投稿日:2022/12/20
11月5日から7日に開催された「まるっとみんなで映画祭 2022 in NASU」最終日は、午前中に那須塩原市まちなか交流センター「くるる」での『まるっとみんなで勉強会』、夕方からART369 spaceにて太田信吾監督の映画『現代版 城崎にて』劇場公開前特別上映会が行われました。それらの様子をレポートします。
地域の課題を探り、イベントを通して解決するには
『まるっとみんなで勉強会』は、「まるっとみんなで映画祭 2022 in NASU」という上映会の実施を機に、今後の那須地域(那須塩原市、那須町)における「アート×観光×ソーシャルインクルージョン」の取り組みを推進し、より豊かな地域の魅力を育んでいくために必要なバリアフリーやアクセシビリティに関する新たなムーブメント・知見・課題を共有する、という目的で行われました。月曜日の午前中にも関わらず行政、観光、福祉、アート関係者など50人余りが集い、登壇者の皆さんの話に耳を傾けました。
冒頭、金森香映画祭実行委員長が「さまざまなお客様を招き入れようという意識を地域の皆さんと一緒に醸成することがとても大事だと考えています。今後もぜひ、那須地域での映画祭を継続したいと思っているので、本日お集まりいただいた事業者の皆さんの取り組み事例などを伺いながら、地域にどんな課題があるのか、どういうイベントに育っていけばいいのかなど意見交換ができればと思い、勉強会を企画しました。職域の違う方々ではありますが、掛け合わせることで化学反応が起きる可能性を感じており、そこにこそアートプロジェクトや映画祭が役に立てるのではないか、この勉強会をまずは出会いの場としたい」とあいさつしました。
続いて、登壇者の皆さんが20分という短い制限時間の中で次々とお話しされました。
目指すは誰でも“公平に”旅行ができる社会
トップバッターはNPO法人アクセシブル・ラボ代表理事の大塚訓平さん。大塚さんはご自身が車いすユーザーでもあるのですが、障害のある方とのコミュニケーションを重視するインクルーシブデザインの手法を用いて企業とコラボレーションしたり、コンサルティングやアドバイス、障害者と健常者が交わるようなイベントづくり、研修などをお仕事としています。テーマは「観光地が多様性社会に対して向き合うこと、できること-KNOW MORE DO MORE TELL MORE-」。
まず、2013〜2018年の厚労省の統計によると、手帳を交付されていない方を含め障害ある人が増え続けていること、東京都のアンケートで身体・精神・知的障害者の方があきらめていることの第1位が旅行や遠出であることを話されました。
「アクセシブル・ツーリズム(日本ではユニバーサル・ツーリズムと呼ばれることが多い)とは障害や高齢者が直面する移動やコミュニケーションにおける困難さを取り除き、ニーズに応えながら、誰もが旅を楽しめることを目指す取り組みです。ポイントはみんなに公平であること。公平とは、平等な配慮では取り残されてしまう人たちに対しても、その人それぞれの状況状態に応じて配慮をしていくことです。これを実現するのが対話。何に困っているかを知ることです。コミュニケーションからどういったことが公平な対応になるかを考えて、その場その人にあった配慮を施す必要があるのです」(大塚さん)
大塚さんご自身が現在旅行する中でも、一定要件を満たすホテルには車椅子用の部屋を1%以上(2019年9月改正バリアフリー法施行)用意することが義務付けられているものの、その部屋がネット予約の対象になっていないため金額が割安にならなかったり、ベッドの高さが高すぎたり、洗面台の下に膝を入れるスペースがないなど、課題が少なくないそうです。また旅行先に向かうにも、各鉄道会社で車椅子ユーザーの「乗り換えマニュアル」があって、やって来た電車にすぐに乗れないため、仲間と一緒に出かけるときには余分にかかる時間を見越して家を出る必要があるそうです。またチケットの購入も行き先の駅すべてに鉄道会社各社間で情報を共有しないと購入できず、窓口で1時間も待つことがあると言います。
