投稿日:2022/01/19
2021年12月4日(土)、千葉県印西市の複合施設「theGreen」にて、THEATRE for ALL初めての野外上映イベントを行いました。これは、オンラインでも展開する『まるっとみんなで映画祭』の初日に開催した、1日かぎりのリアルイベント。通常は、音声ガイドや字幕、手話などのバリアフリー対応や、他言語対応を充実させたオンライン動画配信サービスですが、この野外上映イベントでは、リアルだから実現できるバリアフリーのアイデアを散りばめました。そんな初の試みを振り返ります。
多様な人々がリアルに混ざり合うインクルーシブな場を
- 《開催のきっかけ》
配信だからこそ超えられるバリアがあり、一方でさまざまな人たちが同じ場で過ごすことにより生まれるものや発見もあります。特に障害者の方々との対話や物作りにおいては、リアルな場でのコミュニケーションも大切にしたいと常日頃から心がけています。
我々の「劇場を作るラボ」プロジェクトでは、映像作品を体験していただくために、福祉施設に足を運ぶことがあります。その経験からも、やはりリアルな現場だからこそ見えてくるもの、解決できること、前に進められることがあると実感していました。
リアルなイベントを開催することで、多くの人にソーシャルインクルージョンについて考えるきっかけを届けられたらー。日頃そんなふうに感じていたことが種となり、今回の映画祭の野外上映企画として芽を出しました。新型コロナウィルスには細心の注意を払い、対策を講じる中での開催となりましたが、想像以上の人たちに足を運んでいただき、楽しんでいただくことができました。
今回、特にフォーカスしたかったのは、知的・発達障害のある方や乳幼児と、そのご家族。
オンラインでは、視覚や聴覚におけるバリアフリー化に取り組んでいますが、今回はオフラインだからこそ、あえて取り組みたかったのです。
言葉がなくても楽しめる上映作品をセレクトしたり、お子様や知的・発達障害の方も一緒に参加できるコンテンツを企画したりと、イベント全体がアクセシビリティの高い内容になるように考えました。
その一方、事前にユーザーインタビューや福祉施設へのヒアリングで、知的発達障害の方や乳幼児がいるご家族は、そもそも出かけること自体のハードルが想像以上に高いということもわかりました。そこで見えてきたキーワードを足がかりに、できるだけ安心して来場してもらえるような告知や運営をこころがけました。
チラシには、
・大きな音は出ません。大きな音が苦手な方向けに静かなスペースや時間があります。
・上映中に席を立って歩き回っても、声を出してもOKなフレンドリー上映です。
・ノンバーバル(非言語)でみんなが楽しめる。
・バリアフリー日本語字幕もあります。
と明記し、「どんな方でもウェルカムですよ!」 ということを表現したことで、当日は、私たちや福祉施設の方の予想を超えて、たくさんの当事者の方にご来場いただくことができました。
知る・触れる・考える、種まきになるコンテンツ
- 《参加型アニメ制作コンテンツ》
当日は、参加型アニメーション制作のお絵描きワークショップ『まるっとみんなで、ももたろう』からスタート。おなじみの童話『桃太郎』を題材に、保育園や障害者施設でも事前ワークショップを行いました。そして、当日参加者により描かれた絵も加わり、夕方からのしばふシアターで上映されるというもの。当日のワークショップは、一度に参加できる人数を5人までと少なくし、30分ごとに入れ替えするなど新型コロナウィルスの感染予防を考慮しながら行いました。
この企画は、映画を見るものとしてだけではなく、作るものとして捉えてもらうことで、関わる方々や当事者の方々ががこのイベントを「自分ごと」にしてくれる機会を作りたい、と思ったことがきっかけで生まれました。多様性という観点から、勧善懲悪の『桃太郎』ではなく、みんなで共生するというオリジナルの歌詞を、範疇遊泳の山本卓卓さんに書いていただきました。
しばふシアターで『まるっとみんなで、ももたろう』が上映されると、自分の描いた絵が大画面に映し出され動いているのを見て、指を指したり嬉しそうにしている姿が見られました。
「自分が描いた絵を見つけて、あれを描いたよ!と教えてくれました」「あんなふうに書けるなんて驚きました」と、ワークショップ参加者のお母さまも嬉しそうに話してくれました。絵を描いた参加者だけでなく、そのご家族にとっても嬉しい発見の機会となったのかもしれません。
- 《しばふシアター上映会》
