園)にて、新人Hソケリッサ!と公募参加者たちによるパフォーマンスが行われました。
大田区民憩いの場、タイヤ公園で史上初のパフォーマンス
ダンサー/振付家のアオキ裕キが路上生活経験を持つメンバーと共に立ち上げたダンスグループ〈新人Hソケリッサ!〉(以下、ソケリッサ)に企画の打診があったのは、昨年夏のことです。近頃の大規模な再開発により路上生活者や低所得者層の存在が見えにくくなっている大田区の下町エリアで市民参加型のダンスワークショップを行うことで、状況に一石を投じたいというものでした。
アオキと制作チームで実際に街を歩き回って第一候補に定めたのは、蒲田駅から南に歩いて15分ほどの、JRの線路に面したタイヤ公園。いつかここで公演したいと、前々からアオキが考えていた場所でした。1969年に開園したこの公園は、いつ訪れても、たくさんの子どもたちが元気に走り回っています。大きな怪獣にロケットなど、約3,000個の廃タイヤでできた遊具は自由度が高く、自分で遊び方を開発していけることも魅力です。幼児だけでなく小学生や中学生も遊びに来ており、多様な年齢が共存する特別な景色が生まれています。
パフォーマンスの前例はないとのことでしたが、今回交渉が実って初の実現に至り、敷地の3分の1ほどをのびのびと使わせてもらえることになりました。
1歳から74歳まで、出たり入ったり自由な創作現場
本企画「新人Hソケリッサ!と公園で踊ろう! 3daysワークショップ・野外パフォーマンス」は、そのタイトルのとおり、12月2日・3日に屋内でワークショップを行い、翌週9日に屋外でその成果を発表する、全3日間のプログラムです。耳が聴こえづらい方でも音楽を体感してもらえるようにと、ワークショップの時点から音楽ユニット〈カントジフア〉の生演奏付きで進行することになりました。スティールパンの伊澤陽一、チェロの薄井信介、ギターの菅又 -Gonzo- 健という珍しい編成のカントジフア、今回は3人が日替わりで演奏しにきてくれました。
ワークショップには1歳から74歳まで幅広い世代から応募があり、抽選を経て、最終的にパフォーマンスに出演したのは計9名。実は、小さな子どもたちも参加予定だったのですが、時節柄か欠席者が出たことに加え、出席していた親子も休憩中に公園に遊びに出たきり戻ってこなかったとのこと。(笑) それだけこの公園は魅力的ということでしょう。ソケリッサからは、講師のアオキ裕キを中心に、平川収一郎、渡邉芳治、西篤近、山下幸治、浜岡哲平と、現在のフルメンバーが参加しました(浜岡はワークショップのみ)。
公園内にある西一町会会館で開催された2日間のワークショップの現場に、筆者は立ち会うことが叶いませんでしたが、参加者もソケリッサメンバーも隔てなく入り混じり、言葉や絵から踊りを創っていっている様子が、記録写真からも伝わってきました。
子どものように心のままに「まどろみおどり」
そして迎えた発表当日は雲ひとつない快晴で、日当たりの良い公園内は上着要らずのぽかぽか陽気。まずはシンボルであるタイヤの大怪獣に、出演者たちが手ずから絵の具で彩色した「まどろみおどり」の旗を掲げていきます。現実の世界と心の世界を行き来する「まどろむ」という行為を通して、社会のルールの中で凝り固まった価値観から解放され、子どものように自由に心のままに踊れるように——そんなアオキの想いが込められた、今回の作品名です。
作品のための仕掛けがもうひとつ。それは、眠たそうな目が付いた「まどろみ帽子」です。同じく出演者手製のこのカラフルな紙帽子は、「自分たちではなく、子どもたちにこそ衣装を」というアイディアのもと、公園を訪れる全ての方に配られました。
約1時間のパフォーマンスは、皆で静かに目を瞑ることから始まります。まどろみスイッチを入れたら、いざ出発。心地よいギターの音色に誘われながら、列をなしてぐるりと園内を巡り、子どもたちの世界に少しずつお邪魔していきます。
足元に埋まるタイヤを乗り越えて砂場に入ると、まずはミニ怪獣の前へ。シンガーソングライターでもある薄井の歌とハーモニカに乗せて、14人がそれぞれの場所で「言葉のダンス」を紡ぎます。
突然現れた大人の集団は、いつもここを遊び場としている子どもたちにとってはよそ者。しかし小さな彼らは寛容なもので、遊具の間を通るように踊る人たちの間をすり抜け、足を止めてしばらくじっと見ていたかと思えば、ふっとまた興味をなくして走り去り、「そこにいること」をそのままに受け入れ、放っておいてくれているようでした。