「車椅子ユーザーだけではなく障害者は旅行する際に制度、時間、心理のバリアによって選択肢が限定的になりがちです。障害のある人が本人の力を発揮できるようにする障害理解(ハード面)、支援(ソフト面)の整備は確かに進んでいます。でも、障害のある当事者の力が弱い場合もあります。そういうときは障害理解(ハード面)、支援(ソフト面)を高めていくことで補い、バリアをなくしていくような社会になっていってほしい」(大塚さん)
ヨーロッパでは2015年〜2025年にアクセシブル・ツーリズム市場が最大880億ユーロ、11兆円もの収益を生むという論文が発表され、各国でアクセシビリティを向上させる取り組みが進んでいるそうです。
日本では、2018年の厚労省のデータによると、身体・知的・精神の障害者は936万6000人です。ここ5年のうちに全人口は81万人も減っているのに、障害者人口は148万7000人も増えている状況を踏まえ、大塚さんは「少子高齢化多様化の時代」と表現します。
さらに2024年6月3日には日本では新しく改正された「障害者差別解消法」が施行され、これまで民間事業者には努力義務とされていた合理的配慮の提供が義務化されます。だからこそ当事者とのコミュニケーションが重要になり、公平にバリアを取り除いていくことが大事、ということで二つの言葉を提案されました。
「KNOW MORE DO MORE TELL MORE」
「“ハード”のバリアを“ハート”で解消する」
最初の言葉は、社会の側にある障害や、障害のある人について「もっと知って、もっと行動して、もっと伝えよう」、二つ目の言葉は「バリアを完璧に取り除くことは不可能です。そのぶん観光地からの事前の情報発信は重要になりますし、困っている人を見かけたら迷わずに行動に移してほしい」との思いが込められています。
アートやアーティストによって地域の魅力を再発見
アイランドジャパン株式会社/代表取締役の伊藤悠さんは東京・原宿で「HARUKAITO by island」というギャラリーを運営したり、数々のアート企画のプロデュースをしています。「地域におけるアーティストの関わり・コミュニティづくり」のテーマについて話してくださいました。
「ある鉄工所の方と出会ったのがきっかけで鉄工所の一部をアーティストのアトリエにしようという企画に携わったんです。アーティストは制作する場に困っていることが多いし、ブルックリンなど海外では鉄工所のある地区でアーティストが滞在制作したりしていて、(日本人アーティストとの)作品のスケールの違いを感じていました。じゃあクラウドファンディングをやってみて、目標を超えたらやってみようということでスタートしたのがBUCKLE KÔBÔ(バックル工房)。支援いただいたお金はリノベーションに使いました。BUCKLE KÔBÔに出入りしていた漫画家・根本敬さんが、会田誠さんのアドバイスを受けて、個人の意志を超えた大きな何かに突き動かされてピカソの《ゲルニカ》と同サイズ(349×777cm)の絵画を描くというプロジェクトが始まりました。作品の完成披露をしようということになったのですが、それが「鉄工所fes」につながっていったわけです。この鉄工所のある地域はものづくりの場でしたが、数年でゴミ処理場のある地域に変わってしまった。そういう現状をfesのお客様に感じてもらえたらという思いがありました」(伊藤さん)
その活動を応援してくれていたのが「モノだけではなく、価値をお預かりする」を理念に、ワインやアートなども保管する事業を展開している寺田倉庫でした。当時の中野善壽社長は代替わり後、有名な温泉地・熱海のACAO SPA & RESORT株式会社の会長に就任されました。しかし熱海のホテルはバブル期に建てられたものが多く、コロナ禍もあって、空いている部屋が多かったのです。すると中野さんから「部屋を使って何かできないか」と相談された伊藤さんが仕掛けたのがホテルでの滞在制作です。
「熱海は海があるし、山があるし、気持ちがいい場所なんです。でも熱海の人が熱海の魅力がわからなくなっているので、アーティストに熱海の魅力を再発見してもらおうということで、『PROJECT ATAMI』がスタートしました。アーティストにはこれをやってほしいということは言わないのですが、勝手に面白い場所を見つけてくれたり、熱海に関連する作品をつくってくれる。それを熱海の人も面白がってくれているんです。11月のタイミングはそれまで滞在したアーティストの作品50点ほどがいっぺんに見られるようになっています」(伊藤さん)
