投稿日:2024/04/12
舞台芸術関係者にむけた、合理的配慮とバリアフリーの研修会がロームシアター京都で開催
令和6年4月1日より「合理的配慮の提供」が民間の事業者にも義務化され、各所でさまざまな検討がなされている最中。「合理的配慮ってどんなもの?」「現場では、何から始めればいいの?」と迷われている方も多いはず。
2023年12月、ロームシアター京都にて、合理的配慮とバリアフリーについて学び、舞台芸術における実践を考える研修会が京都で開催されました。主催は、THEATRE for ALLの運営元でもある舞台芸術を中心とした制作、マネジメントを行う株式会社precog。precogで、バリアフリー制作等を担当してきた兵藤茉衣が今回の進行役を務めました。
タイムテーブル
17:00〜18:00 講義「合理的配慮と障害の社会モデル」(講師:飯野由里子)
18:00〜19:00 舞台芸術におけるバリアフリー・合理的配慮に関するQ&Aフリートーク
(登壇:飯野由里子、那須映里、兵藤茉衣)
※研修会終了後、会場にて講師や参加者同士と意見交換する時間も設けられました。
冒頭、兵藤よりこの研修会の「バリアフリー舞台制作を実施していく中で、同じ悩みを持っている方々と学び直したい、同じ悩みを持っている方とより良い芸術の環境を考えたいという思いから実施しています」という経緯について説明しました。
また、会場にその日集まった参加者にその場で挙手制のアンケートを実施。「自身が障害当事者である、または、自身の身近に障害当事者がいる」と答えた人は全体の半分弱、「これまですでにバリアフリーや社会包摂の取り組みを行なったことがある人」は3分の1、「バリアフリーや合理的配慮について、何か悩みや課題がある」と答えた人はほぼ全員という結果になりました。
ノウハウではなく、考え方を理解すること。「合理的配慮」に取り組む人たちがまずおさえておきたい、はじめの一歩
本研修会は、東京大学大学院教育学研究科バリアフリー教育開発研究センター 特任准教授の飯野由里子さんから、そもそも合理的配慮とはどのようなものなのかについて学ぶ講義からスタート。
「来てくださった皆さんの中には、合理的配慮の具体的なノウハウを聞けると思ってきてくださった方もいるかもしれません。でも、今日の60分の中にはそういった話はほぼほぼないかと思います。なぜかというと、合理的配慮を実施していくためには、ノウハウだけではなくて、そもそもそれが、どういう考え方なのかということを抑えていないとダメだからです。」と飯野さん。
講義の中では、言葉の定義やその言葉が生まれてきた歴史的、条約、法律的な背景も合わせて、わかりやすく解説してくださいました。
例えば、日本語では、“合理的配慮”という訳語が当てられている「Reasonable accommodation」。リーズナブルというと、日本人は「お得」「効率的」だというイメージを持つこともあるけれど、この場合は、「理にかなっている」という意味で使われているそう。配慮をする側も求める側も、双方にとって合理的である、というニュアンスです。そして、配慮と訳出されているAccomodation。日本語では配慮は、気遣いといったイメージが強い言葉ですが、この文脈では具体的な変更や調整などの行動のことを指し、心の問題としては捉えないそうです。実際にイギリスでは、Reasonable accommodationではなく、adjustment(調整)という言葉が使われるそう。
「明日以降、合理的配慮と私たちが言う時には、心配りの話ではなくて、一方的に提供側に無理を強いる話でもなくて、互いに合理的な範囲で行うことのできる具体的な調整の話なんだと考えてください」と飯野さんは話します。
わたしは、バリアに気づくことができるだろうか?社会的障壁と社会モデルの話
「合理的配慮を提供するために、まず押さえておくべきこと」として、飯野さんは、社会的障壁と社会モデルの2つのポイントについて解説してくださいました。
社会的障壁とは、日常生活や社会生活を送る中で、障害当事者の活動や社会への参加を制限する全ての物事を指します。例えば、段差があることで移動がしづらいといった物理的なバリアから、「障害者はいつも手助けを必要としている」「障害を持つことは不幸だ」などという思い込みのように意識上のバリアまでさまざまなバリアが存在します。
「バリアというのは単体で存在しているというよりは、相互に結びつきあって、障害者の社会参加を長期間にわたって阻害し、深刻な差別を引き起こしています。ずっと続くことで、二次障害として、メンタルヘルスの問題を抱えてしまう人も多い。にもかかわらず、それによって、障害のある人は心が弱い、といった思い込みが生まれていったりすることもある。」と飯野さんは言います。
-では、そもそも社会的障壁はなぜ生まれてしまうのか?