まどろみおどりの一行はその後、公園のさらに奥へと移動します。(ここからは、ぜひカントジフアの『ホアンキエムの昼下がり』と『わすれなぐさ』を聴きながらお読みください。当日の空気をほんの少しだけでもお届けできたら。)
大怪獣の前の園内一ひらけた空間に全員集合してから始まるのは、一人ひとりのソロダンス。クリリン、辻、ふみか、マツ、ヨーコ、クニ、ゆうき、ヤマシタ、ニシ、ヒラ、きはるん、シジ、アオキ、マユリと順に進み出て、チェロとギターの演奏の中で踊ります。まばゆい西陽を全身で受け止めながら、たっぷりと。そして自分の出番以外は、観客と同じように好きな場所から鑑賞するのです。
誰もが居心地良く、自由に見方を選べるように
世代や障害を超えて、誰もが居心地良く鑑賞できるようにと、今回の公演にはいくつかの工夫が凝らされていました。ひとつめは客席の設定。公園の風景をなるべくそのまま活かしつつ、リラックスできる居場所をそれぞれが選べるようにするため、元々あるタイヤのほかに、寝転がれるゴザや、背もたれのあるテラスチェアが用意されました。ふたつめは手話による案内。演出のアオキの挨拶の内容や、音楽の有無、移動時の指示などがろう・難聴者の方にも伝わるように、手話のできる2名のボランティアスタッフが場内案内を行いました。
途中でも出入りできることに加えて、自分好みの距離や姿勢を取れるということは、実はかなり重要なポイントです。遠巻きに立って観ているほうが落ち着く人もいますし、誰かと話しながら、あるいは身体を動かしながら観るほうが楽しめる人もいます。そしてこの距離感は、必ずしも関心の度合いとは比例しません。芸術鑑賞に慣れていない方や精神的な不安を抱えた方、チケットを買う金銭的な余裕がない方が、作品を体験する手前のところでハードルやストレスを感じないようにするために、決まった客席がなく自由に見方を選ぶことができる屋外での無料公演を、ソケリッサはとても大切にしています。
公園の日常と地続きのダンス
とはいえ屋外で、しかもすでに人が集まっている場所で公演を行うのは、もちろんうまくいくことばかりではありません。ソケリッサメンバーの西は、本番前に行ったリハーサルの時に「久々に本当のアウェイだ」と感じたと言います。子どもの側はそれほど気に留めないにしても、連れてきている保護者の側からしてみれば、得体の知れない集団に訝しげな眼差しを向けたくなるのも当然です。
しかし不思議なことに、はじめは明らかに「異質」であった14名の姿が、パフォーマンスの終盤には公園の日常風景に溶け込むようになっていったのです。まどろみ帽子をかぶって興味の赴くまま駆け回る子どもたちに囲まれて、ダンスを観に訪れた人も、ダンスには特段関心がない人も、ひとつの景色の中にばらばらのまま一緒にいる——タイヤの上に登って観ているうちに微睡み出した大人、その姿に興味津々で、目覚めた途端に話しかける子ども、ミュージシャンの傍や怪獣の後ろからチラチラと顔を覗かせるちびっこに、ひたすらブランコ遊びに夢中な少女たち、そして少し離れたところから、子どもを見守りつつパフォーマンスも眺めている保護者がいて——日常の地続きに踊りがあるような、そんな穏やかな時間が束の間生まれたのも、タイヤ公園という場の懐の深さゆえかもしれません。先入観を持たずに受け止める子どもたちから少しずつ伝播していったのか、終わりのほうには「なんとなく優しい顔になった」と出演者も肌で感じるような寛容な空気に、全体が包まれていました。
一列に並んでお辞儀をした後は、ソケリッサの普段の公演と同じく、観客を交えたダンスで締めくくります。ソロダンスのために一時的に立ち上がっていた「舞台エリア」も崩れて、縦横無尽に人が行き交う元の姿に少しずつ戻っていきます。
多様な身体が、ばらばらなまま一緒にある
集まった9名は、年齢も背景も参加の動機も、本当に様々でした。
大学などで同世代に囲まれてダンスや演劇をしていた若者たちからは「多様な世代の方々がいて、身体の語彙も色々あって楽しかった」「大学だったら絶対出てこないような動きに出会って衝撃だった」という声があがりました。最年長の男性も、「違う身体がたくさん見られたことがとても面白かった」「同じ空間で踊ることで、普段とは違うことを感じられて、本当に気持ちがよかった」と笑顔を見せました。
