投稿日:2021/09/06
No.5|How to build up online Learning
無機質な画面を隔てた状況において、参加者が安心感をもちながらテーマに集中するために、ワークショップの運営者はどういった環境を用意すべきなのか。
THEATRE for ALL(以下、TfA)では、オンラインワークショップやイベントから生まれる学びの在り方を追究しながら、2020年度ラーニングプログラム監修の臼井隆志(株式会社MIMIGURI)をはじめ、山口県山口市でメディア・テクノロジーを用いたワークショップを行う山口情報芸術センター(以下、YCAM)など、様々な外部パートナーと連携。「学びの場」の設計に関する意見交換を行なっている。
TfAとYCAMの担当者同士が交えた議論と、臼井の言葉をひもときながら、芸術へのアクセシビリティに対し、テクノロジーやファシリテーションなどの専門的な知見がかけ合わさったときに生まれる新しい価値を考える。
200人の参加者の主体性を意識したオンライン・シンポジウム
Zoomによるオンライン・ミーティングや、YouTube Liveにおける生配信など、コロナ禍を経て「人と直接会わずにコミュニケーションする手段」が急増した。オンラインにおける“学びの場” を活性化させるために、ファシリテーターはどういった仕組みを用意すべきなのだろうか。
TfAが最初にYCAMとコラボレーションを行ったのは、TRUE COLORS FASHIONのオンラインシンポジウムだった。TfAが大人数で双方向性のコミュニケーションが取れるようなオンライン企画を検討するにあたり、YCAMにアイディアやアドバイスを募ったことが始まりだったという。
当日は4人の登壇者と200人の参加者、そして質問を活性化させるための”オフィシャル質問者”が10人参加し、シンポジウム中は参加者からも質問が多く寄せられた。YCAMで企業などの外部団体との共同事業のコーディネーションを担当する菅沼聖は、TfAの印象について「考えていることが近かった」と振り返る。
菅沼「まずはお互いの知見の共有から始まりました。YCAMがやっていないことについての知見をTfAのラーニングチームは持っていて、特に手話などの障害者への情報保障、アクセシビリティについてはYCAMも深く開発・研究していなかったんです。
逆にYCAMには参加するうえでの主体感をいかにデザインするか、という知見がありました。使用するツールなどをアイディアとして提供しながら、200人規模の参加者がいかに集中力を切らさず、主体性を持てるかに尽力しました」
“メディア”を参加者が主体的に感じ取るためには
オンラインで開催した「第5回 未来の山口の運動会」をはじめ、昨年から数々のオフラインワークショップを開催してきたYCAM。プログラム / エクスペリエンスデザインを担当する今野恵菜(YCAM)は、昨年3月からコロナの状況に応じ、オフラインイベントをオンラインへと移行する取り組みを始めたという。
今野「昨年5月に開催した『YCAMスポーツハッカソン2020+第5回 未来の山口の運動会』を筆頭にオンラインへと移行しました。それを皮切りに、オンライン運動会の知見を生かしながら、他のパフォーミングアーツやワークショップも切り替えていきました」
オンラインとオフライン、両方の場づくりを経験するなかで今野が気づいたのは、参加者の身体が“その場”にないことで、オフラインで参加する人との体験の差が生まれてしまうことだった。YCAMでパフォーミングアーツのプロデュースを担当する竹下暁子もワークショップを通し、体験の差を無くしていくか、むしろオンラインならではの体験を積極的につくれるかどうかを意識したという。
竹下「身体に関わる障害だけではなく、もっと表に出てこない、他の人が予想しにくい障害もがあるんですよね。さらに、障害とは呼ばなくても、例えば外国に行ってその現地の言葉が話せない、というように人それぞれが環境によって困っていることや問題を持っている、という再発見は今までのプロジェクトでもありました」
今野「オフラインで参加すると内容に集中できない、ということも障壁の一つ。その場にいなくても空気や感情を共有するための解決策の一つに“画面の向こう側に影響を及ぼすこと”があるのでは、と思っています」
竹下「例えば昨年行った演劇公演、篠田千明『5×5×5本足の椅子』では、作品の終盤hubs by moz://aによる3Dアバターを使い、オンライン空間上に観客が仮想の身体を持つことで一体感を生み出せないかに挑戦しました」
