投稿日:2023/12/19
3作品の上映と参加型の感想共有トークイベント
舞台芸術のアーカイブ事業を行うEPADとTHEATRE for ALLは、鑑賞のバリアを取り除き、劇場体験を広げるために、協働事業に取り組んでいます。昨年は、EPAD収集映像の中から5作品をバリアフリー対応して配信。今年は対応作品を11作品に増やし新たに「東京芸術祭2023」のプログラムのひとつとして「EPAD Re LIVE THEATER in Tokyo〜時を越える舞台映像の世界〜」の期間中にユニバーサル上映会を実施しました。
ユニバーサル上映会でのプログラムは、た組『綿子はもつれる』、マームとジプシー『cocoon』、蜷川幸雄七回忌追悼公演『ムサシ』の3作品。
作品ごとに舞台芸術の専門性がある字幕・音声ガイドチームをつくって制作し、一部作品では手話弁士つき上映に挑戦しました。
上映後には、障害の当事者であるゲスト登壇者からそれぞれ作品の感想をいただきながら、ふせんやオンラインツールなども用いて、制作者や来場者からの声も聴きながら参加型トークを実施。異なる立場や身体を持つ人がどのように作品を見ているかを知るきっかけを生み出しました。
またイベント運営の面では、視覚障害のある方や車椅子利用の方の駅からの送迎支援、場内アナウンスの手話通訳、スタッフの筆談ボード活用などのサポートにも取り組みました。
手話弁士つき舞台映像の上映会 その新たな可能性
まず、マームとジプシーの『cocoon』で挑戦した、上映に手話弁士をつける取り組みについてご紹介します。
手話弁士とは、舞台やスクリーンの横で登場人物の台詞や環境音・音楽などあらゆる音情報を、手話で観客に伝えていく解説者のことです。『cocoon』は、今日マチ子の同名の漫画を原作に、沖縄戦に動員された少女たちを描いた作品。少女たちの日常が戦争によって変貌していくさまを描いていますが、時代背景を忠実に再現するのではなく、あえて現代と過去のイメ―ジが入り混じるような表現となっており、劇中では、たくさんの台詞や音楽、映像が折り重なり膨大な情報が飛び交います。
この複雑な演目に挑んだ手話弁士は、那須映里さんと長谷川翔平さん。シアター・アクセシビリティ・ネットワーク(TA-net)の企画協力で、手話監修や弁士まで、ろうの方々によるキャスティングが実現しました。全身を使って作品の世界を表現するお二人によって、映像に立体感とライブ感が加わり、作品の迫力が身体的に伝わってきました。
手話表現にまつわる対話を軸に、作品の本質について考える
この上映会の終了直後の参加型トークには、那須映里さん(手話弁士)と廣川麻子さん(TA-net理事長)、藤田貴大さん(『cocoon』作・演出)に登壇いただきました。
那須さんからは、台詞に台詞が被さって一度に表現できない場面では作品にとって大事な部分を損なわないよう情報を取捨選択し、通訳する順番を整理するなどして内容を詰めていったことや、日常生活の風景と戦争の描写が入り混じり異なる時間軸で交錯する部分については、聴者は音や声色で感じている部分を手話でどうわかりやすくするか苦心した、というお話がありました。藤田さんからは、その部分の難しさに触れながら、しかしそのレイヤーこそが本作における重要な点であり、単純な戦争の物語ではない複層的な構成になっているというお話しがあり、手話表現にまつわる対話を軸に作品の本質について考える時間となりました。
廣川さんからは、聴者による舞台手話通訳という選択肢もあったなかで、映像だからこそ、ろう者による手話弁士をつけることに挑んだ経緯についてお話しいただきました。
客席にいた、ろう・難聴者の教育支援に取り組む佐沢静枝さんは、過去に『cocoon』の公演を見たことがあり、当時は字幕がなく、台本の貸出サービスを利用して見たものの、ついていくのが難しい場面もあったそう。今回、字幕や手話弁士がつき、必要な情報を選択可能な状態で鑑賞できたことの感動について語ってくださいました。そのほか手話弁士をはじめてみたという参加者からも「手話は全身表現なんですね」というコメントが寄せられるなど、手話弁士が単なる“耳が聞こえない人のための解説”であることを超え、すべての人にとって、作品の臨場感を伝える重要な“表現”として受け止められていました。来場していた劇場関係者からは、「予想外の体験だったが一つの新たなエンターテイメントの形として完成されている」といった意見もあがり、今後の可能性を多いに感じさせる舞台となりました。
今回この手話弁士つき上映会は、EPADとしてもTHEATRE for ALLとしても初めての試みでしたが、ろう・難聴者の方々への鑑賞機会を広げることはもちろん、映像だけでは伝わり切らない舞台作品ならではの熱量を聴者も感じることができ、感想共有のアフタートーク含めて作品の魅力を掘り下げる機会となったのではないかと感じています。本作の地方での上映や、他作品での手話弁士の取り組みが期待されます。
なお、『cocoon』はこの後さらに演出家と手話弁士チームで手話表現のブラッシュアップを行い、手話つき映像を制作しました。この映像は、THEATRE for ALL で1月下旬より配信予定ですので、ぜひご覧下さい。
EPAD x THEATRE for ALL とは?
EPADによる上演作品のアーカイブ事業と、バリアフリーな劇場体験を目指す「THEATRE for ALL」が力を合わせて、視覚や聴覚に障害がある方や、さまざまな理由で劇場に行きづらいと感じる方へ向けて鑑賞機会を届ける取組です。舞台芸術の価値ある財産を活かして、鑑賞体験を広げ、その魅力を伝えます。
主催:一般社団法人EPAD
記事制作:THEATRE for ALL(株式会社precog)
文化庁文化芸術振興費補助金(統括団体による文化芸術需要回復・地域活性化事業(アートキャラバン2))|独立行政法人日本芸術文化振興会
執筆:西田祥子
撮影:宮田真理子
構成・編集協力:金森香
編集:篠田栞