投稿日:2022/05/16
THEATRE for ALLによるリサーチと実践のための活動「THEATRE for ALL LAB」が、より良い鑑賞環境の構築を模索するためにはじめたプロジェクト「劇場をつくるラボ」。その1年間の活動を広く伝え、今後の取り組みにつなげることを目的に、公開報告会が開かれた。3部構成で実施され、第1部・第2部では「劇場をつくるラボ」のトライアルに参加した福祉施設のスタッフからトライアル中のエピソードが紹介され、施設間の意見交換がおこなわれた。第3部では、初回トライアルを実施したたんぽぽの家から佐藤拓道氏、アートマネジメントと社会包摂が専門である九州大学の長津結一郎氏をゲストに、トークセッションが実施された。本稿では、第1部・第2部の模様を再構成し、「劇場をつくるラボ」の概要と今後の展望について紹介する。
「劇場とはなにか」を考えるデザインリサーチ
山川|「劇場をつくるラボ」ディレクターの山川です。
「劇場をつくるラボ」を通じて、私は映像作品を視聴する環境づくりを中心に、作品鑑賞のあり方、生活のなかでのアートとの関わり方について福祉施設の方々と共にデザインリサーチを行ってきました。たとえば、映像が流れるタブレットとネックピロー型のスピーカーを施設の人たちが集まる場所に置いてみる、吹き抜けのある場所の床に上から映像を投影してみる。それを施設の利用者と鑑賞し、どういった反応が得られるかを観察する。そしてその反応をもとに、次のアプローチを検討する……といったように、アイデアを考え、実際に試し、そのフィードバックを受けてまた更新していくような、デザインとリサーチが循環する切れ目のない取り組みです。完成した空間をつくることが「劇場をつくるラボ」の目的ではなく、取り組みを介してどういうことが起きるかを観察し、みなさんと一緒に「劇場とはなにか」を考えようとしてきました。
2021年2月たんぽぽの家アートセンターHANAで試験的な運用を行った後、クラウドファンディングを経て、夏〜冬にかけて4施設(ぬか つくるとこ、愛成会、やまなみ工房、安積愛育園)で実施しました。各施設それぞれで状況が異なりますが、プロジェクトの大まかな進行についてご説明します。
1)オンライン施設見学
まずはスマートフォンやタブレットを使ったオンライン会議で各施設を案内してもらいながら、どの場所にどのような仕掛けを設置するかを、施設のスタッフの方とクリエイターチームが協力して考えていきました。施設内をめぐりながら質問していくと、場所の使い方からその施設の考え方がわかったり、ふだん施設内でどのようなコミュニケーションが生まれているかも少しずつ見えてきました。
2)お試しキット
また、各施設には事前にお試しキットと呼んでいる機材セットをお送りしています。タブレットとヘッドホン、ネックピロー型スピーカー、枕型スピーカーのセットです。具体的なトライアル内容が決まっていない段階で、とりあえずお試しキットを使ってもらい、その反応をフィードバックしてもらうことで、アイデアがブラッシュアップされていきました。
3)トライアル
各施設で少しずつ異なるトライアルをおこない、テキストやスナップ写真のほか、オンライン会議をつないで実際に見せてもらったりしながら、スタッフの方から今日はこういうことがありましたというような報告を受けました。
4)報告
最後は、報告をもとに振り返りをします。写真などを見ながらこの人はなぜこういう行動をしているのか、このときはどういうリアクションがあったかなどを掘り下げたり、スタッフさんから送ってもらった詳細なレポートを確認しながら、写真に写っていないことについても分析して、次の施設でのアイデアにつなげるために検討を重ねしました。