▲半世紀以上前の作品に新たな解釈を与えるためのオンライン作品『5×5×5本足の椅子』。プロットの一部を視聴者にも演じてもらうなど、オンライン上でも能動的に舞台を楽しんでもらえるような工夫を凝らした。https://www.ycam.jp/archive/works/the-5-by-5-by-5-legged-stool/
『5×5×5本足の椅子』で鑑賞者が参加できる仕組みは、オンライン運動会でも活躍した、と今野。ただその仕掛けがちゃんと機能するには、参加者のリテラシーを高めるための環境を用意することと同時に「参加者同士の違いを楽しむようなワークショップ」を作ることも大事、と指摘する。
今野「YCAMで企画を作る際はメディアリテラシーに寄与したり、メディアのことを伝えられたりするようなワークショップを意識しています。
私は『音景クルーズ』という、それぞれの参加者がいる場所をフィールドレコーディングする企画も担当したのですが、音自体をメディアとして捉えることで、音を聴くための身体や感性自体もメディアたりうる、ということに気づいてもらいたかったんです。
▲全盲者も参加したという「音景クルーズ」では、聞こえてきた音から想像力を膨らませてイラスト化する。YCAMでは小学生向けのマニュアルを作るなど、参加者全員のリテラシーを担保することに注力した。 https://www.ycam.jp/archive/workshop/soundscape-cruise/
この“メディア”というテーマで何かを切り取り、それぞれの捉え方の差異を楽しんでもらうことも、YCAMらしさを担保していると思います。
そしてそれを伝えるためにも、オフラインとオンライン双方のメリット・デメリットはすごく意識するようになりました。オンラインというメディアは情報量が少ない代わりに、こちらが整理した映像が観れるので俯瞰でき、オフラインは言葉というメディアではつたわらないことを推量できる。それぞれの持ち味を活かしながら、参加者がちゃんと身体性を意識して臨めるような環境づくりをしていきたいです」
根本的に「参加者のハードル」を低めるための工夫
一方、TfAではオンラインにおける参加者の身体性をどのように捉え、いかに「オフラインで参加しているような」感覚を演出しているのだろうか。TfAのラーニングプログラムディレクター・山本さくらは、過去に体験したYCAMとのワークショップでの手応えをもとに、次のようなアイディアを提示する。
山本「オンラインの中でどうアナログを活用するか、という試みはいくつかのワークショップで体験できて、すごく面白いなと感じました。例えば、和田永さんに参加いただいた『電磁な耳の開き方』では、家にある縞模様のモノを使って音を鳴らしたり、リモコンをラジオに向けた時の電気信号を聴いたり、と家にあるモノを使ったオンライン・ワークショップを行ったんです。参加者の身近にあるモノを仕掛けにすることで、理解が深まることはワークショップを通じて実感しました」
しかし、オンライン・ワークショップの障壁は「インタラクティブなコミュニケーションが難しいこと」だけではない。特に新たなアプリケーションを活用したオンライン・ワークショップの場合、ツールに馴染みのない人にとっては「使い方」だけではなく「自分の情報がどれだけ相手に知られてしまうのか」といった不安感も少なからずあるだろう。
例えばYCAMでは『私はネットでできている?』というプロジェクトで、参加者自身が自らの検索履歴を調べるワークショップを行っていた。こういった自身のプロフィールを使ったレクチャーにおいて、参加者の信頼をどのように獲得すべきなのだろうか。
この問いに対し、「主催側は本当に参加者の検索履歴を見ないのか見ようと思えば見れるのか、どこまでの個人情報が共有・公開されるかを明確に参加者に対して伝えるケアすることが、信頼関係を左右した」と企画担当者の竹下。それに対しTfAの山本も、根本的な「参加のハードル」を低めることが、心理的な安心感・信頼感につながるのでは、とコメントする。
山本「障害のある方向けに『サポートが必要であれば教えてください』と応募欄に記載するだけではなく、画面をオフしても大丈夫、本名じゃなくても大丈夫、といったグランドルールを伝えてあげるのも、信頼関係につながると思ってます。障害云々の話だけではなく、“参加のハードル”は人によって様々なんですよね」
そして菅沼は、TfAの配慮を受け次のように感想を述べていた。
菅沼「主催の『サポートします』という表明は大事だと思うし、それに応えられる仕組みがないと、と思いました。極論、たくさんのチャンネルを用意しながら、それぞれの参加者が最適に参加できる柔軟な仕組みを用意することがベストだと思います」
