投稿日:2023/03/10
インクルーシブな映画祭を考えることは、自分が住みたい社会のモデルをつくること
軽井沢を中心とした長野県東信地域でインクルーシブな映画祭をつくろうという合言葉のもとに始動した運営チーム、「まるっとみんなの調査団」。2022年9月に行われたキックオフミーティング以来、そのアイデアを練り続け、導き出した企画の報告会が2023年2月18日(土)に中軽井沢駅舎にある軽井沢町立図書館多目的ホールで行われた。Theatre for ALLを運営するprecogの代表・中村茜をリーダーに、高校生から人生のベテランまで、生粋の地元っ子もいれば、移住組、さらにはわざわざミーティングのたびに都内から駆けつけてくれた人など、総勢14人のメンバーが力強く企画に込めた想いを発表した。
『まるっとみんなで調査団』の歩み
[2022]
- 9.18 キックオフミーティング
- 10.14 軽井沢病院院長・稲葉俊郎さんへのヒアリング
- 11.26 NPO法人リベルテ・武捨和貴さん&佃梓さん、犀の角・荒井洋文さん&伊藤茶色さんへのヒアリング
- 12.5 インターナショナルスクール「UWC ISAK」学生さんへのヒアリング
- 12.11 ほっちのロッヂ・坂井雄貴さんへのヒアリング
[2023]
- 1.22 企画会議
- 2.5 企画会議
- 2.18 企画報告会
冒頭、中村からプロジェクトの経緯の紹介があった。 「国籍、世代、性、障害などの違いを乗り越えて、いろいろな人たちが混ざり合って楽しめる映画祭を目指して私たちは始動。居心地がいい映画祭ってどうなんだろう?と、地域の医療や福祉、教育のプロフェッショナルの皆さんを訪ね、インクルーシブの秘訣を考え、企画を検討しました。あなたにとってのバリアは? これはキックオフの際に私がメンバーに投げかけた問いです。バリアは何も障害のある人だけにあるものではありません。私たちも何かしらバリアを持っているものです。この問いをみんなが当事者として考えていけたらいいなあということをテーマにしています」
ここで示されたのは、障害者手帳を持っている人はこの10年間で300万人増えているという資料。そのうち90パーセントの人が文化芸術に興味があるのにも関わらず、何かしらのバリアによって触れる機会から遠ざかっている現状だった。さらに子育て世代、在留外国人などにもバリアがある。そうした層を含めると、人口の45パーセンの方々は何かしらのバリアを抱えているというものだ。
「私はパフォーミングアーツをプロデュースしてきた人間として、あまりにもファンだけに向けてつくってきたことに、ここ数年とても反省しています。もっと広く皆さんに楽しんでいる場をつくっていかなければいけないと活動を始めました」
そこで飛び出したのが「広場×味噌屋=劇場」定義づけだ。なんだこれは?!