福祉施設での実践をふりかえる
実際にトライアルに参加した施設のスタッフと、トライアル内容を考えたクリエイターメンバーで、具体的なトライアルのエピソードをもとに振り返りをおこなった。これまでもそれぞれの施設ごとに実施したことの振り返りや細かいミーティングは重ねてきたが、ほかの施設でのトライアル内容の紹介ははじめてだったため、登壇者にとってもはじめての機会となった。
1. 愛成会(東京都)
鑑賞の環境を介してパーソナルな人間関係に変化が起こる
山川|「愛成会」では、作品を介して利用者さんとスタッフさんでどのようなコミュニケーションが起きるのかを詳細に観察することに重きを置いたトライアルをおこないました。またはじめてTHEATRE for ALLの全作品をご覧になった方がいて、その方のおすすめコメントなどがこれ以降のトライアルでの参考になりました。また、廊下の隅でひっそり作品を上映したり、ひとりで集中して鑑賞するブースを設けたり、共用部で小さなタブレットを囲んで複数人が鑑賞したり、といった状況をつくりました。
愛成会・青木|全作品を鑑賞した方は、毎日施設に来てすぐ、あいさつよりも前に「シアターを観ます」と言って、iPadを使った個別ブースで集中して視聴していました。まわりの音や環境に反応して集中できないことが多い方なんですが、個別ブースでヘッドホンを使うことで、かなり集中して鑑賞されていたのが印象的でした。音楽に合わせて歌ったり、激しい光のある作品を好んで観られていましたね。ストーリーがわからない利用者さんでもわかりやすかったのかなと思います。ストーリー性のある作品は反応が薄いことが多かったですね。
作品を選べる方はご自分で選んでもらっていました。ただ文字が読めなかったりする方には、写真の一覧を見ながら選んでもらったり、選べないからなんでもいいという方もいました。
愛成会・玉村|施設の雰囲気を活かしたうえで仕掛けをつくっていただくプロセスがおもしろかったです。利用者さんからどんな反応が得られるかと想像しながら一緒に考えられたことは貴重な体験でした。
梅原|利用者のなかに少し仲の悪いふたりがいて、タブレットの鑑賞をとおしていつもとちがうコミュニケーションがあったと聞きました。たとえばオンラインで作品が配信されたときに、個人的な没入体験になることが多くなると思いますが、個人的なものがある程度他人に見られる環境にあるということは、劇場に赴いてみんなで作品を鑑賞することとも、家でひとりで動画を観ることともちがう体験のはずです。鑑賞の環境を介してパーソナルな人間関係に変化が起こるということは、とても重要なんじゃないかと思います。
私たちの知らない引き出しを利用者さんはもっと持っている
板坂|他施設に比べて愛成会さんでは利用者さん個人のお話がおもしろいという印象がありました。青木さんのフィードバックが個人の利用についての話が多かったからだと思います。利用者さんの実際の感想を聞きたかったので、カセットレコーダーを使ってインタビューするというアイデアを実践してみて、ほかの施設ではなかったフィードバックがもらえたので、おもしろかったですね。
愛成会・青木|感想を録音するときに、ある方に作品を観てどうでしたかと質問すると、飛行機が飛んでいる映像だったので、旅行に行きたいと話してくれました。それで海外を連想したのか、あるいはTHEATRE for ALLという英語から連想したのかわかりませんが、急に英語を話しはじめたんです。その方が英語を話すのは私もはじめて聞いたので、新たな発見でした。私たちの知らない引き出しを利用者さんはもっと持っているんだろうなと感じましたね。
2. やまなみ工房(滋賀県)
クリエイターからのコメントつきカタログが生まれた!