TfAの目指す“開かれた場”
ここまでは、参加者がオンライン・ワークショップに没入するためのシステムについて考察していった。では、オンラインにおけるファシリテーター自身は、どういった心構えをもって参加者とコミュニケーションすべきなのだろうか。
TfAでアートエデュケーターとして関わる臼井隆志は、参加者のアクセシビリティについて考えるなかで「ワークショップを行うなかで、自分の感覚と相手の感覚はきっと同じである、という規範が自分の中にあったのだと気づきました」と述べる。この気づきこそが、オンラインワークショップで“参加者の立場を考える”ことのヒントになりそうだ。
「これまで僕の生きている世界は、健常者中心でした。今後は『そこに障害がある人も参加しやすくしよう』ではなく、その規範自体を揺るがし反転させていくことが課題です。規範を解体することは痛みも伴うけれど、そこに大きな可能性を感じるんですよね」
実際、オンラインワークショップを開催することによって明るみになったのは、今までは会場へ物理的に足を運べなかった人、また名前や顔を出さずともワークショップに参加したい人がいた、ということだった。いわゆる“健常者”の中にもワークショップに参加するうえでの障壁があった、ということは、YCAMやTfAメンバーにとっても一つの“気づき”だったそうだ。
では、規範を解体する痛みを伴いながらも、人々のアートへのアクセシビリティを高めるために、TfAがチャレンジしていきたいこととはなんだろうか。臼井は目標のひとつに「『言語で行われる探求』と『身体で行われる探求』の間にある壁を取り払うこと」を掲げる。
「例えば哲学的な対話を行う際、言語でコミュニケーションをとりますよね。でもそこに耳が聞こえない人や言語を使わない人が入った場合、どうコミュニケーションをとるのか……。『言語』と『身体』の間の壁をどう取っ払っていけるのか。その発明には、まだまだ時間がかかりそうです。いろんな方の知恵を集めないといけない。
そういう『言語』と『身体』の壁を取っ払った場を作るのって、すごく勇気のいることです。でもTfAには、それを先陣切ってやろうとしている人がたくさんいる。これからも、一緒にそういう発明をしていける人が増えたらいいなと思います」
「壁」を発見した先にあるもの
臼井はワークショップの「ファシリテーター」の役割について、「(参加者が)だんだんできるようにプロセスを容易にして促進させる役割」を最初に掲げる。ただ、そのために客観的な立場である必要はなく「参加者とともに悩み、葛藤しながら試行錯誤していく姿勢がファシリテーターとしての真摯さ」と意見する。
そして「ファシリテーター含め、参加者全員で主体的に考えること。参加者全員で知恵を持ち寄って新しいアイデアを生み出していくこと。いきなり社会実装せずに実験を繰り返すこと。そして、日常の延長に位置づけつつも、違う視点で物事を考えること」 を大事にしながら問いを立てることが重要だと述べる。
TfAメンバーらは今回のファシリテータースクールを通し、参加者らがファシリテーターとして大きな成長を遂げていく様子を目の当たりにしてきた。臼井の掲げた“ファシリテーターとは”に応えるだけではない、それ以上の成長を感じた、とTfA運営の中村茜(株式会社precog)は述べる。
「受講初回時、参加者からは“アクセシビリティ”という言葉すら腑に落ちないような表情が見受けられたのですが……。皆さんのワークショップを体験し、本当に配慮が行き届いたファシリテーションを感じました。『いろんな人がワークショップに参加する』ことを前提とした繊細さを、進行の仕方から感じたんですよね。人それぞれの違いを受け入れあうような場づくりができたことは、TfAとしても財産のように感じました」
YCAMとTfAメンバーのディスカッションでも触れられた通り、ファシリテータースクールの参加者らは「痛みを伴った挑戦」を繰り返すことで、見えてこなかった「壁」を発見できるようになった。それらをどう取り払うべきか、実践して初めて生まれたアイディアもあったはずだ。
決して短期的なチャレンジで全ての「壁」をカバーできるものではない。しかしファシリテーターが参加者と同じ目線でワークショップに参加し実験を繰り返すことで、参加者のアクセシビリティを最適化するためのバランスは均衡する。その先にこそ、誰にでも開かれた「学びの場」が存在しうるのかもしれない。これからもTfAでは、専門性の高い外部パートナーと手を組みながら、様々な「壁」を取り払うための挑戦を重ねていく予定だ。