現在ではPROJECT ATAMIは2本柱で行われています。一つは今語られた滞在制作『ACAO ART RESIDENCE』。もう一つは熱海でやりたいプランを公募する『ATAMI ART GRANT』。今年のATAMI ART GRANT 2022「渦- Spiral ATAMI」は約200組の応募から30組が選ばれ展示を行いました。温泉がてら、熱海に行ってみたくなりますね。
ドリームナイト・アット・ザ・ズーで障害ある方など1000人以上の来場者を集める「那須どうぶつ王国」
那須どうぶつ王国は『まるっとみんなで映画祭 2022 in NASU』の「まるっとみんなでバスツアー」の訪問地の一つで、バリアフリーを意識した取り組みに力を入れている人気の動物園です。那須どうぶつ王国/総支配人の鈴木和也さんは、「ドリームナイト事業・障害者対応とレジャー施設」と題して、毎年6月第1金曜日、障害のある方やそのご家族を夕方5時から9時までスタッフ総出でお迎えするイベント『ドリームナイト・アット・ザ・ズー』についてお話ししてくださいました。
ドリームナイト・アット・ザ・ズーは1996年にロッテルダムの動物園が、がんを患っているお子さんとそのご家族を対象にスタートしたイベントです。日本でも現在、約20の動物園・水族館が取り組んでいます。夜のイベントなので非日常を感じられる楽しさがあります。那須どうぶつ王国では、2019年には1132名の来場者がありました(2020〜2022年はコロナ禍のため未実施)。 43万平米という広い敷地の半分を開放し、当日はスタッフ80名全員が総出で障害のある方のおもてなしをします。また国際医療福祉大学の学生もボランティアで参加しています。50万円ほどの費用はすべて地域の企業や美容院などの協賛で成り立っており、鈴木さんは「ご理解いただけているのは、大変ありがたいことです」と感謝を語られました。
また、「障害をお持ちの方にとって動物とのふれあいは介在効果があるんです。特に馬は人気があります。大きな背中に乗ったりブラッシングしたりすることで、表情だったり温もりが感じられる。“気兼ねなく楽しめた” “こんなに幸せな気持ちになったのは初めて”など、うれしい感想をいただきます。でも実際はこのイベントは我々自身がサービス業の原点に帰ることができ、いろいろな気づきをいただいているのです。そして次の取り組みへのモチベーションにもなっているんです」(鈴木さん)とも。
同時に、動物園や水族館が「動物福祉」という観点から転機を迎えているお話も興味深いものでした。
「動物が精神的、身体的に十分、健康的で幸福で、環境とも調和していることを目指す生物多様化に関する条約(英語略称CBD)が1993年に発効されました。条約での取り決め、戦略目標、SDGsという世界的な流れの中で、2020年の世界動物園水族館協会で動物福祉評価基準の確立、ふれあいのガイドラインをつくろうなどいろいろな課題があがりました。たとえばお客様と動物のふれあい体験でも、カピパラの場合は8時間のうち、3回休憩があり、実動は4時間としています。それは動物のストレスの緩和が目的で、動物の福祉の観点で非常に重要なのです。人気のバードパフォーマンスも、鳥にとって一番自然と調和した環境は飛ぶことなので、そのものをショーにもしていることで、お客様に見ていただく目的と同時に、動物たちにとっては健康であったり、ストレスを軽減することにつながるのです。もう一つの大きな課題は保全。8月には中央アルプスに雷鳥をヘリコプターで輸送しました。こうした動物福祉や保全は動物園の使命、役割として重要になってきているんです」(鈴木さん)
動物園も動物を通して、私たちが置かれた現在の環境、SDGs、地域との取り組みなどいろいろな気づきを与えてくれ、理解を深めていける場でもあるのです。
人気のお菓子が社会の課題を解決し、笑顔を創出する