「人が芸術を通じて集まる場が広場的に機能したら理想。そして味噌屋は大概の街にはあって、料亭から庶民まで欠かせない調味料として地域に浸透しています。これを裏返すと、国籍、世代、性、障害などに関係なくいろいろな人に必要な場だと言うことができます。さらに味噌は土地土地の風土、水によって特有の味になります。文化芸術も地域特有の醍醐味のあるものを生み出していきたい。もう一つは伝統であり同時代でもあるということ。伝統芸能や地域文化の継承は大事なことですが、さらに同時代になって更新されていくことも重要です。芸術の場は流行り廃りではなく何10年もかけて成熟させていくものなので」
ユニバーサルだ、インクルーシブだと同じようなカタカナ英語が時に飛び交うが、味噌や広場は実はしっくりくる言葉かもしれないと、思った。また難しい言葉になるが、このコメントに込められているのは「社会参加を実践する場」「ソーシャルインクルージョンを体験する場」「地域の固有性を伝承し新陳代謝を促す場」という考え方で、それを大事に映画祭をやってみたいという提案がキックオフでは共有がされた。
さらに映画祭企画を考えるにあたり、3つの条件が提示された。
- 映画鑑賞だけでないほかの入口をつくる
- 表現活動に触れられる機会をつくる
- 作品を撮るのではなく、体験の環境をデザインする
そしていよいよ5チームの調査団の発表が行われた。制限時間は5分。みんな早口でプレゼンした。
【中軽井沢】チーム
「みんなをつなぐステーション」をテーマに、違いがあることに重きを置いて、それが当たり前の環境として、全ての人が思い思いに楽しめる冬祭りを設計。さらに①物理的に東信地域をつなぐ、②UWCISAK JP、学校、図書館、上田映劇、コミュニティをつなぐ、③通りに並ぶ出店で街と会場をつなぐを柱に、そこにまつわる、さまざまな企画・イベントが提案された。
【ドキュメント軽井沢】チーム
調査団でインタビューした経験から、軽井沢に住むさまざまな人の背景を持つ本音を聞き取り、一つのドキュメントとして完成させる。テーマは「軽井沢ブランドの裏にある素顔、生きづらさの可視化する」。聞き手、話し手、鑑賞者それぞれの立場から知る、他者理解によってさまざまなバリアを溶かし、「屋根のない病院」が広げていきたい。ドキュメンタリー映画を観たら、お薬手帳に感想を書いて「ことばのくすり」として軽井沢中に広げていく。
【UWCISAK JP】チーム
映画クラブの二人が地元のコミュニティで映画に参加するイベントを企画したいと参加。大人のための1日、子どものための1日。大人の日にはLGBTQをテーマにディスカッションしたい。子どもの日はワークショップとしてアイデンティティについて考え、それをショートフィルムで表現する。いろんな愛があることを伝える、幼い時期にアイデンティティについて考えることを目指す。
【シアタクシー】チーム
日常で当事者意識を忘れないでいることは難しいけれど、とっても大事なこと。タクシーを映画館と見たて、移動を目的としたさまざまな当事者に軽井沢の物語を映像や音声で伝える。タクシーは移住者、地元民、別荘族、観光客、それぞれの人に開かれた移動手段。移動中に流すコンテンツはUWCISAK JP、軽井沢高校、軽井沢の人たちにつくってほしい。
【しな鉄】チーム
軽井沢と上田、映画を上映する拠点同士をつなぐ「しなの鉄道」を活用し、電車の中でインクルーシブな、映画にまつわる試みを行うというアイデア。通常運行の列車を使ったプレイベント、ロケ地や作家の縁の場所を尋ねる聖地巡礼など。映画祭期間に貸切にした列車を使った作品についてのトークイベント、子どもたちだけで移動して映画を観にいく企画など。観光列車・ろくもんを使った、映画を軸にした街コン、ワークショップ、インクルーシブなトークイベントなど。ほかにイベントをつなぐ、軽井沢ツアー、ヒントを集めながらの謎解きゲームなど。
インタビューをお願いした関係者、興味を持ってやってきたお客様、軽井沢の文化、教育関係の皆さんなど50人ほどが集まった会場は、予想以上の発表内容に皆さんテンションが高まっているよう。「出会うまでを考える企画だから出会ってなってからどんな化学反応が起きるか楽しみですね」「他者を知って自分を知るというアイデアが若い人から衝撃だった、そういうきっかけを与えてくれる場になるのは素晴らしい。ひいては大人も同様に考える場になったら面白い」「自分の中に差別の心はないかなってシンプルに考えた」などの感想が聞かれた。