山川|作品タイトルと閲覧ページのQRコードをセットにしたカタログをお送りしているんですが、ここでは、さらにクリエイターからのおすすめコメントを追加しました。「愛成会」で全作品を鑑賞された方の話を受けて、利用者さんとスタッフさんでふたり組になって全作品を観るマラソン企画を用意していたのですが、コロナの影響でまだ実施できていません。
やまなみ工房・棡葉葉昌大|タブレットはふだんから利用者さんも使われていたんですが、ネックピロー型スピーカーはどのように使うのかわからなかったようで、最初は頭に付けたり、股に挟んだりしていました(笑)。使い方を伝えると、耳元で音が鳴るのをおもしろそうにしていて、いろんな作品を観るうちに自分の家のようなスペースをつくっていたのが印象的でした。
やまなみ工房・小西|短時間で使い方を覚えられるので、新しいものを吸収して楽しんで使用されるんだなとあらためて驚きましたね。新しいものを取り入れることは、その人の興味を新たに引き出すうえで大事なことなんだなと感じました。
やまなみ工房・棡葉葉朋子|ふだんクラシックやジャズなどいろんな音楽を聴きながら、聴いている音楽をイメージした絵を描く利用者さんがいるのですが、いつもはヘッドホンをしながら作業されているので、いただいた機材のなかでもネックピロー型スピーカーに興味を持っていました。余暇としての使用だけでなく、制作にも使えるような機材だったような気がします。
やまなみ工房・小西|わかりやすい音楽系のものやアニメなどは好きな人が多いようです。演劇のようなものにはあまり関心を持たれない印象があります。もともとの興味に左右される部分が多いみたいですね。
やまなみ工房・棡葉朋子|創作の途中で立ち上がって鑑賞して、気が済んだらまた創作にもどったり。昼休みにみなさんが集まるスペースがあるので、そこにタブレットを置いておくとお昼ごはんを食べたあとに鑑賞されたりしていました。興味を持ったときにそこへ行くという感覚ですね。
毎朝の送迎時に送迎車のなかで作品を上映してみたい
渡辺|スタッフの方からの報告では、身体の一部がうまく使えないから枕型スピーカーを寝転がって使ってお腹のうえにタブレットを乗せて鑑賞していましたというように、身体と機材の関係を細かくうかがえたのはよかったです。いろんなパターンで、私たちが考えていなかった使われ方を詳細に聞けました。毎朝の送迎時に送迎車のなかで作品を上映するという提案もいただいたので、実験できる機会があればうれしいなと思っています。
3. ぬかつくるとこ(岡山県)
ふだんの生活のなかから発見された劇場空間
山川|岡山県の「ぬかつくるとこ」は、古い蔵を改修した特徴的な空間です。ものづくりのアトリエということもあり、和室の壁に作品が貼られていたりして、かなり自由にカスタマイズできる雰囲気がありました。いろんなものがあるなかに機材を馴染ませることからアイデアがスタートしています。また実施した時期が夏休み期間で子どもの利用者が多かったので、ゲーム形式の実験も行いました。部屋に映像が流れているのだけど音源は隠し、音がどこから出ているのかを探す中で、作品の映像と音の関係に自然と興味を持ってもらえるようにアイデアを考えました。ほかにも、板張りの天井に白い布を貼って真上に上映すると、勉強しながらよそ見をして鑑賞するとか、部屋のなかでいろんな観方が発生していました。コミュニケーションのなかから劇場のような状況が立ち上がるんだなという発見がありましたね。
ぬかつくるとこ・丹正|和室の長押の部分にタブレットを設置していたのですが、ある利用者の方が作業中にそのタブレットの映像をよく観ていることに気づきました。その方とタブレットのあいだにスタッフが立つと、退けろと言うんです。スタッフも感じていなかった繊細なセンサーを持っていることがわかりました。その方は、ふだんよく強盗ごっこのようなことをしていて、ダンボールでつくった銃をスタッフに向けて強盗役になると、スタッフが人質役になって突然演劇がはじまるんですが、私たちは突然と感じていても、おそらくその方にとってはここぞというタイミングで仕掛けている。なにかを観るというツールがあることで、気づいていなかった利用者のセンサーを知ることができて、おもしろかったです。
板坂|空間を見てから機材の設置場所などを考えることが多かったと思います。すでに壁面が使われている状態だったので、長押や天井のような、残っている空間を探した印象が強いです。