参考映像として飯野さんが見せてくださったのは、車椅子ユーザーがマジョリティ、二足歩行の人がマイノリティの社会を舞台としたアニメーション(※)。二足歩行者は建物の入り口が車椅子ユーザー仕様で低く、頭をぶつけるなど、さまざまな暮らしにくさに苛まれます。しかし車椅子ユーザー社会では、「二足歩行者が車椅子を使わずに二本足で歩行する」ために問題が起きているという認識をしている様子です。逆転した世界を表現するこの映像を通して、現在私たちが生きている社会について考えさせられます。
※このアニメーションは、公益財団法人日本ケアフィット共育機構と東京大学バリアフリー教育開発研究センターが共同で開発したものです。アニメーションの一部は「心のバリアフリー 映像教材 ダイジェスト版」で見ることもできます。
二足歩行者が低い扉で頭をぶつけてしまったり、かがみすぎて腰を痛めてしまうという問題に対して、「二本足で歩くから頭をぶつけるんだ」と考えるのは、障害の「個人モデル」と呼ばれる考え方。「天井やドアの高さが低いせいで頭をぶつけてしまうんだ」と考えるとしたら、それは「社会モデル」という考え方になります。
「そもそも、私たちの社会は多数派に合わせてデザインされてしまっている。そのことがこの映像を通してわかると思います。社会環境のデザインの仕方を変えていくことが必要」「でも、今存在する環境を直ちに、全てバリアフリーにするのは難しい。だからこそ、要望が出た時に、個々の人に合わせた個別の具体的な調整、合理的配慮をすることが必要なんです」と飯野さんは話します。
社会的な障壁を取り除くために、あらかじめ想定できる「環境の整備」をしておくことも、障害当事者から要望を出し、対話の上で個別の調整をしていく「合理的配慮」も、両方が相互に積み重なって、少しずつ社会のデザイン、ルール自体が変わっていく必要があります。
飯野さんは、講義の最後に「社会的障壁は、多数派からは見えにくい。心地よく暮らせてない人たち、障害当事者の声を聞き、その声を通して、自分たちの社会にある障壁の存在に、まず、気づくことが大切です。」と講義を締めくくられました。
飯野さんのお話を伺って、まず自分がマジョリティに属している場合には、「生きづらさ、心地悪さを感じている人の存在や社会側のバリアに、どうすれば気づくことができるのか?」と問う姿勢が重要であると感じました。
現場の知恵を持ち寄り、考える。舞台芸術における具体的なバリアフリー・合理的配慮のアクション
続いて、舞台芸術におけるバリアフリー・合理的配慮に関するQ&Aフリートーク」のパートでは、引き続き、飯野さん、そして、手話エンターテイナー、役者、国際手話通訳として活躍されている那須映里さんが登壇。兵藤がファシリテーターを務め、あらかじめ集まっていた質問や会場からの質問を元に、劇場・文化施設職員の企画者、制作者、イベントプロデューサーが気になる、合理的配慮の具体的な着眼点や対応方法についてディスカッションしていきました。
まず、那須さんから飯野さんへ質問が投げかけられました。
「例えば、車椅子ユーザーや盲者視覚障害者だと環境整備が必要なシーンが多いと思うのですが、私はろう者なので、合理的配慮を求めるシーンの方が多いように思います。障害種別によって、環境整備が必要な障害、合理的配慮が必要な障害というのが障害特性によって分かれるのではないかと思う。その辺りのお考えがあればお聞かせください。」
飯野さんからは、以下のようなお答えがありました。
「合理的配慮が適切か、それとも環境の整備が適切かは、障害種別ではなくて「場」によって判断するべきだと考えます。例えば、一番、環境の整備について考えなければいけないのは、幼稚園や小学校だと思います。というのも、合理的配慮の場合、障害者が自分の要望を相手に伝え、話し合うということをしなくてはいけません。しかし、それができる子どもは圧倒的に少ないはずです。したがって、なるべくバリアがないように環境の整備をしておく必要があります。他方、子どもが、たとえば高学年になり、自分のニーズを伝えられるようになったら、合理的配慮も大事になってくるでしょう。」