「農業×福祉 ファクトリーが目指す地域社会」というテーマで語ってくださったのは、株式会社バターのいとこ/サービス管理責任者の小宅泰恵さんです。「バターのいとこ」は食べ進めるごとに変わる“ふわっ・シャリッ・とろっ”の3つの食感が新しく、ミルキーなジャムの美味しさも相まって、話題を呼んでいる那須生まれのお菓子です。あっという間に売り切れてしまう人気ぶりで、ネット販売が6カ月待ちになっていたことも。
「私たちは自分たちの牧場でつくった牛乳から自分たちでバターをつくりたいという思いがありました。一方で、バターをつくる工程で牛乳の90%がスキムミルク(無脂肪乳)になり、これが安く売られたり、多くが捨てられているという問題もありました。そこで、このスキムミルクに付加価値をつけるべく、ジャムにしてお菓子に組み替えることで、採算性を上げ、無駄が減らせる、そんなふうに生まれたのがバターのいとこです。バターをつくるために生まれたので、“いとこ”という名前になりました。お菓子をつくることで農家の抱える問題を解決し、観光客に購入していただくことで地域の活性化にもつながりました」(小宅さん)
実は人気のお菓子の背景には、もう一つ素敵な取り組みがあったのです。
「株式会社バターのいとこは、障害者A型就労支援施設でもあるんです。それまで那須には作業所はあったものの、就労支援の場がなかったため、障害のある人の雇用を生み出したいという思いからスタートしました。障害のある登録者は34人、バターのいとこでは平均で20〜25人ほどが作業をしています。薬の都合で午前中は動きにくい人は午後から、別の会社での就労を目指す人には働く時間を増やしたり、利用時間も個別の事情により延長や短縮もしています。製造はほぼほぼ手作業で、細分化しており、作業がわかりやすいおかげでこうしたやり方ができるのです。そして、それは幼稚園に子どもを預けられず長い時間働けないお母さんたち、農閑期の農家の方々にも自由な時間に出勤できる取り組みを可能にしています」
地域に暮らす人が幸せになり、そこで生み出されたお菓子が評判を呼び、観光客もやってくる。みんなが笑顔に、そして幸せになるバターのいとこの取り組みは、さまざまな場所でヒントにもなりそうです。
視覚障害のある方のための歩行ナビゲーション『あしらせ』が目的地をつくる
栃木県宇都宮と都内に拠点を置く株式会社Ashirase/代表取締役CEOの千野歩さんは、もともとホンダの研究所に勤務されていたそうです。奥様のお祖母様が歩いている最中に川に落ちて亡くなったことをきっかけに、仲間を募って株式会社Ashiraseを立ち上げ、視覚障害のある方のための歩行ナビゲーション『あしらせ』の開発を始められました。お話のテーマは「Ashirase ができること・目指す未来・観光地やレジャー施設における可能性」です。
「始まりは歩くことをモビリティと捉えれば、もっといろいろなことができるんじゃないかと思ったことでした。視覚障害のある方は約160万人、全盲の方はそのうち2割いらっしゃると言われています。たくさんの方とお話しさせていただく中で、本当に細かい課題があることがわかりました。ハードに関する課題もありますが、私たちはハードだけでは賄いきれない、解決しきれない課題に対してテクノロジーの力を使ってアプローチしていくという手段をとっています。視覚障害のある方は本当にさまざまな情報を取得して歩いていらっしゃる。また安全にばかり注意しても目的地まで一人で歩くことが難しいわけです。『あしらせ』は安全な情報をお知らせしているわけではなく、道順をできるだけ直感的、無意識的に決めていくことで、視覚障害の方の情報整理の仕事の数を減らして、自分の力で安全を確認して歩くことのできる環境を整え、間接的に安全を底上げしていくというコンセプトで、つくっています」(千野さん)
『あしらせ』は靴に取り付けるハードウェアとスマホを連動させながら、靴の内部で振動を起こして視覚障害者を誘導していくというプロダクト。足の裏は神経が鈍く、また点字ブロックなどを確認するため、試行錯誤の末に足の甲、側面、かかとと3カ所から立体的に情報を伝えているそうです。