ぬかつくるとこ・丹正|あまり話しながらではなく、ぼんやりだったり、じっと観ている人が多かったです。疑問に思うことがあればスタッフに聞いたりということはありましたね。タイ語と日本語の作品を別々に上映してみたのですが、それぞれでとらえ方が違ったようで、日本語じゃないほうが注目を集めたりしていました。ことばを意味ではなく音として鑑賞することでぬかびとさんの作品のとらえ方が変わって見えているようで、おもしろいなと思っていました。
板坂|どの場所でなにをするかを検討するなかで、お試しキットのフィードバックをもらったあとにアイデアを出す過程が、劇場をつくるラボの楽しい部分だと思います。「ぬかつくるとこ」は、夏休みの子どもたちがいるということで、より積極的に作品鑑賞を楽しんでもらうためにワークショップの要素を入れようと話し合ったこともおもしろかったです。
山川|観てもらうだけでない参加のしかたはもっと考えられるかもしれませんね。
渡辺|ふだんの生活のなかから劇場空間が発見されたということが印象的でした。そんなにひそやかに劇場があったんだと。最初に取組みを実施した施設でしたが劇場に行く楽しみとふだんの生活がうまくマッチするように場所を選ぶことで、いろんな劇場空間を発生させることができてよかったなと思います。
ぬかつくるとこ・丹正|「ぬかつくるとこ」では、ものづくりのアトリエということもあって、視聴機器の設置を意識的に避けてきました。
4. 安積愛育園(福島県)
美術館の様子を中継してみた
山川|今回は「安積愛育園」の数ある事業所の中から、多機能支援センターの「ビーボ」と、美術館の「はじまりの美術館」の2箇所で実施させていただきました。美術館というかたちで福祉施設とはべつの場所があることをどう利用するかがポイントでした。「はじまりの美術館」では「ビーボ」も含む全国の福祉施設でつくられた作品を展示していましたが、コロナや雪の影響で直接展示を見れないという状況だったので、タブレットのカメラを使って「ビーボ」の大広間と中継して、みんなでギャラリーツアーに参加するということをやってみました。映像や画面越しにできるコミュニケーションは、シンプルだけど一緒に作品を観るということがこんなに楽しいことなのかということを再発見できました。
安積愛育会・折笠|「ビーボ」には身体障害を持った方や自閉症の方などいろんな方がいますが、視覚障害の方に枕型スピーカーを渡したところ、もちろん耳でも聴こえていると思いますが、手で触って音を感じていました。そうした提供をいままでしてこなかったなという気づきがありましたね。
安積愛育会・小林|2拠点をつないだギャラリートークでは、実際に出品いただいている「ビーボ」の方にも展示を観ていただけてよかったです。こうした機会を持ったことがなかったので、こうやって美術館がやっていることを伝えることができるんだなと気づきました。これをきっかけに事業所をつないで美術館で実施していることをお伝えしたいなと思っています。
安積愛育会・折笠|映像の視聴機器としては普段はテレビがあるくらいですが、YouTubeを流して音楽を聞いていただいたりします。お昼休みにラジオ体操をするので、耳の聴こえない方のためにラジオ体操の映像を流して、一緒に体操をすることもありますので、映像鑑賞には馴染みがあると思います
安積愛育会・小林|法人内にラテンパーカッションのグループがあって、コロナ禍では「ピーボ」が練習場所になっています。遠方の方の場合は参加できないので、オンラインでつないでパーカッションの練習をしたりしていました。そのメンバーの方は、機器の操作にも慣れていたように思います。
梅原|ふだんから登山の格好をされている方がいて、プロジェクションしている映像を遠くからカメラを使ってバードウォッチングのように鑑賞されていて、とても個性的な反応だなと思いました。今回のようにいろんな上映方法を試したからこその鑑賞方法のように感じます。
渡辺|高いところにプロジェクターを設置しているスタッフさんをおもしろがってる利用者さんがいたというお話も印象的でした。
山川|劇場って仕込みの時間もすごく大事なので、いろんなプロセスのなかに劇場ってあるんだなと感じられましたね。
第3部のトークセッションの模様【「劇場をつくるラボ」とはなにか|「劇場をつくるラボ」公開報告会レポート 後編】はこちら