今日はまだ最初の一歩、出会った人びとのサジェスチョンをプロセスに乗せて、関係性をつなげてほしい
第二部は、ゲストによるクロストーク。学校に行きにくい・行かない子どもたちの新たな「居場所」と注目を集めている「うえだ子どもシネマクラブ」を運営する上田映劇の直井恵さん、芸術文化活動も日常の支援に取り入れている軽井沢の障害者支援施設「浅間学園」施設長の原田修さん、人びとや国、文化を結びつけて平和や持続可能な未来を教育で目指すUWCISAK JPのマシューさん(校長先生?)が登壇。信州アーツカウンシルの野村政之さん、中村リーダーが司会をした。
冒頭、野村さんが「アーツカウンシルでやっていることは文化芸術の担い手を支援することですが、助成事業を募集する際に強調しているのが、地域の中で新たな連携をつくるプロジェクトをお願いしますということ。本日のプレゼンを聞いていて、インクルーシブという言葉が、まさにこの地域にある、いろいろな種類の団体を結びつけるキーワードだなとよくわかりました。さまざまなセクター、プレイヤーをつぶさに見てどうつなげるかを考え、さらに軽井沢だけではなく東信地方としての上田市、それを物理的につなぐ「しなの鉄道」という広がりに着目したことはとても大事だと思います。この地域はすごくラジカルで、多様、多元的。それを結びつけるアートや映画祭、イベントってなんなんだろう。プレゼンを深め磨いていくトークが必要だなと思いました」と呼びかけた。
原田さん 浅間学園では利用者さんが日々新しい作品をつくり出しています。そのことによって利用者さん自身が生きていて良かったと感じることが僕らとしては重要です。アートはそれを観た人の人生を変えてしまう瞬間があると思うのですが、私も利用者さんの作品のおかげで価値観が変わった、何か教えてもらったということは頻繁にあり、そうした作品をどうしたら多くの方に見てもらえるか考えていました。展示などもしていますが、今日の発表のように美術館で見るものだけが美術ではない、カテゴライズされていないところに置く可能性を考えていたわけです。それが絵を貸し出すプログラムになりました。「カワイイコに旅をさせたい!」企画と言います。カワイイコは旅にいって、また仲間を連れて帰ってくるということです。町内ではプリンスグランドリゾート軽井沢さん、タイ料理屋さん、居酒屋さんなどに旅しています。作品をご覧になったお客さんの感想などを循環させて、最終的には利用者さんのところに、お金じゃないけれど一つの価値が返ってくるという取り組みです」
直井さん 上田では、上田映劇の「うえだ子どもシネマクラブ」ともに、ゲストハウスを併設している小劇場「犀の角」でも「のきした」という活動がコロナ禍で始まりました。生活苦などいろいろな困りごとの相談を請け負っているNPOがあって、そこのメンバーさんがコロナ禍で女性の相談が爆発的に増えて、窓口がパンクしそうだ教えてくれたことがきっかけです。そのころ犀の角でも旅人などが来なくなってゲストハウスが空いてしまっていたんです。その部屋を緊急的な宿として活用できないかと「ヤドカリ」プロジェクトがスタートしました。そういう機会に、劇場がそれまでと同じようなことをやっていっても難しいだろうということで、街に開いてみたらこうなったという動きです。今まさに変化の中にいると思いますし、これで安定していくのかどうか、本当に一つ一つのプロジェクトを見極めながら動いている状況です。上田はNPO法人のリベルテさん、上田映劇も犀の角も徒歩でも回れるんですね。どこかに誰かがいる。日常の中に出会う場があるんです。いろいろな子が街に出てきてくれたことで、上田映劇も居場所になってきた。これからまたまだ何かが始まりそうです。
中村リーダー 調査団で上田に行ったときに面白く感じたのは、点が線になってまちづくりになっている。リベルテさんも民家を活用しているし、犀の角も上田映劇も住宅街のそばにあるんです。暮らしと寄り添ったあり方だなと参考になりました。映画祭のあり方も、打ち上げ花火的に大きなこともできますが、そうじゃないアプローチに気づかせていただきました。それによって、たとえば電車の中みたいな小さな空間でもいいよねという合意が調査団メンバーにもできたんです。