真っ赤な太陽が沈み、空が昼間の青から夜の深い紺色へと移りゆく頃、しばふシアターははじまりました。上映作品は、子どもも大人も同じ目線で一緒に楽しめるようなものを上映したいと思い、主にノンバーバルな言葉がなくても楽しむことができる作品を選びました。しばふの上に敷物を敷いて座ったり寝転がったり、リラックスしながら、みんなで笑ったり、歓声をあげたり、のびのびと上映を楽しんでくださいました。
- 《ドライブインシアター》
夜のドライブインシアターでは、映画『ぼくと魔法の言葉たち』(監督:ロジャー・ロス・ウィリアムズ)を上映しました。この作品は、自閉症によって二歳で言葉を失った一人の少年がディズニー・アニメーションを通じて徐々に言葉を取り戻し、人としても成長をしていく姿、そして愛情を持って見守りサポートしていく家族の姿が描かれたドキュメンタリーです。作品のセレクトは、障害当事者と共に生きるということについて理解を深めるきっかけになる作品を上映できたらと考え、スタッフで意見を出し合い決めました。
車の中に流れる音声は、チューニングチャンネルで日本語吹き替えとバリアフリー音声ガイド付きの2種類から選び、お好みの音量で楽しむことができるシステム。車というプライベートな空間で、それぞれの楽しみ方で映画をご覧いただけていたようです。
この映画の上映は、身近に障害者がいる方、そうでない方にとっても、「まず知る」という一歩にもなったように思います。そして、少年の逞しく前向きに成長する姿に、希望をもらったという方も少なくないかもしれません。
大人も子どもも、障害者も健常者も、みんなで育む映画祭に
今回の映画祭には、会場であるtheGreen内にアトリエショップを持つ障害者施設「いんば学舎」との出会いも大きく関わっています。
チラシや会場のデコレーションにも使わせていただいたイラストは、いんば学舎に通う汾陽孝俊さんによるもの。ポップでわくわくするようなイラストが、チラシでも会場でも、ワクワクと心躍る雰囲気やウェルカム感を伝えてくれました。
汾陽さんご自身とご家族も、当日はイベントに足を運んでくださいました。お母さまは、
「本当に絵を描くのが大好きで、たくさん描いていましたから、チラシに使っていただいたり、大きくなった絵が会場内に飾られていたりして、とても嬉しいですね! 本人もよろこんでいると思います」と、お話しくださいました。
今回は、デジタル障害者手帳「ミライロID」でのチケット販売や、いんば学舎をはじめとする会場近くの障害者施設との協働により、多くの当事者の方にイベントに参加していただくことができました。
- 《コミュニケーションボードの作成》
会場であるtheGreenと共同でオリジナルの「コミュニケーションボード」も制作し、障害者週間の間、館内で配布されました。これは、知的障害や自閉症、聴覚障害など、話すことが得意ではない方でも、ボードを指差すことによりコミュニケーションができるというもの。英語と日本語を併記することによって、日本語が母国語ではない方とのコミュニケーションも可能になります。
コミュニケーションボードをお店に置いたり、来館者に配ったりすることにより、多様性社会に対応するために必要なことは何か? 自分の力で取り除けるバリアとは何か? を考えるきっかけになります。また置いていることにより、施設としてのウェルカムな態度も伝わります。お店の方にとっても、どのようにすれば障害者の方にお買い物を楽しんでいただくことができるか?を考えるきっかけになったかもしれません。一人ひとりができることはたくさんあります。このツールが、そんなことを考え、準備することに繋がっていればと思います。
大人も子どもも、障害者も健常者も、さまざまな人たちが集い、それぞれの感性でイベントを楽しんでいただくことができました。混ざり合い、触れ合い、一緒に楽しみ、自然と多様性を考えることにつながってゆく。はじめて開催した『まるっとみんなで映画祭』初日の野外上映イベントでは、多様性社会について自分ごととして問いかけるといったボールを多くの人に投げることができたと思ってます。
このようなイベントは継続していくことが肝心であり、持続的に地域の方々との関係を続けていくことも大切だと思っています。theGreenはもちろん、我々の持つノウハウや経験を生かして他の地域でも開催してみたいと考えています。
前述の通り、障害者や小さいお子さんがいらっしゃるご家族にとって、計画してお出かけすることは、私たちが想像するよりずっと大変なことです。そんな中、今回はたくさんの方に来ていただけてとても嬉しかったです。機会を積み重ねながら企画や運営をブラッシュアップし、さらに多くの方を巻き込めるよう、このイベントを育てていきたいですね。
『まるっとみんなで映画祭』は、これからも進化していきます。
もっと軽やかに温かく、バリアフリーが当たり前になる世の中を目指して。