「弟と一緒に参加できるワークショップがほとんどないので、今回は参加できてとても良かった」と、知的障害のある家族と参加した女性は語ります。そして、3年ほどかけてひとりで踊れるようになった彼の姿を見て、自分の身内の障害当事者と共に参加したいと思ってくれる人が増えたら嬉しいと、未来に期待を寄せました。
これまでに40名以上の路上生活経験者とソケリッサを通じて関わり、障害のある方とのワークも様々に行ってきたアオキも、「理解を得るには実際に踊りを観てもらうのが一番」だと考えます。今回のワークショップは、1歳以上であれば年齢も障害の有無も関係なく参加できるという募集内容でしたが、やはり告知だけで来ていただくことは容易ではなく、障害当事者の参加は、以前からソケリッサの活動に親しんでいる1組のみに留まりました。こちらから誘うよりも、まずは自分たちの踊りに生で触れてもらう機会を作ること、そして「やりたい」と自ら扉を開けるその一歩を大切にすること。これが、ソケリッサの基本姿勢です。とても時間のかかる道のりであり、だからこそ一回で終わらせずに、継続していくことが重要になってくるのです。
日々の生活で抱えていたやるせなさや悲しみ、もやもやなどを、感じたままに出し惜しみせず踊ることで、いつの間にか心も足取りも軽くなっていたという声もありました。子どものように心のままに動くこと——本番への出演という形は叶いませんでしたが、子どもたちの存在が常に周囲にあったことは、参加者にとってもソケリッサメンバーにとっても、大きな刺激となっていたようです。
「思考で動くとどうしても身体が止まってしまう。もちろんそれも悪いことではないのですが、子どもは心で動いているから本当にノンストップ、突っ切って進んでいきます。その違いを感じながら、大人が見失っているものを学ぶ機会でした。」とアオキは振り返ります。
「“みんなで踊れるもの”などと先に決めてしまうと、じゃあひとりしかできないものは踊りじゃないのかと、またそこから外れるものが出てきてしまう。だから、踊りってこうだとは決められない。逆にそこが面白いところだと思うし、右往左往して、問いを見つけながら進んでいけると良いんじゃないかな。」
14人が思い思いに踊る姿は、自分の遊びに夢中な子どもたちと、重なるものがありました。
「空っぽで踊るのが一番! 忘れましょう!」
関係者/参加者の声
日常の中でアートに出会うこと、そしてつながることは、街なかで開催するアートプロ ジェクトの醍醐味です。今回、大田区の公園にアプローチした新人Hソケリッサ!の試み によって、遊具で遊ぶ子どもやその保護者達は様々な属性のダンス表現に出会い、想像力 を拡げたことでしょう。いつもの遊び場であるタイヤ公園で不意に出会った他者の表現は、 改めて日常や地域に関心を持つきっかけとなったのではないでしょうか。 また、公共の場を介したアートプロジェクトは、美術館や劇場へ足を運ぶ機会のない人も 楽しめるアートの入口でもあります。今後、このような試みが大田区で増えていくことを 心から望みます。
公財)大田区文化振興協会 文化芸術振興課 荻野祐子
幼い頃によく遊んだタイヤ公園にダンスを通した温かい空間が生まれていたことは、大田区で生まれ育った者として感慨深いものでした。あの場に居合わせた人にとっても、この経験は感覚として身体に蓄積され、またどこかで思い出されることでしょう。個人的な話ですが、先日初めてビッグイシューを買いました。アーティストとの出会いが、それぞれの世界や行動を広げるということを、些細なことながら自ら実感しました。これからも大田区で、このような場がひらかれていく、ひらいていけることを心から望みます。
大田区在住ダンサー・アーティスト/本事業プロジェクトマネージャー 遠藤七海
パフォーマンス公演は、路上生活経験経験のある新人Hソケリッサ!のメンバーや、世代や性別、障害やダンス経験の有無も様々なワークショップ参加者のみなさん、その場にいた子どもたちや親子や外国の方など、本当にいろんな人たちが、場所と時間を共有していました。社会の中に少なからず「路上生活者だから」「障害者だから」などといった偏見やバイアスがあると思いますが、このパフォーマンスが行われている間は、そうしたことが取り払われて「その人がその人のまま居ることを、誰もが当たり前に感じている」という心地良い時間が流れていました。みんなで同じことをやるのではなく、ばらばらなまま一緒にいる、という考え方や心地よさを感じてもらえる取り組みを今後も実践していきたいです。
本事業プロデューサー 兵藤茉衣
執筆:呉宮百合香
撮影:岡本千尋
編集:篠田栞・兵藤茉衣