マシューさん UWCISAK JPのUWCはユナイテッド・ワールド・カレッジの略称で世界中に18ある学校のネットワーク。UWCで重視していることの一つが、ダイバーシティです。教育と聞くと教室の中で先生と生徒がいるということを想像しがちですが、もっと広くいろいろなところで起きているものです。会話することも、今日のように地域のイベントに参加することも教育の一つです。UWCISAK JPは全寮制、日本人の学生も教職員もキャンパスに住んでいます。意図的に多様性が生まれるように、意図してさまざまなバックグラウンドのある生徒を集めています。63カ国185人の生徒が在籍しています。そのうち25パーセントが日本の生徒です。宗教も経済もLGBTQにも非常にオープンです。紛争地出身の生徒もおります。生徒たちはあらゆる面でまったく違う人たちと暮らすという体験をします。緊密な環境の中で共存を探さねばなりません。そして意図的にイベントやフォーラム、ディスカッション、各国のお祭りなどでインクルーシブを考える場を用意しています。また生徒たちはさまざまな芸術文化を通じてダイバーシティを認める体験もしています。こう話すとUWCISAK JPは先を行っていると印象を持たれることがあると思いますが、コミュニケーションというのはお互いが常に学び合うものです。実際は私も異国に来て、この国についていろいろと学ぶこともあります。最後にUWCISAK JPは多様性がある場ですが、拠点とする軽井沢自身が多様性のあるコミュニティです。生徒たちは小さなバブルの中に閉じこもっているのではなく、軽井沢の人たちと交流し、自分たちの多様性をシェアし、軽井沢の多様性も体験したいと思っています。特にアートのイベント、インクルーシブをテーマにした『まるっとみんなで調査団』は素敵な取り組みだと感じました。
MORAさん UWCISAK JPの生徒たちはキャンパスに閉じこもっているだけではなく、軽井沢と、地域の人と交流したいという強い思いを持っています。アートを熱心に取り組んでいる子もたくさんいて、言葉は必要なコミュニケーションをしています。
NIKOさん UWCISAK JP で生活していると「特権」という言葉が会話の中に出てきます。それはUWCISAK JPに集う人のほとんどが、自分の特権をすごく理解しているからです。たとえば白人が持っている肌の色の特権だったり、男性が持っている特権だったり、いろいろな特権がありますが、そういう特権を持って生まれてきた人間として、付随する責任について考えているということです。つまり互いのギャップをどう埋めるかを考えているのです。いろいろなプロジェクト、地域にどう貢献できるか、行動を起こす生徒も多いと思います。もう一つは、多様な環境であることが、どれだけいろいろなものを得てきたかを理解しています。それをほかの人にも経験してほしい、ほかのところももっと多様になってほしいと思っているのです。
直井さん 特権という概念は素晴らしいと思いました。日本では特権がネガティブなものとして捉えられがちですから、まずはそこからのスタートなんですよね。映画も世界の話題を扱うものなので、映画の中では普通のことが、日本の現実では全然追いついていない。それを特権として捉えられるだけで全然違う、その子が変われば私はこうだと言える、その瞬間をいかにたくさんつくるかが大事だと思います。
野村さん このプロセスに沿わせて言うと、来年度は、「まるっとみんなで映画祭」を軽井沢や東信地域で実現するという目標があるわけですが、そこに向けて企画を完成させていくことは実はまだプロセスの入口に立ったに過ぎません。映画祭を一回やることはプロセスの次の段階にすぎないのです。今日さまざまな方からいただいたサジェスチョンをプロセスに乗っけていくことが大事。たとえば今日ここでUWCISAK JPの皆さんと出会えたことはとても大きいと思うし、一緒に作業しなければいけないことはたくさんあるでしょう。浅間学園さんとも上田映劇さんとも、今日ここにきてくださった皆さんともそういう関係性が取ってほしい。新しい関係性をどう言葉にするか、新しい言葉をみんなで生み出すか、それが東信地区の共生社会に向けて芸術文化ができることにつながるのではないでしょうか。
中村リーダー 映画祭をつくることを目標にスタートした私たちですが、それはコミュニティをつくる、地域をつくる、さらには私たちが住みたい社会のモデルをつくることにつながっていくんですよね。非常にやりがいのあることだなと実感しました。ありがとうございます。
この日の報告会で、まるっとみんなの調査団のメンバーは何かを感じたことだろう。それをインクルーシブな映画祭はもちろんのこと、日常の中でも表現していくことが大事だと思う。この文章を書いている私もその一人でありたい。
文責:いまいこういち