2023/03/10
スタッフとメンバーさんが場を共有して、思いに共感して、身体を使って味わい、楽しんで笑い合える企画でした
THEATRE for ALLが、劇作・演出家の岩井秀人とおしゃべりするワークショップを届けるために、2023年1月14日に長野県上田市を拠点とするNPO法人リベルテさんへ旅をしてきた。
リベルテさんは、障害のある人たちとともに何気ない自由が生まれる表現と居場所づくりをモットーに、就労継続支援B型、生活介護、特定相談支援、自立訓練(生活訓練)の活動を制度を運用しながら地域の中で行っている。roji、新棟、丸堀という3カ所のスペースは、いずれも古き良き時代の面影を残し、観光客も行き交う柳町の通り近くに位置する。通りには全国的に有名な天然酵母のパン屋さん、350年の歴史を誇る酒蔵さん、こだわりの蕎麦屋さん、地元の素材を使ったスイーツ屋さん、古本や古物を販売する愛らしいお店などがあり、メンバーさん(リベルテでは利用者さんをこう呼ぶ)もスタッフさんも、歩いているだけで、地域の皆さんからすぐに声をかけられるような関係を築いている。また、地域の小劇場や映画館、上田市に拠点を置く古本買取店などと連携した取り組み、地域の人を巻き込んだ芸術祭や庭づくり、パレードなどなど、施設が街に開いていく工夫を重ねている。
みんなのもとに起きた出来事を話し、その場で演じてみる
この日、リベルテさんを訪ねたのは、劇作家・演出家・俳優の岩井秀人さんとTHEATRE for ALLのスタッフ。横浜市旭区にある生活介護事業所カプカプの鈴木励滋さんが独立行政法人福祉医療機構の助成を受けて「障害福祉施設におけるアーティストとのワークショップ定着事業」として生み出したプログラムの一つを、THEATRE for ALL『まるっとみんなで調査団』の主催で届けにきたのだ。
横浜の施設「むくどりの家」で岩井さんは初めてファシリテーターを務め、最初は利用者さんとのんびり日常の話をするところから始まり、3回目からその場をともにする利用者さんや施設のスタッフさんが利用者さんの思い出や体験を再現してみるという手法にたどり着いた。3年目を迎えるむくどりの家では、当初は興味のなさそうだった利用者さんも前のめりで参加してくれるようになった。そして岩井さんも複数の福祉施設でこのワークショップに取り組んでいる。
話をリベルテさんに戻そう。午前はroji、新棟、丸堀を回って雰囲気を確認した岩井さん、後でマネージャーさんに伺うと、「関東圏以外では初めてだったので、若干緊張していた」とのこと。午後1時30分には三々五々、それぞれのスペースから新棟にメンバーさんが集まってきて、岩井さんを交えて輪になって座った。輪には入れないけれどその場にいるメンバーさん、よそからzoomで見学するメンバーさんもいた。全部で17人が参加した。
まずは岩井さんが自己紹介。「僕は自分がひきこもりだったこと、仲が悪かった家族のことを台本に書き、お芝居にしてきました。今日は皆さんの最近のこと昔のこと、酷い目にあったこと、気になっていることをお話ししていただいて、みんなでやってみようかなって」
みんなでやってみる? なんだかメンバーさん、視線を落として固くなっている。そこで岩井さんが、コンビニでタバコを購入したものの、店員さんが銘柄を間違えたために交換しに行った際に、一言も謝罪しない店員さんと正義感あふれる岩井さんのやりとりが怒鳴り合いに発展したのエピソードを披露。するとメンバーさんの丸くなった背中が静かに躍動した。
情報が多すぎるとパニックになってしまうNさんが、上田市の小劇場&ゲストハウス「犀の角」が実施しているYADOKARIハウス(コロナ禍で息抜きしたり、一人になりたい女性が一泊500円で泊まれる)に5泊し、さまざまな方と出会いおしゃべりした思い出を披露。
続いてMさんがテレビの前でうつらうつらしていたら、大好きなアイドルが上田市にやってくるという告知が流れ、驚いて飛び起きた話を語り、みんなで再現することに。Mさん役はご本人が演じた。物語の流れと役だけは決められるが、セリフは自分で考えなければいけない。岩井さんが「こんなふうにやってみようか」「そっちから歩いてくるようにしてみよう」と演出をして何度か繰り返す。もうみんなすっかり楽しんでいる。Mさんが飛び起きた瞬間にテレビは3秒で終わるローカルCM「こばやしのりんご」に変わるというアイデアも出て、CMはAさんが担当。空気はすっかりほぐれた。
明るいけれど照れ屋のY君が、言葉を絞り出して一生懸命に大原櫻子さんのライブの話題をする。「じゃあやってみようか。大原櫻子の役は……」の言葉にみんなが再び固まってしまう。さすがに大原櫻子さんを演じるにはハードルが高すぎた?(苦笑)。でも楽しそうなY君はここからアイデアを出したり演じたり、ムードメーカーとして活躍した。参加したメンバーさんは一通り話したり、演じたり。いつの間にか代表の武捨和貴さんも演じていた。
いつもはこういった催しにほとんど参加することがないIさんが、夫婦ケンカの話を始めた。Iさんには1年前に誕生したお子さんがいて、子育てとアート活動など自分のやりたいことのバランスを取っていた。ただお互いの認識の違いでケンカになってしまうこともあるじゃないですか。それが奥さんが運転する車という密室で起きたのです。Iさん役をスタッフのOさん、奥さんと赤ちゃんをメンバーさんがそれぞれ演じた。日常的にIさんとあまり接点がないOさんからいかにもIさんが言いそうな言葉が飛び出し、みんな大笑い。大きな音が苦手なIさんも笑いが止まらない。後日伝えてくれた感想は「面白かった。うちの奥さんってああいうところがあるよね」だって。あれれ? 奥さんに怒られないように(笑)。