千野さんたちは当事者の方々とのコミュニケーションを非常に大切にし、当事者の皆さんの意見をプロダクトの中に取り入れることをミッションにしています。ある当事者の方から「今まで歩いて行ける、行けないの話をするときは仕事場やどうしても行かなければいけないところを想定して議論してきた。でも『あしらせ』は行く必要のなかった場所、行けなかった場所に行ってみようと思えるプロダクトだ」という言葉をいただいたそうです。
「『あしらせ』は視覚障害者の方が直感的に理解できる情報をつくっていくことと、それをどう伝えていくかということに特化して開発をしているんです。なぜ足かと言えば、いろいろなインターベースを確認しているからでもあるんですが、視覚障害のある方が道で不安にならないように、今までのように安全の確認をするにはどこでなら情報を理解できるのか、生活の中に溶け込んで使えるのかを実験する中で、足に可能性があるということがわかってきたんです。マイナスをゼロにしていくという感覚よりは、今の当事者の方々の状況をゼロとした場合どれだけプラスにしていかれるのかをディスカッションして開発につなげてきました」(千野さん)
観光とアートを通じて考える、インクルーシブ社会への挑戦
後半は、建築家/横浜国立大学准教授の藤原徹平さんの司会でクロストークが行われました。藤原さんはTHEATRE for ALLを運営する株式会社precog/代表取締役社長の中村茜、映画祭実行委員長でTHEATRE for ALLのディレクターでもある金森と一般社団法人ドリフターズ・インターナショナル(以降ドリフターズ)を立ち上げたメンバーの一人。ドリフターズは、2009年〜10年にかけて那須高原の広大な自然の中で、ファッション、音楽、アートなど、さまざまなパフォーマンスを繰り広げる芸術祭『スペクタクル・イン・ザ・ファーム』を立ち上げたことがきっかけで発足した団体でもあります。
金森は「芸術祭は残念ながら東日本大震災のために継続が難しくなってしまったのですが、地域の実行委員の方々とは今でもつながっていて、“いつかまたここで”という思いがありました。当時の実行委員のお一人が、“観光・農業・福祉を結ぶ、持続可能なまちづくり”を掲げるGOOD NEWSを立ち上げられたことにも刺激を受けました。さらに奈良美智さんの私設美術館『N’s YARD』や、小学校を障害者の就労継続支援事業としてリニューアルして食事とアートを楽しめる『北風と太陽』ができたりで、今こそ改めて『まるっとみんなで映画祭』をぜひ開催したい」と考えたそう。オンラインを飛び出して那須の地で上映会を開いたのは、観光とアートと福祉のプレイヤーがそろい、THEATRE for ALLの理念と協働できる可能性が高まったからかもしれません。 藤原さんも「久しぶりに那須に戻って来れてうれしいです。公開勉強会という形でいろいろなジャンルの方と出会えたのも楽しみ」とあいさつしました。
藤原さん:「大塚さんのお話にあった“少子高齢化多様化の時代”という表現はたいへん腑に落ちました。今我々はまさにインクルーシブに向き合う必要がある、ということだと思いました。那須塩原市にとって観光は重要なターム。観光というのは、「光を観に行く」と書く。それぞれの人にとって、価値があるものを見に行くことなんだと思います。都会に暮らす人が自然の空気を吸いたいと思うのも、自然豊かな環境に暮らす人がおしゃれな服を買いに行きたいと思うのも、自分の日常にないもの=光を探しに行く行為、それが観光。アートも重要なツールで、美術館に行くとか、寺院に行くのも日常にはない特別な時間なんだと思います」
大塚さん:「今日はインクルーシブがテーマになっていましたが、ユニバーサルと言われたりバリアフリーと言われたり言葉自体が一人歩きしてしまって、本質が理解されていない現状があると思います。寺田倉庫の中野さんがテレビで“コピーできるものは本物に勝る力がある”と話されていたんです。僕はインクルーシブという単語にもとりあえず飛びついてもいいと思う。そこからいろいろいいものを知って、真似するところからオリジナルをつくっていく、それは観光についても重要だと思う。藤原さんは観光は光を見にいく行為とおっしゃいましたが、車椅子ユーザーが観光しにいくと、光が見えないことがほとんど。段差があったり、トイレがなかったり、駐車場がなかったり、困りごとがたくさん発生する。街全体、仕掛ける人や団体が議論しながら当事者を巻き込んで、ローンチまで導いていく伴走型が大事だと再確認しました」