兵藤からは那須さんに、「那須さんご自身が舞台芸術の中で、一番バリアを感じるのはどのような時ですか?」と言う質問が。
那須さんは、「舞台芸術の場合は、演劇の作品の内容を楽しめないことが一番のバリア。手話通訳、字幕をつける、字幕をタブレットでみる、タブレットを立てかける三脚も必要になるし、同時にタブレットと舞台をみることの困難もあったり……。なかなか解決できない部分はあるが、舞台の端にでも手話通訳が立っていたら、同時に舞台を楽しむことができると感じます。また、字幕は、できればタブレットではなくて、舞台の上側に出てほしいです。」「最近では、さまざまな劇場でろう者への取り組みがされていて、例えば台本の貸し出しなども増えていますけど、開演の三十分前に台本をいただいても、読みきれないうちに劇が始まってしまって、開演後は灯りのある場面で急いで台本を読む、と言うろう者の声もちらほら聞かれる」と答えます。
兵藤は「台本の貸し出しについては、舞台制作の仕事で、ろう者の方に貸し出しをさせていただいた経験があるが、その戯曲が今後どこかで出版される場合に、事前にメールなどでデータで送付することができなかったりと言う事情がありました。字幕の話でいうと、歌詞を表示しようとすると著作権に引っ掛かるということがあったり……。情報保障をする際には、作品ごと、状況ごとに試行錯誤する必要があるなと感じる」と現場での試行錯誤について話すと、参加者の中にはうなずく方もいらっしゃいました。
また、会場参加者からは「障害のある方が声が出たり、入退場したりしても大丈夫というリラックスドパフォーマンスを実施したときに、小さい子も鑑賞できる場だったので、甥っ子が初めて舞台を体験することができる!と母親がすごく喜んで楽しみにしてくれたことがあって、それが嬉しかった」という実体験が語られました。障害のある人のバリアを無くしたら、障害のない人のバリアも無くすことができる。この他にもそういったことは気づいていないだけで、まだまだあるのかもしれません。
他にも、「ろう者に公演情報を届けるためにはどんなネットワークが良い?」「ろう者の方にとって舞台芸術のアクセシビリティとして、字幕と手話どちらが重要ですか?」といった質問や「劇場でアクセシビリティを実施する先のコストと需要のバランスは?」といった、みなさん共通のお悩みや課題についても議論が交わされます。
イベント終了後の情報交換。実践者、参加者同士の対話の場を重ねていくこと
イベント終了後も時間いっぱいまで登壇者、参加者同士の対話の時間は続きました。参加者同士がご自身の取り組みについて話したり、Q&Aだけでは話しきれないこと、個別に繋がり情報交換しあった中だからこそ話せる現場の悩み共有も。
「良い意味で合理的配慮に対する心理的ハードルが下がった。やらねばならないことだし、実際そうだけど、どこまでやるか?という点に不安があった。今日の講座を聞いて、合理的配慮が、事業者と場外当事者が共に建設的に対話をして、できる範囲で調整すれば良いとのだということがわかったのでできることから始められるとよいなと思いました。」という声や「舞台芸術のバリアフリーを目指してる人達と今日のような悩みを共有して話せる場が今後も継続してあるとよい。」というお声も。
正しい知識を知る入口となる研修があること、そして、実践者同士の対話の場があること。正解のないことを共に学び、考え続けていくことができるコミュニティづくり、場づくりにこれからも取り組んでゆくことが必要であると感じました。
株式会社precogでは、今後も、舞台芸術のバリアフリー制作、アートを介したインクルーシブな場づくりを進め、良い社会の実現に向けて共に動いてくださるパートナーと共にさまざまな挑戦をしていきたいと考えています。何かお困りのことや、私たちと一緒に考えてみたいことがあるという方がいらっしゃいましたら、ぜひいつでもお声がけください。
また、バリアフリー研修等にご興味のある企業や行政の方もぜひご相談お待ちしております。
株式会社precog/THEATRE for ALL
tfa@precog-jp.net
文責:THEATRE for ALL 編集部 篠田栞