なんだかんだで盛り上がった2時間半が過ぎると、メンバーさんからワークショップを届けにきた関係者にメンバーさんがつくったクッキーのプレゼント。また岩井さんにはY君から「ぜひ、皆さんで、味わって飲んでください」と地酒が渡された。スタッフは別室でクッキーをいただきながら振り返りを行い、次回の開催が確認された。
後日、スタッフの佃梓さんに聞くと、このワークショップで、日常では見たことのないメンバーさんの表情、一面に出会えたという。
テレビで流れた推しメン来訪の告知に飛び起きたSさんは、リベルテの催しに積極的に参加してくれるメンバーの一人。しかし、やりがいを覚えていた犀の角でのカフェのお手伝いがコロナ禍でできなくなって鬱々としていたそう。
「Sさんはあの場でいろいろな役を率先して演じていましたよね。それだけでなく幼いころお姫様を演じたことをしっかり覚えていて話してくれました。声優も好きなのですが、演じるという回路があることによって彼女はより豊かな表現ができることがわかりました」(佃さん)
Mさんは、ある公募展にメンバーさんが入賞した機会に、久しぶりに東京へ行けるかもと期待を抱いた。前にも同じようなケースでスタッフさんとメンバーさんと一緒に東京に行ったことがあったのだが、しかし今回はコロナ禍で実現しなかった。その残念さを語ったMさんも笑顔にあふれ、岩井さんがキューを出す前に芝居を始めるほど前のめりになってくれた。
「Mさんは本来は買い物やお出かけが好きな方、これまで長い入院生活を経て、リベルテに通われ、家族のサポートもあって買い物や友人との食事などを楽しんでいた。リベルテに来て10年、自身も家族も年を重ね、体や生活の変化ができたところにコロナ禍が重なり、思うように地域での暮らしを楽しめない日々が続いていたんです。そんなMさんがあんなに突き抜けて楽しそうにしていたのは久しぶりでした」(佃さん)
そしてこの場にはいたものの、静かに見学していた、Hさんに大きな変化があった。Hさんはお気に入りのアーティストの曲に出会うと、独自のPVを想像して絵コンテに描く趣味がある。その中には大原櫻子さん(リベルテさんでこんなにも大原さんの名前が飛び交ったのは初めてらしい)の絵コンテもあり、それを大原さんが出演するミュージカルを演出している岩井さんが見てくれたことに感動していたそう。一方で、Hさんは日々、過去に悲しい思いをしたこと、家族や周囲の人びとへの思いを原稿用紙1枚に書いている。ところがこのワークショップを境に内容が一変したと言う。岩井さんをリスペクトとすると同時に自ら「過去の出来事に対する自分自身の捉え方にも問題があったと気づいた」と言葉にした。「傷ついた出来事も自分には必要だったこと。家族に自分の変化をどう伝えたらいいかわからない」とスタッフさんに相談するなど、未来を見据えるようになった。機会があったら次回はワークショップに参加したいとも。
「みんな純粋に楽しんでいたし、私たちも楽しかった。スタッフだって演じるのは恥ずかしいじゃないですか。だからメンバーさんと同じ立場。実はこんなふうに一緒につくって、一緒に笑えるという機会はなかなかないんですよ。共有して、共感して、自分の身体を使って味わい、楽しめるこの企画はすごくいいなぁと思います」
人の役をやりながらも、自分として話しているのかも
岩井さんはこの取り組みをこう表現する。
「僕は絵を見るのが好きなんです。このワークショップを通して、皆さんが描いた面白い絵にたくさん出会い、最初は自己表現は足りてるぞって思っていたんだけど、どうやら演劇は別のベクトルなんでしょうね。演じるときもセリフを決めずに始めますから、きっと自分の中にあるものを出していかないとしゃべれないと思うんです。人の役をやりながらも、自分として話しているところがあるのかもしれない。皆さんどこかで自分の問題として話しているのかもしれません。リベルテのメンバーさんはとても前向きで楽しかった」
そんな素敵なワークショップならリベルテさんのスタッフがやることもできるのではないか、そのことを佃さんに聞いてみた。
「同じ取り組みを私たちがやっても日常の関係性があるから成立しないと思います。安心できる場は私たちがつくれても、地続きの日常ではメンバーもスタッフも互いに、あえて言葉にしない、表現しないことも多いんです。だからこそ、もっともっと奥にある言葉を引き出せるのは第三者の言葉や眼差しだったりするんですよね。そういう意味で、岩井さんのその場での居方が自然すぎるほど自然で、それは私たちの理想でもあるんです」
こうなるとリベルテさんでの次回のワークショップが楽しみだ。どのくらいのメンバーさんが見学から参加してくれるのか。どんなエピソードが披露されるのか。そしてこの間にどんな変化が起こるのか。スタッフサイドからも、「いつか親しんでいる犀の角に場所を移してやりたいね」というアイデアも飛び出した。
NPO法人リベルテ https://npo-liberte.org/
喫茶カプカプ https://www.facebook.com/kapuhikari/about
文責:いまいこういち