伊藤さん:「私も臨月なんですけど、席を譲ってくれる人もいたりいなかったり。感じ方が違ったり、見え方が違ったり、いろいろな人がいることが社会の前提になっているといいのかなと思います。アーティストやその作品の役割は、それらを媒介に違う人がいるということが伝えられる、想像できるという意味で非常に大事だと思います」
藤原さん:「全盲の白鳥さんの映画の中で、白鳥さんに対して同伴者2人が、目の前に見えているものを言葉で描写していくという鑑賞スタイルを見ました。白鳥さんにとっては落語かラジオのようなものなのかもしれません。聞いている話から、イメージなのか概念なのか、白鳥さんの中で何かが構築されているんだと思います。もしかしたら白鳥さんは20〜30分かけて絵を一枚見るという体験から、創造的対話の場をつくろうとしているのかもしれません。絵というのは人によって見方が違うんだけど、その違いが詳細に描写されることで言語空間として鮮やかに現れる感じがすごく面白い。それが見えない人にとっては面白いことなんじゃないかと。つまりみんな見えているようで見えていないということがわかるから。同じように見て、同じように見えないということは誰も見えていないということだから。アートというものが複雑な言語性を持つからこそ起きうることで、そのことを初めて実感しました」
金森:「目の見えない白鳥さんの世界を知ることで、こちらの世界も豊かになる。間にアートが入ることで関係性が変わってくる、フラットになると感じました」
千野さん:「『あしらせ』の靴の中で3カ所が振動するという感覚がわからないので、いろいろな人に履いて試してもらうんですけど、さまざまな感想をもらえるのは面白いし、ヒントになります。投資家の方々からよく一般の人に向けてやればということを言われるんです。でも僕は一般向けとインクルーシブ・デザインとを同時に開発して成功した事例はあまりないと思っていて。少なくとも僕は視覚障害者の方に掛け合わせるものをつくり、面白くなっていけばいいと思うんです。そして障害のある方はホスピタリティの高い場所へは何度も行かれるということもあり、いろいろなジャンルの方々とつながれるのが僕らのプロダクトの特徴でもあると思うんです」
鈴木さん:「Ashiraseさんとはどうぶつ王国でも実験をやらせていただきたいなあと思いました。今、ワンヘルスという言葉があって。それは動物だけではなく人間を含めた生態系すべてを守るという考え方。動物園・水族館はそのための重要な役割も果たす場所であり、世界的に一丸となって取り組んでいます。大塚さんのアクセシブル・ツーリズムも同じ循環の中で動いていることをすごく実感しました。 観光施設の可能性で言えば、このエリアを自転車で盛り上げようと、“サイクリストの方ウエルカム”の象徴として、那須に200カ所ほどサイクルスタンドをつくったんです。するとわかりやすいコミュニケーションができた。同様に障害のある方が気軽に立ち寄れるような雰囲気づくりを考えたときに、サイクルスタンドのようなわかりやすいものがあれば、非常に地域としても取り組みやすいと思います。 潜在的に旅行に行きたいけど行けない方が多いというデータを示していただきましたけど、地域を盛り上げるには大事なデータだと思います。今は動物もまさに多様化の時代。同じ種類であっても遺伝的多様性があるんです。人間と同じで全然違う。その多様性をどう理解していただくかも動物園や水族館の取り組みのひとつですし、地域の中で共通して取り組める課題だと思います。芸術祭や映画祭をどうぶつ王国でやっていただくことで、障害のある方が集まって、そこに動物が介在すると本当に日常とは違う世界ができ上がる。そういう場の力を引き出してくれという意味で、アートや福祉は重要なファクターだと思います」
小宅さん:「うちは就労支援施設、福祉施設ですが、お菓子を知っていただく機会が増えたことから一般採用も増えました。そのときに皆さんにお話しするのは、いろいろな背景を持った方が一緒に働いているけれど、障害があるからと構えてほしくはないということ。意識すると隔たりができたり、コミュニケーションがうまくいかなくなってしまう。思いやる心を持って互いを尊敬しながら仕事をしてくださいという話をしています。もちろんそれだけではうまくいかないから双方に配慮したり、定期的に研修もします。しかし日常的には障害の有無を意識しないで一人ひとりが考え、お互い助け合いながら仕事をしてもらっています。そうすることで支援の仕方を工夫してくれるし、障害のある方もこうしてもらえれば助かると自分から言えるようになってきています」
千野さん:「それはいい循環ですよね。『あしらせ』は行動を広げるということにフォーカスを当てているのですが、将来的には就労支援を伸ばしていくことも目指していきたいです」
藤原さん:「皆さんの取り組みは、行政にとっての経済の可能性でもあるということですね。すごく意味を持っている。それを理解していただいて同時に文化的な豊かさ、地域の人間の豊かさ、経済の豊かさをつくり上げていくことを問うていきたいですね」
クロストークに参加した皆さんは、それぞれ日常的に活動するジャンルは違いますが、そのお話からは「理念で共通する部分」をたくさん発見できました。そしてもし、登壇者の方々の取り組みが掛け算できたとしたら、もっとさまざまな当事者への広がりが出てくる可能性も感じられました。『まるっとみんなで映画祭 in NASU』はその媒介でありたいと改めて思いました。
『現代版 城崎にて』を通して、多様なバリアフリーを体験
夕方からは黒磯駅から徒歩3分のところにある、「街音 matinee」というゲストハウスの1階にスペースを構える「ART369 space」にて、上映作品はゆうばり国際ファンタスティック映画祭で優秀芸術賞を受賞した太田信吾監督の最新作『現代版 城崎にて』の劇場公開に先駆けた特別上映会が実施されました。
「ART369」は黒磯駅周辺から板室温泉までの板室街道を沿いの地域をアートで盛り上げるというプロジェクトで、「ART369 space」はその拠点の一つです。コンパクトな空間ですが、日常的には展示やミーティングなどの場として活用されています。小さなスクリーンを張り、椅子を並べ上映会場に早変わりしました。
17時から「音声ガイド版」、そして18時30分からは「バリアフリー日本語字幕版」が上映されました。
主人公はフランスで活動する俳優、縫(ぬい)。ヨーロッパでコロナ陽性者が爆発的に増える中、共演者だった男性俳優がコロナ感染で亡くした縫は「なぜ自分だけ生き残ってしまったのか」と悩み、心を癒しに城崎温泉にやってきます。混在する生と死、生き物の不思議な形、フランス語のセリフ、唄、夏の木漏れ日も波の音もすべてが生々しく、生きることのエロティシズムが漂ってきます。
「音声ガイド版」は監督の太田さんによるナレーション。淡々とした状況説明が、原作が小説だったことを彷彿とさせます。「バリアフリー日本語字幕版」はキレのある字幕が画面の下の方に流れていきます。「音声ガイド版」「バリアフリー日本語字幕版」ともに太田監督の言葉の選び方を感じることができました。
ネットワークを広げ、次なる機会へのステップを感じた3日間
『まるっとみんなで映画祭 2022 in NASU』は3日とも秋晴れに恵まれ、紅葉に彩られたさわやかな那須の風景を楽しみながらのイベントになりました。各プログラムによってもちろんバランスは違いますが、子どもさんから大人、高齢の方まで、そして多様な障害のある方が一緒に集う時空間が実現しました。5、6日に見られたハレの風景を、そして次回にどうつなげ、広げていけるかの思考を巡らせた7日の勉強会。登壇された皆さんの取り組みは、どれもワクワクするほど可能性を感じるものばかりでした。ジャンルは違えど決して離れた者同士ではなく、同じ思いを持って隣で活動している、すぐ手をつなげそうな人たちなのです。『まるっとみんなで映画祭』が媒介となって、次回はもう一回り大きな輪をつくれそうな予感がしました。